第045話 ローデス商会会長の帰国
「おかえりなさい。」
ローデス商会の前に止まった数台の馬車の前で、トリィが一組の男女に抱き着いていた。
相手はトリィの父キーランと母ソフィーだ。
ミゼラに商談に出向いていて、数週間ぶりの帰宅である。
ついでにトリィと僕の婚約について僕の両親と話をしてきていた。
行程の確認も終わり、旅に必要な荷物もそろったが、僕たちのミゼラ領への出発は少し遅れていた。
”ローデス家の家長が帰宅してから、出立すること”と王家からの指示があったためだ。
家人が全員国外に出てしまうと亡命される可能性があるとのこと。
そんなめんどくさいことするわけないと思うのだが、何十年か前に同じように別件で同時に国外に出てそのまま一族ごと亡命した貴族がおり、そのような決まりができたらしい。
妹のヴァイオレットは国立学校の寮にいるし、うちは商家だから亡命なんて非経済的なことするわけない。とトリィは憤慨していたが、決まりがあり、明確に指示されると知らなかったふりもできないので2人の帰りを待つことにしたのだ。
ちなみにローラさんたちイニレ家一行は先にイニレ領に向かっていて、僕たちとはそこで合流することになっている。
「まあお互い積もる話もあるでしょうから、家に入りましょう。」
トリィと一通り話したあと、ソフィーおばさんが僕の方も見ながら言う。
ジョニーに目配せして荷物の積み下ろしを頼みながら、おじさんも中に入っていった。
僕もトリィと一緒に中に続く。
会長室のテーブル席に4人で座る。
キーランおじさんとソフィーおばさんが並んで座り、その向かい側にトリィと僕だ。
結局あの席に座らされてハンコいっぱい押させられたのは、会長代行の最初の1週間ぐらいだった。
数週間前のことなのにずいぶん懐かしく感じるなぁ。
「さてと、タッキナルディ男爵。」
おじさんが僕に声をかける。
「やめてください、おじさん。家の中ぐらいは気楽でいたいです。これまでどおりタックで。」
うやうやしい口調で切り出したおじさんに、これまでどおりと頼み込む。
土下座せんばかりに頼む僕の姿に、笑いしながら、
「外でもうっかりこれまでどおりに接してしまいそうだから、早めに慣れてしまいたいのだけどなぁ。」
「いえ、もうジョニーを始めとするローデス商会の面々にはこれまでどおりと頼んでます。」
「ジョニー達が従ったのかい?、そこは反対しそうだけど。」
「会長代行として命令しました。」
「それは頼んだって言わないのよ。」
「そのために会長代行の権限を使われると困るんだけど。」
とおばさん、おじさんの2人に突っ込まれる。
「まあ、最初は良いけど、だんだん本来の接し方に変えていくからね。」
とおじさんに言われ、しぶしぶ首肯する。
おじさんが心配している外でうっかり。は聞く人が聞いていたら不敬罪と取られかねない。
おじさんが危惧するのも当然といえた。
「では私からの連絡事項をいくつか話そうかな。」
とおじさんが人差し指を立てる。
「2人の婚約、並びに結婚に関しては問題ない。ローデス商会にタッキナルディ商会の次男坊であるタック君が入るだけということでミゼラ帝国から特に言うことはない。と言う話になった。」
横を向くとトリィと目が合う。ほっとした表情だ。だが、
「実はこの話は危なかった。」
と言うおじさんの話に思わず、トリィと2人そろっておじさんを見る。
「その話をした次の日くらいかな。君のお兄さんであるロッコ君もオーグパイムのシーラ司教と結婚することが帝国に伝わってきたんだ。御用商会であるタッキナルディ商会が拠点をミゼラから移そうとしているのではと言いだす貴族が出てきてね。単純に販路拡大しようとしているだけと解釈してくれる貴族の方がほとんだなんだけど、さすがに子供が2人とも国外で結婚することを詰められると反論もむずかしかったらしくてね。」
「それでどうなったの?」
とトリィが続きを促す。
するとおじさんは、中指を立てながら、
「これは2つ目の連絡事項でもあるんだけどレッドが、タック君のお父さんが、このたびミゼラ帝国から子爵を叙爵することになった。」
と僕たちに告げる。
「「ふぇっ?」」
トリィと僕が思わず間の抜けた声を漏らす。
「隣国への買い付けのついでに外交用件もいろいろこなしてたので、もともと叙爵の話もあったらしい。これまでは断っていたけど、今回帝国を去る意志はないことを表明するために受けざるを得なかったみたいだ。」
「僕とソフィーはミゼラの貴族がもめてるから長期化するだろうなぁと思って、婚約そのものは確約してるのでその結論は待たずにこっちに帰ってたんだよ。そしたらここに帰ってくる途中でタッキナルディ商会の使者がレッドの叙爵を知らせてくれてね。その使者に代わりにタック君がレイスリン王国で男爵を叙爵したことをレッドに伝えるようにしたから、多分今ごろ向こうでも騒ぎになってるんじゃないかな。」
とおじさんは笑いながら言う。
「おじさん、笑い事ではないですよ。」
「いや、ごめんごめん。レッド達が大変なことになっているのを笑ったわけではないんだ。ただ、これからどうなるんだろうと思うとワクワクしてね。すまないね、相場荒れる前と同じで興奮が抑えられないんだ。」
稀代の商売人ここにあり。そうなることを知っていたかのように最安値で仕入れ、最高値で売り抜け続けた男は性分を隠そうともせずに肩を揺らして笑っていた。
「ごめんなさいね、この人のこの性格はもう治らないから。」
とソフィーおばさんが申し訳なさそうに言う。
「この人が戻ってきたからローデス商会のことは気にせずミゼラに行きなさい。お義父さんお義母さんになる人にちゃんと挨拶するのよ。あとお義兄さんお義姉さんにも。」
とソフィーおばさんは僕たち、後半はトリィに告げるのだった。




