第049話 婚約者による事情聴取
「さてと。」
とトリィは僕を連れて奥の部屋に入る。
貴族の客人向けの部屋でベッドも大きめ、家具も価値はよくわからないが、良い物が置いてあるようだ。
僕のあごを抑えていた手を離し、カギをかけると、腕の拘束も離してくれた。
トリィと向かい合う格好になる。トリィは先ほど同様にっこりと微笑んだままだ。
背後に何か黒い炎のようなものが見えるが気のせいだと思うことにする。
「2人でじっくり話しましょう。ローラさんと何をしたの?」
「だからあの人が来たときは寄親と寄子の話をしてたんだって。」
「身体を寄せ合って?」
「身体を寄せ合ったのはあの人が来た時だけだって。」
「寄せ合ったんだ。」
とトリィが一旦離した僕の右手首をつかむ。
誘導尋問はやめてほしい。
「せ、正確にはローラさんが僕に身体を寄せてきたんだ。」
「あら、ローラさんだけ悪者にするの?」
「ろ、ローラさんが婚約解消したばかりで、釣書がいっぱい来てたから、虫よけになってほしいって。」
「ローラさんが虫なんて言うわけないじゃない。」
「い、言うの。あの人言うの!!!人のいないところではあの人すごいから。」
「ふーん、タックは人のいないところでローラさんにどんなすごいことされたのかしら。」
とトリィが僕の両手首ともつかむ。
「ち、違う、すごいのは口だから!」
トリィの顔に浮かんでいた微笑みが消え、押し倒される。
床かと思って一瞬身構えたが、ベッドの上だった。
トリィは両腕を抑えたまま僕の上に馬乗りの状態になると、
「口が・・・すごいの?」
と無表情のままつぶやいた。
「そ、そうなんだよ。釣書送ってきた貴族の子弟を虫呼ばわりとか、悪口がすごいんだって。」
「わ、わるぐち?・・・悪口がすごいの?」
「そうだよ、悪口が・・・ってどうしたの?顔色悪いけど大丈夫?ミア呼ぶ?」
急に顔が真っ赤になったかと思ったら、真っ青になったりして不健康そうなことこの上ない。
「大丈夫じゃないけど大丈夫。タックのせいだから。」
「意味がわからない。」
「タックが悪いの。」
と言って僕の腕を抑えたまま体重を乗せてくる。
顔が非常に近いし、お互いシャツにズボンと言ったラフな格好でそれほど厚手でもないので、体温が感じられてよろしくないことこの上ない。特に胸の上にポヨンが!
さすがにまずいと思って、どかせようとするが、トリィも踏ん張る。
”身体強化”を使って押しのけようとしたが、トリィも”身体強化”を使う。
お互い動くたびに胸の上でポヨンが!ポヨンが!!
「そこまでする?」
「どうして嫌がるの?私のこと嫌いなの?ローラさんも体を寄せてきたんでしょ?」
「嫌じゃないし、嫌いでもないけどこの体勢はいろいろまずい!!!ローラさんもここまでしてない!!!」
トリィが手を離し、上体を起こす。ポヨンの脅威は去った。残念、もとい危なかった。
「じゃあ、ローラさんはどこまでやったのよ?」
「腕に絡んできただけ。こないだのパーティとそんなに変わらないよ。」
「じゃあ、なんでまんざらでもない顔をしてたの?」
「それは、ローラさんが胸を・・・」
おずおずとそういうとトリィは再び、僕にのしかかってきた。再びポヨンの脅威が!やったぜ!もといなんてこった。
「いや、だからそれをされると・・・」
「タック。」
とトリィが顔を近づけて僕の名を言う。目が本気だった。
「はい。」
と思わず真面目に返事する。
「タックがこの手の誘惑に弱いのは知ってるわ。」
「すみません。」
「小さい頃からアド姉に抱きしめてもらうたびにニマニマしてたし。」
「面目次第もございません。」
「結婚するまで一線は超えないつもりだけど、誰かに盗られるぐらいなら、私にも考えがあるから。」
「はい。」
考えとはなんぞや。しかしここは”はい”の1択であることを僕は知っている。
聞き返すと”察しなさい。”と睨み返されるのがオチだ。
「だから誘惑されてもちゃんと断ってね。」
「はい。」
と返事をすると、満足したのかニコリと笑って、ベッドから降りる。
僕も続いてベッドを降りる。どうなることかと思った。
「魔道具作るんでしょ、私はビッキーたちのところに戻るわ。」
そう言ってトリィは扉に近づいていく。
トリィは部屋を出ようとして振り向くと。
「あっ、婚約者のフリしてほしいとか、困ってる人を助けるのを受けるのまでは止めるつもりはないわよ。」
「今回、それと誘惑がセットだったんだけど。」
「タックがそれに流されなければいいのよ。ニマニマするのは一万歩譲って許すわ。でも知らないところでそんなことがあったって後から知るとイライラするから、すぐ教えてちょうだい。」
「了解。」
そう告げると、トリィは部屋を出て行った。
魔道具を作らなきゃ。そう思い机に向かったが一日でいろいろあったことで疲れたのか、いつの間にか眠っていた。




