第040話 よつどもえ
アド姉を説得しないとと思っていた僕だったが、アド姉の言葉に
「朱いの?」
と聞き返してしまう。僕の言葉にアド姉が一瞬固まる。が、
「あー、遠征の時にお互いをコードネームで呼ぶのだけど、私はラナ王女のことを朱と呼んでいるのよ。」
遠征の時のコードネームって。二つ名に関係あるのかしら。と思い続けてアド姉に聞いてみる。
「ふーん、アド姉はなんて呼ばれてるの?」
「わ、わたしっ? 私は・・・白。」
と若干目をそらしながら答えるアド姉。よし、二つ名確定。
「ふーん、トリィもコードネームあったりするの?」
「わ、わたしはコードネームなんてないかな。まだ新入りの騎士だし。」
「ベアちゃんは蒼よ。」
と盛大に目を泳がせながら嘘をつくトリィを、逃がすまいと代わりに答えるアド姉。
目を見開いてアド姉を見るトリィだが、アド姉は何食わぬ顔でそれをスルーする。
「お互いをコードネームで呼び合う仲なんだ。じゃあ、ここでは仲良くしてくれるとうれしいかな。」
とアド姉を見ながら言う。
目のハイライトが消えていたアド姉を見て、まず思ったことは”ヤバい”だった。
ローデス商会の僕の部屋で起こった惨劇をここで再現させるわけにはいかない。
なんとしてもアド姉をキレさせないようにしないと。
だが、僕の言葉を聞いたアド姉は目のハイライトを取り戻し、
「ターちゃんは私たちに仲良くしてほしいのね?」
と聞き返してきた。
「うん、まあ、そうだね。」
と予想外の反応にとまどう。この人怒ってたんじゃないの?
「ターちゃんはベアちゃんとラナとローラと私の4人に仲良くしてほしいのね?」
と念を押してくるアド姉。何を考えているのかさっぱりわからない。だが、
「うん、仲良くしてほしいよ。」
と答えざるを得なかった。
すると、アド姉は艶然とした笑みを浮かべ、
「じゃあ、私たち4人で仲良くターちゃんを分け合うってことで良いのよね。」
と、ラナ王女がつかまっていた僕の左手に自分の右手を絡めた。
薄手の手袋越しではあるが、アド姉の手の温かさが伝わってくる。
「じゃあ、私も」
とローラさんも僕の右手に自分の左手を添える。
「えっ?」
「なっ!」
とラナ王女とトリィが言葉をもらすが、アド姉とローラさんも素知らぬ顔で僕の手を離す様子もない。
両手、両肘を女性に押さえつけられるというシュールな状況ができあがる。
そんな僕たちに対する周囲の視線は興味9割、僕に対する嫉妬1割、僕に対する殺意ごく少数と言ったところだろうか。
望んでなったわけではないが、それを言うと火に油を注ぎそうだ。
「同席すればいいだけじゃないかな。そんなにずっと僕に掴まっておかなくても。」
と言うと、アド姉が、
「さっき、ターちゃんが居なくなった後のこと教えてあげましょうか。速攻で節操無しの男どもがローラの周りに集まってきたのよ。」
と苦々しげに言い、
「アドリアーナさんがすぐに威圧してくださったんで、それほど大変ではなかったんですけどね。」
とローラさんが続ける。
そうかぁ。そんなに節操ないんだ。
と思いながら周りを見回すとラナ王女より先に入ったオーウェン王子の周りにも女性が群がっている。
王子が帝国に行くことは知っているはずだが、ごく最近に2名の婚約解消があったので、側室狙いでアタックしているのかもしれない。
ふと右を見るとローラさんがオーウェン王子の方を見ていた。
「まだ王子のことが気になりますか。」
とローラさんに聞いてみる。するとこちらを向き、
「気にならないといえば噓になります。でも王子の処に戻りたいというわけではないんですよ。」
と僕に心情を話はじめた。
「父が兄を後継と定めてから、私のところにはいろいろと縁談のお話が来ました。それこそ年老いた方の後添えからはるかに年下の方の側室まで。困っていた私に声をかけてくださったのが、王子だったんです。」
「別にオーウェンは世で噂されているような節操無しではないぞ。統治に必要そうな人材に目を付けて声掛けしたり、望まぬ結婚をさせられそうになっている女性を側室候補に任命したりしているだけだ。ほとぼりさめたら解消している。節操無しと言われているのはそのせいで結婚できなかった男どもが裏で流した噂だ。」
とローラさんの話に僕の左ひじをつかんだままのラナ王女が補足する。
聞くと見るとは大違い。というがオーウェン王子を誤解をしていたのかもしれない。
トリィからは節操なく声掛けしていたといううわさ話として聞いたけど、事実はそうでもなさそうだ。
本当に節操なければ、今周りに群がっている女性陣もみな取り込んでいたはずだ。
ローラさんのようにギリギリまで伯爵位の後継と目されていた女性や、トリィのように治安につながるような戦闘力を持った女性を選んでいたと考えれば、治政者として冷静なのかもしれない。
少なくとも娯楽重視としか思えない行動を取る今の国王よりは良いのではないだろうか。
そんなことを思い始めた僕に、王の入場を告げる声が聞こえてきた。




