第006話 感知魔法
ミアの魔法に関する記述を修正しました。本筋に変更はありません。(2021年7月8日)
”感知魔法”とは動きを感知する魔法だ。
おそらくミアは会長室の空気の振動から会話を聞き取ったのだろう。
申し訳なさそうにうつむいているミアに
「大丈夫だよ。怒ってない。でもなんでそれで僕たちの会話を聞いてたの。」
「あの、ミアって会長付きのメイドじゃないですか。」
「うん。」
「護衛も兼ねるってことでミア選ばれてますけど、メイドとしてはいまいちなのです。」
今までメイドが専属でついたことなどないのでメイドの良し悪しなぞよくわからない。
口が軽いことはメイドとしていまいちということか?
だが口が軽いことは護衛としてもいまいちなはずだ。
「そんなことはないと思うけど。」
僕も鬼ではないので、否定しつつ話の続きを促した。
「でもアレックスさんは執事としても護衛としても一流です。今日のお昼前もそうでしたがタック様がお仕事を終えられそうなタイミングなんてミアには全然わからなかったのです。」
「うん。でもそれはミアに問題がある、というよりアレックスがすごいんだと思うよ。」
これは本当のことだ。アレックスの有能っぷりはうまく説明できないことが多い。
「でも、何もできてないのが申し訳なくて。アレックスさんがおそばにいる時に何か不足あれば持っていけるようにしておこうかと思いまして・・・」
それで”感知魔法”をつかって部屋の中の会話を聞いていたと。
「うーん、気持ちはわかるけど逆にミアが聞いちゃダメな話も耳に入るでしょ。」
今回会長室での世間話みたいなものだったから良いようなものの、まずい話をすることもあるだろう。
王宮とかでは今回のミアのように”感知魔法”を使用した使用人が他国の諜報と判断され、処刑されたという話も聞く。
「はい・・・。」
うつ向いているミア。反省はしているようだ。
「まあ、いいや。同室でない時は会話を聞くの禁止。いいね。」
「はい。ただ、今は同室ですし、護衛も兼ねてますので”感知”はそのままにさせていただきます。」
「ん? 護衛にも関係してんの?」
ミアの発言に思わず聞き返す。
「はい。周辺の人の動きや会話がわかるようになります。」
「周辺ってどれくらい?」
「そうですね。商会の中ぐらいはわかります。」
「半径30メートルぐらいってこと?」
「はい。」
会長室の中の話を聞いていたと知った時は廊下から壁越しだと思っていたが、
遮蔽物が複数あると難易度があがる。
それでも聞き取れるということは、ミアはかなり優秀なのかもしれない。
護衛についてもらうとはいえ、僕はミアの魔法適正を詳しく知らない。
魔法適正とは簡単に言うと
・”水”や”風”、”火”などの属性
・感知系、操作系などの系統
・その他の特殊系
・さらに上記それぞれの得意不得意
のことだ。
護衛をまかせられる程となるとそれなりに優秀だったり特殊だったりと様々だが、あまり自分の手のうちをさらさないように能力はあまり言わないし、雇用主も詳しく聞こうとしないのがお作法となっている。
そりゃそうだろう。雇用関係が終わった後に利害関係が、一致するとは限らないのだから。
口が軽いミアは聞いたら全部教えてくれるかもしれない。
だが、今回の僕の護衛は一時的なものだし、うっかり僕がミアを害しようとする人間に口を滑らさない、ヒントにあたるものを漏らさないとも限らないので聞かない方が良い。
ただ、ミアの話から察するにミアが”感知”系が優秀なのはわかった。
護衛にも抜擢されるくらいだから、それ以外の能力も優秀なのだろう。
口が軽くなければ商会ではなくもっといいところ、貴族に仕えることもできたかもしれない。
地獄耳以上の情報収集能力を誇りながら、口が軽い。
天は二物を与えずという言葉が、ぴったり当てはまるケースだろう。
惜しい才能だなぁと思いながらミアを見ていると、ミアが僕の視線に気づいたようで、
「どうされたんですか、タック様。ミアの顔に何かついてますか。」
「いや、もったいないなと思って。」
考え事をしていたせいか、思っていたことをそのまま口にしてしまう。
何故かミアの顔が赤くなる。
「ミアがもったいないですか?確かはミアはかわいいのに彼氏がいないのはもったいないです。」
「そこじゃねーよ。」
彼氏の有無など誰も聞いてない。
「タック様がミアを側室にと言われるのであればやぶさかでもないです。」
「だからそこじゃねーよ。」
なんだ、側室って。
「万一、タック様がベアトリクス様に捨てられたら、ミアが養ってあげてもよいです。」
「だからもったいねーのはお前の容姿じゃなくて才能のことだよ!!!」
思わず声をあげてしまった。
「ミアの才能はもったいなくないですよ。ちゃんとお仕事つけてますし。」
「うん、もういいよ。」
と会話に疲れたあたりで、急に背中に寒気を感じた。
振り返ると机の横のソファから毛布を横にやりながら、上半身を起こしているトリィがいた。
「泥棒猫の”物音”がしたわ。」
とトリィは凍るような声を出し、ミアをにらんだ。
仮眠する前に言ってた”物音があれば起きるわよ。”ってそういう意味?
「え、ミアは悪くないです。タック様がミアを見つめるから何をご所望されてるか聞いただけです。」
とミアは両手のひらを前につき出し、標的が違うとばかりに手を左右に振る。
”ご所望”ってなんだ。
「それとその泥棒猫を側室とか愛人とかヒモづる扱いしようとする男も。」
トリィのにらみがこちらに向く。
「さっきの会話を聞いててどうしてそう解釈した?!」
「怒りでちゃんと聞けてないかもしれないけど、ミアの顔を見ながら”もったいない”って発言してた時点でもうタックは許せないの。」
とソファからゆらりと立ち上がりながら告げるトリィ。
言っておくが僕はトリィに勝てない。
学生時代から模擬戦含めて対戦で勝てたことがない。
トリィが騎士団に入ってからは双方の戦力差は開く一方だ。
「待て、落ち着こう。話せばわかる。だから見てたのは顔じゃなくて、」
と説明しようとするが、
「「身体も見てたの(んですか!)!」」
とトリィとミアの声がかぶる。
トリィは僕に近づき、ミアは我が身を抱きしめるようにしながら僕から距離を取る。
いかん、どんどん深みにはまっている気がする。
と思ったところで、ふと壁際にアレックスが立っているのが見えた。
いつのまにかトリィに毛布をかけたあと、所定の位置に戻っていたらしい。
「アレックス。誤解が解けるまでトリィを止めてくれないか。」
と助けを求めるが、
「なすがままにされるのが一番お嬢様も早く落ち着かれると思いますが。」
とすげない。
「なすがままにされると、僕の身体がもたないんだけど。」
「そうは言われても。夫婦喧嘩は犬も食わぬ。と申します。」
「まだ夫婦じゃねーよ。」
「幼い頃から、ずっと同じようなやりとりされてますから。それに・・・」
「それに?」
「もう遅いかと。」
とアレックスとやりとりしている間に、僕の肩にトリィの手が食い込んだ。