第042話 ダンス
ほとぼりが冷めたころに国王のところに挨拶に行った。
ラナ王女、ローラさん、アド姉、トリィも一緒だ。
メンツの癖が強すぎて、僕が真ん中にいることに違和感を覚えてしまう。
「みな、楽しんでおるようで何よりだ。」
と僕たちを見ながら国王がにこやかに言う。
「失礼な者が何人かいたようだけど。あなたを見倣ったのかしら。」
とアド姉がにこやかに微笑み返しながら切りつける。
「そうか、失礼があったか。すまぬな、それは余の不徳の致すところだ。まあトップダウンが行き届かぬのは司教領でも同様であろう?」
と詫びながらも笑顔を崩さずに切り返す国王。
アド姉は思い当たることがあるのか、フンと鼻息を荒くして矛を収めた。
ラナ王女は特に言葉を発することもなく、ローラさんとトリィは無難な言葉であいさつを終えた。
僕? 僕も無難な挨拶だ。”貴族やめたいです。”などと叶いもしない願いを言ったりはしない。
「では、そろそろ踊りましょうか。」
とローラさんが僕に言う。そうかそんなイベントもあったね。忘れてたよ。
「ローラの次は私よ。」
とアド姉が続ける。さっき2人で話し合って決めたらしい。僕の意思は?
「ベアトリクス、3番目は私でよいか?」
とトリィに聞くラナ王女。繰り返すけど僕の意思は?
「わかりました。では最後は私で。」
としぶしぶながら承諾するトリィ。おい・・・
「僕、踊れないんだけど・・・」という言葉を全く無視して、4人と順番に踊ることになる。
が踊れない僕を無理に誘うだけあって、いろいろ考えていたようだ。
ローラさんは風魔法で。
空気のクッションのようなもので手足を包まれながらローラさんとまわる。
知らないダンスだったが大変楽だった。
アド姉は謎の体術で。
ふれていたのは手だけだったが関節を極められたかと思うと、折れないように体がその逆方向に動かされる。
痛みは全くなくアド姉の周りをまわったり、アド姉を支えたりさせられた。
前世の古代武術か古武道にそんな技術があったような知識はあるが、前世でもそれほど深くかかわらなかったせいかそれ以上はわからなかった。
ひょっとしたら司教領の特殊な技術なのかもしれない。
付き合いは長いが何気にアド姉のことは知らないことが多い。
いろいろ聞こうとすると「お姉ちゃんに興味があるのね。良い兆候よ。」と斜め上の反応をされるので、それほど詳しく聞けないという事情もある。
ラナ王女は操作魔法で。
動きは2人よりも荒かったが事前に継続型の回復魔法をかけてもらったので痛くなかった。
回復魔法の魔法陣が見えて覚えられたのでこれが一番うれしかったりする。
離れたところにいた国王が”しまった”という顔をしていたが、もう遅い。
にっこりと国王に感謝の笑みを向ける。
最後にトリィと。
ラナ王女のように操作魔法を使うのかと思いきや、特に唱える様子もない。
「どうするの?」
と聞くと
「あれでいいでしょ。」
とトリィは屈託なく笑いながら言った。
「あれやるの?」
あれとは学校で習った、初歩的なダンスだ。
男女ペアになってやるもので、僕とトリィはペアを組んだ。
トリィにパートナーを申し込む男がいて、トリィとそいつが踊るのを見るのが嫌だった僕がトリィの相手をする。と、宣言したのだ。
その時僕は全然踊れなかったので、ただただそれだけ練習した。
トリィも”タックが言わなくても断るつもりだったのに。”と微笑みながら練習に付き合ってくれた。
そんな思い出のあるダンスだがとても王家のパーティでやるようなものではない。
歌自慢の大会で童謡を歌うようなものだ。
だが、トリィはそれで良いという。
戸惑っているうちに音楽が始まってしまう。
ままよ。とばかりに始めるが、体は覚えていたようで踊ることができた。
「難しく考えなくてもいいじゃない。」
とトリィは微笑みを浮かべ、踊りながら僕に言う。
「他の人と違って、私相手ならタックは体面を取り繕う必要なんてないのよ。」
トリィにそう言われ、ハッと気がつく。
別に、ダンスが上手いと思われたいわけでもない。
そもそも貴族としてやっていきたいわけでもない。
相手の立場を気にして、踊れないと恥ずかしい思いをさせてしまうからと、ダンスができないことを明言し、なんとかしてもらっただけだ。
そう考えると素のままでいられる今が一番楽な気がした。
「そうだね、ありがとう。」
と踊りながらトリィに告げると。
「貴族になんてなりたくない。なんて口では言いながらいろいろ気を使いすぎなのよ。タックは。」
ニコニコと笑いながらトリィが言った。
ダンスが終わると何故か周りの人から拍手をされた。
「なんで?」
技術的にはすごくもなんともないダンスだ。
「教えてあげましょうか。」
とアド姉が僕たちの前に立つ。その後ろにはローラさんとラナ王女もいる。
何故か3人とも不満そうな顔だ。
「なんで?」
と違う意味で同じセリフを口にする。
「そりゃ、あれだけ気心しれた夫婦感を醸し出して、笑顔振りまいて楽しそうに踊ってたら拍手も出るわよ。」
とアド姉が教えてくれる。
そうか、3人とは”柔らかい”とか”すごい”とか”痛くない”とかそれぞれ感動はあったが、共感はなかった。
対してトリィはリラックス効果を与えてくれて、お互い楽しいという共感があった。
得心した僕に向けてアド姉は
「と言うわけでもう1回私たちと踊りましょう。あの笑顔を私たちにも向けてちょうだい。」
言われて出きるものでもないと思う。
そう言いかけた僕の手を斜め後ろにいたトリィがつかむ。
「アド姉、ごめんなさい。タックは4回も続けて踊ったから疲れたみたいなの。」
と言うとトリィは僕の身体を自分の方に引き寄せたかと思うと、あっというまに僕を抱きかかえると、
「だから、ちょっと休憩室に連れて行くわ。」
と目の前の3人に告げた。
いや、身体強化で問題ないんだろうけど、僕をお姫様だっこするのは勘弁してもらえないかな。




