第051話 アニストン姉弟の父
「では、タック殿。ローラのことをよろしくお願いします。」
イニレ家の屋敷を立つ前に、リールさんが僕たち一行を見送りに来てくれた。
いろいろな含みをもたせた”よろしくお願いします。”だ。
リールさんからの個別のお願いはまだ誰にも話せていない。
「承知しました。」
まあ、僕が側室持つならの条件付きお願いなので、側室持たねば気にしなくて良い物だ。
と気持ちを楽にしてリールさんに承諾を告げる。
リールさんは満足そうに微笑むと、御者台にいたリッキーを向くと
「私にできるのはここまでだ。ローラの誤解とやらが解けることを願っているよ。あと君の立場を保証してくれたタッキナルディ男爵に礼を欠いた行動はしないように。」
と告げる。
「リール殿の取り計らいには感謝の言葉もございません、必ずや後日お礼に参上します。」
リッキーはリールさんに感謝を述べる。
リッキーはリールさんの計らいでタッキナルディ家の従者見習い(当面御者)となることになった。立場としてはミアの下だ。一応全員の言うことを聞くように伝えてある。
本人も勘当中の身よりは安心できるのか、特に反論もなかったようだ。
「では、行ってまいります。」
そうリールさんに告げ、見送るイニレ家の人たちを背に馬車を出す。
時間は10時ごろ、次の休憩は昼かな。
この先、時間短縮してローラさんたちに追いつくためにどうするか。
と考えて昼休みに行動に移すことにした・・・
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「今度は何をしたんだ?」
と夕方前にアニストン領に着いた後、トッドに尋問を受ける。
「何かをしたのは間違いないが、尋問を受ける理由がわからん。」
「このペースだとローラ様に追いつくどころか追い抜くんだが。」
「追いついたら魔法陣の魔力を抜けばいいだろ。」
「また、お前は簡単そうに言うなぁ。」
魔力の開放ってそんなに難しくないんだが・・・。ほかの魔道具の空きに移してもいいし。
「で、何したんだ?」
「ああ、馬の鞍に身体強化の魔法陣を。朝補充すれば丸1日持つよ。」
というとトッドは頭を抱えていた。ヒビキも遠くを見てこっちを見てくれない。
馬車を片付けておくので当主の代行をしている役人に会いに行けというトッドとヒビキを後にしてアニストン領の屋敷に向かう。トリィ、ミア、リッキーが僕の後に続く。
屋敷の前には赤茶髪、茶目の壮年の男性が一人立ちはだかっていた。
ちょうどいい、この人に取り次いでもらおう。
「この屋敷の方ですか?タック・タッキナルディが到着したと当主代行の方にお伝え願いたいのですが。」
「当主代行は私だ。」
と壮年の男性が胸を張る。なんだ、迎えに来てくれたのだな。
「そうですか、初めまして。わたしは・・・」
「いや、いちいち使いの者のあいさつなど良い。ご当主様はいずこに?」
?と固まる僕と、背後の3人。
「まだ、馬車の方におられるのか?」
と僕たちが来た方向を見ながら言う壮年の男性。
「いえ、ご当主はこちらですが。」
とリッキーが僕を指しながら男性に言う。
「ぬっ、し、失礼した。ではこちらへ。」
と大いに動揺した男性は、ぎこちないながらも僕たちを屋敷の中へと案内した。
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「先ほどは大変失礼しました。私はボヤーキ・アニストン。ローラ様よりアニストン領の当主代行を命じられておるものです。」
「アニストンということはトドロキやヒビキの?」
「はい、あれらの父です。」
ということは前当主じゃないか。
前当主を当主代行として統治させてたってことか。
リールさんと言い、ボヤーキさんといい、人材の再利用が半端ない。イニレ家すごいな。
「いえ、私も使いを出さずに、直接話しかけたのが原因ですので。」
当主代行が直接迎えに来てくれると思わなかったこちら同様、当主が部下を引き連れ直接会いに来て、気軽に話しかけるとは向こうも思わなかったというのが、僕を使いの者と判断した理由らしい。
多分、僕に貴族らしさが全くないのが主因だと思うが、お互い口にはしない。
いつまでも謝りあってもしょうがないので、本来の目的である統治状況の確認を行う。
が状況の良し悪しなどはよくわからないので、状況を記載した報告書を受け取ることにする。
ローラさんに合流したら見てもらおう。
あと領名も当主代行も変えるつもりはないと直接話すとほっとしたようだった。
先祖代々の領地を自身の不手際で失ったのでせめて土地の名前だけでもという思いがあったようだ。
特に統治状況に問題はないとのことだったので、他に困っていることや要望はないのか?と聞いたがこれが失敗だった。
「もし側室を取られるのであれば、是非ともヒビキを。」
と嘆願するボヤーキさん。
新領主にアニストンの血を入れたいという思いはわかるが・・・
「紹介が遅れましたが・・・」と後ろで顔をこわばらせているトリィを紹介する。
「私の婚約者のベアトリクスです。」
と告げると顔を青くするボヤーキさん。
護衛の1人と勝手に判断していた当主夫人の前で自分の娘を側室に勧めるという状況のまずさに気付いたようだ。
こういうところが、リールさんとの違いなのかなぁ。
と思いながらも、僕が先にトリィのことを紹介しておけばこんな事態にはならなかったな、と反省するのだった。




