第052話 ティテック領
「それでは、お気をつけて。」
翌朝ボヤーキさん達からの見送りを受けて2台の馬車は動き出す。
前の馬車はトッドが御者をして、ミアとヒビキが車内にいる。
後ろの馬車はリッキーが御者をして、トリィと僕が車内にいる格好だ。
リッキーは今のところ不平不満を口にしてはいない。
ローラさんに追いつくまでの暫定採用ということはリールさんからも話してもらっているし、その期間の給金も追いついたら払うと伝えてあり、特に不満はないようだ。
勘当時の金銭的苦難が相当応えたらしい。
今日の宿泊地は国の北西端に位置するティテック伯領だ。
イニレ領、アニストン領と連泊してそれぞれ側室を勧められたが、さすがに面識のない伯爵家ではそういうこともないだろう。
さらにティテック伯爵もまだ王城にいるらしいので、客室に泊らせてもらうだけだ。
家令が応対してくれるそうだが、通過するのみなので事前に特段のご配慮無用と通達している。
人手が少ないのでアニストン家の馬の得意な家人に先行してもらった格好だ。
別の国だとそういうわけにもいかないかもしれないが、同じ国であれば、事前に気遣い無用と連絡しておけば最低限の手配だけで済むらしい。そうしないと王城に召喚かけられた時に通り道のすべての貴族と気を使い合わないといけなくなるだろ。と前日の食事の時にトッドがしたりげに教えてくれた。
ティテック伯もアニストン領に泊って城に行ってるらしいのでお互い気遣い無用と不文律のようになっているそうだ。
それで大丈夫と言うことであれば僕が気にすることもない。
魔道具作りをひたすら進めるだけである・・・
◇◇◇◇◇
「それで、どうして馬車が馬もいないのに勝手に動くようになるんだ?」
とトッドに再び尋問を受ける。
今度は目的地に着いてからではなく、お昼に処置を施してすぐだ。
「車輪に”回転”の魔法陣を書いたんだ。これのすごいところは魔力を補充するのではなくて・・・」
「良いから、元に戻せ。」
「えーっ、なんでさ。」
「他領で悪目立ちするんじゃねーよ。」
「くそぉ・・・」
馬を一定間隔で休ませないといけないことを考えるとどう考えても馬がいない方が速いのに。
この世界での一般的な1日の行程は40kmから50km。
人が徒歩:時速4~5kmで朝早くに出て夕方に到着するぐらいだ。
馬は時速10~15kmぐらいでいけるのだが、荷物を引いたり2時間おきに休ませたりしないといけないので、朝ゆっくり出て、夕方早めに着くぐらいの感じだ。
今回、”浮遊”で荷物を軽くし、”身体強化”で馬そのものも性能はあがった。
時速で言うと倍の20km~30kmぐらいは出ているだろう。
だが、前世の自動車、バイクの感覚を覚えている身からすると遅いのだ。
せめて倍の速度は欲しい。そう考えて出した結論が”馬いらなくね?”だったのだが、トッドに指摘された”目立つ”は盲点だった。
しぶしぶ車輪に込めた魔力を抜き、馬を繋ぎなおしてから車上の人になる。
「もうあきらめて頼まれている魔道具作ったら?」
とどうしたら車だけが動いても不自然でないかを、考察していたら、前に座っていたトリィにあきれ顔でこう言われた。
「いや、こういう時こそブレイクスルーが起きそうな気がするんだ。」
「気分転換で違うことしてみることもいいと思うけど。」
そう言いながらも、特に僕に意見を押し付けるわけでもないのか、外を眺めている。
整った横顔に地面に反射した光があたり絵画のように見える。
前世と比較して馬車が遅いと不満に思っていたが、よくよく考えると前世ではこんな美人と二人っきりで車内にいたこともないはずだし、ましてやそんな美人と婚約もしてないはずだ。
記憶はないが、その点に関しては今世の方が勝っている気がする。
完全勝利に近いかもしれない。
「ん?どうしたの?何か思いついた?」
視線に気づいたトリィが僕を見て微笑みながら聞いてくる。
「いや、何も思いついてないけど・・・」
「ないけど?」
「気分転換に違うことに目をやるのは悪いことじゃない気がしてきた。」
素直に見惚れていたと告げるのが、なんとなく恥ずかしく、トリィの意見を肯定する形でごまかす。
「そうでしょ。私も剣の訓練に飽きたら魔法の訓練に切り替えるとかしてるし。」
とトリィは僕がそんなことを思っているともつゆ知らず、自分の意見が肯定されたことを無邪気によろこんでいた。
でも商人の娘のはずなのに、どうしてこう戦闘寄りに全振りなのか?
と思ったが、僕が魔道具作りに行き詰っていた時に違う魔道具作ったら?と提案してくるぐらいなので、もともと少し違うことで気分転換できる娘のかもしれない。
きっかけはどうあれトリィの意見を肯定したので、残りの時間は到着するまで頼まれていた魔道具を作ることにした。
特段ブレークスルーらしき事象もなく、今日も夕方より少し前にティテック領に到着する。
トッドが門番から聞いたティテック伯の館の場所に移動した時。
「待ってたわよ~。」
と館の前でにこやかに微笑むアド姉がいた。




