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第043話 1番大事な人

「ト、トリィ?」

 と僕を抱きかかえているトリィに声をかける。

「大丈夫。落とさないから。しっかり掴まってて。」

 トリィはそういうと僕を抱く力を強めた。

 いや、落とされる心配をしてるんじゃない。体勢よ、体勢。

 ダンスができないのを見られるのは何の問題もないけど、お姫様抱っこされるという行為は前世の知識からすごく恥ずかしいことのような気がする。

 今世では、この体制をなんと呼ぶのか知らないけど。

 などと考えていた時、僕の胸と膝にポヨンとした感触があり、思考は止まった。


「べ、ベアちゃん?」

 アド姉もこの展開は予想してなかったのか動きが止まる。


 次の瞬間、それを察したトリィは僕をかかえたまま貴族用の出入り口に向かって駆け出していた。

 ドレスであることを感じさせない見事な走りだ。

 トリィの走るリズムに合わせて、弾力のある塊が僕にあたる。

 いかん、あまりの心地よさにお姫様抱っこに慣れてしまいつつある!

「ト、トリィ、ぼくは大じょうb・」

「黙ってて!舌かむわよ。」

 出入り口まで来ていたようだ。出たところで速度を落とすことなく90度角度を変え、再び走り出す。

「どこに行くの?」

 城の中の構造はいまだに覚えてないが休憩所がそれほど遠いとも思えない。

「3人が諦めるまで逃げる!」

 いや、わざわざ追ってこないでしょ。と思ったが、トリィのリズムと違う音が後ろからする。

 首を曲げて後ろを見るとドレスの裾をつかんだままラナ王女が追いかけてきていた。

「ベアトリクス! そっちは休憩所じゃないぞ!」

 とラナ王女が叫ぶ。

 人一人抱えている分、トリィの方が遅い。

 このままだと追いつかれる。と思った瞬間トリィは横の部屋の一つに飛び込んでいった。


「どうするのさ?」

「こうするのよ!!!」

 とトリィは言うと、部屋を横切りそのまま窓から飛び出した。


 10メートルほどの高さにも関わらずトリィは躊躇せずに飛び出すと、

氷壁(アイスウォール)

 と唱える。

 たちまちトリィの足元から、高さの倍ほどの先の地面に向けて斜めに氷の板ができ、トリィはその板の上を僕を抱えたまま、滑っていった。

 足元には50cmほどの氷の板ができており、氷の坂をソリのように滑るかっこうだ。

 振り返るとラナ王女は窓のところでとどまっている。

 僕たちの後に続くかと思いきや、トリィは氷壁を通り過ぎた端から魔法を解除していたようだ。

 僕たちの通った後は水蒸気のもやのようになっているので、さすがの王女もここには飛び込めないだろう。


 地面に降り立つと氷壁を完全に開放しながら、トリィはようやく僕を地面に下してくれた。

「トリィ、どうしたのさ、いきなりこんなことして。」

 とトリィに聞くと、

「嫌なの!!!このままなし崩しでずるずる続きそうで嫌なの!!!」

 とトリィは吐き出すように言う。

「ローラさんもラナ様も困ってるし、今回だけって話だったから我慢した!」

「じゃあ、アド姉は?」

「アド姉は・・・」

「私のは、こないだ帰りが遅くなって心配かけたお詫びにターちゃんを貸してもらう事になった件よ。」

 と前方数メートルのところに突然アド姉が姿を現し、トリィの言葉を拾う。

 そういえばそんな約束してたなぁ。僕の同意もなく。


「どうやって回り込んだの?」

 とトリィが心底驚いた表情でアド姉に聞く。

「内緒。それよりもローラとラナにも理由を教えてあげてちょうだい。」

 と少し視線をずらし、僕たちの後ろを見ながら言うアド姉。

 後ろを振り返ると、ローラさんとラナ王女がいた。

 ローラさんはどんな魔法を使ったのか、少し浮いている。

 ラナ王女は手を払いながらこちらに近づいているので、ひょっとしたら壁を伝って降りてきたのかもしれない。


「ラナ様、ローラ様、申し訳ありません。」

 とトリィが2人に向かって頭を下げる。

「タックと恋人らしくふるまうことに関して、今回だけということで了承しましたが、私はそれほど我慢強くなかったようです。ダンスも1回だけなら私は我慢できますが、これ以上は我慢できません。」

 と頭を下げたまま2人に告げる。そして、少し頬を赤らめながら、

「あと私にだけ見せてくれる笑顔が他の人にも向くのはもっと我慢できません。」

 と言う。それを聞いたラナ王女とローラさんは微笑を浮かべた。


「先ほど言い損ねたのですが。」

 と言いながら、僕はトリィの腰に手をやる。

「僕は役者ではないので、気心しれた夫婦感とやらはそれこそ気心しれた人としか出せません。」

 と言いながら、トリィを抱き寄せ真後ろから抱きしめ、トリィのお腹のあたりで手を交差させる。

「あと偽の恋人としてふるまう件ですが、トリィを悲しませるのは本末転倒なので、今後も必要でしたら2番手以降でもよければとさせてください。」

 そうなのだ。

 本来の目的を見失ってはいけない。

 今抱きしめている女性を悲しませないように誓ったのに悲しませてどうする。

 トリィが食べさせてくれるというのであれば、アド姉が怒るとか気にせず食べさせてもらえばいいのだ。

 ”ちょっと、タック”と言いながら身をよじるトリィ。

 トリィが本気を出せば、ほどけるはずだがそうしない。

 交差した手をより伸ばして、トリィのわき腹を抑えるようにするとビクッとしておとなしくなった。


「というわけでアド姉。」

 と後ろにいたアド姉を振り返る。

「僕にとってはトリィが一番だから。だから第一夫人とか冗談言ってトリィを困らせないでね。」

 アド姉は少し悲しそうに笑うと肩をすくめ、

「まあ、しょうがないわね。私の方が先だけど過ごした時間はベアちゃんの方が長いし。」

 と言った。がすぐにラナ王女とローラさんに向かって、

「さすがに私は第二夫人まで譲る気はないわよ。3番手以下はそちらで決めてちょうだい。」

 と声をかける。え?それ決める必要ある?


「私は何番手でもいいですわ。」

「わ、わたしはタックが気になると言うだけで好きと言うわけでは・・・」

「あら、ラナ様、早めにご自分の気持ちに気付かれた方がよいと思いますわ。タックさんが休憩室に向かうなら自分も付き添うって真っ先に出ていかれたではないですか。」

「あ、あれは単純にタックを心配してだな。」

「ローラも余裕ぶってると足元すくわれるわよ。私の知る限りターちゃんの側室候補はあと2人いるんだから。」

「あら、ではラナ様が気持ちに気付く前に第三夫人の宣言した方がいいのでしょうか。」

と僕とトリィをおいて3人で話が進んでいく。


 ふと気づくと僕の顔のすぐ左横でトリィが憮然とした表情で僕を見ていた。

「着々と側室の話が進んでいるような気がするわ。」

「僕、偽装恋人の件の話をしたつもりなんだけど。」

「話の流れ的にはそうでしょうけど期間も決めてないから。少なくともアド姉は本気だと思うわ。」

「・・・僕はトリィがいればそれでいいんだけど。」

「私もそうだったんだけど・・・。でもこうして一番扱いされるのもちょっといいかも。」

「えー、どういう心境の変化?」

「みんなが見てるところで一番扱いされるのって大事にされてるって実感沸くから。」

「みんな?」

 と聞き返すとトリィが城の方角を指さす。


 するとそこにはパーティ会場と繋がっているデッキからこちらを見ている人たちの姿が見えた。

 国王(おっさん)、王妃、宰相(ヨルグ)さんの王族・貴族から、トリィの先輩・同僚の護衛もこちらを見ている。ほぼ全員がニマニマとした表情だ。


 呆気に取られていると、

「タック、ごめんね。」

 と突然トリィが言い、何故謝られたのかとトリィの方を向いた瞬間、僕の左手が引っ張られる。

 自然に頭も左にずれて、そこにあるトリィの顔に。

 僕の唇にそれよりもはるかに柔らかい何かがあたる。

 あわてて距離を取ろうとするが、トリィを抱いていた腕をトリィががっちりつかんでいるらしく動かせない。


 顔が固定されているので、見ることはできないがどこかでオーッと感嘆の声が上がるのが聞こえた。


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