第039話 一触即発
「いや、待てベアトリクスよ。」
と話を締めくくったかに見えたトリィをおっさんが止める。
さすがおっさん、流されないか。
トリィは聞こえないぐらいの舌打ちするのはやめろ。
「ラナがタックに興味があるのは認めよう。そのうえで、お前がタックの婚約者であることは余が保証するので、このパーティの間だけでもタックを貸してくれぬか。」
先ほどの僕への対応と同様、命令ではなく頼む形だ。
さらにラナ王女がトリィに取って代わることはないという国王の保証。
口約束などどうとでもなると思うかもしれないが、当の相手である僕が同席した場での発言だ。
他の3人はともかく、おっさんは僕がこの国にこだわる理由はトリィとローデス商会だけだと知っている。
学校を卒業させてもらったという恩はこの国には感じているが、そもそも学校卒業はトリィあっての目的だ。
おっさんは王女の護衛でもあるトリィに対しても、僕と同じように誠意ある対応を取ろうとしているように見えた。
トリィは僕をちらりと見るが、僕が何も言わないので少し考えたあとに、
「条件が2つございます。」
とおっさんに切り出した。
「お主ら、似た者同士だのう。まずは条件とやらを聞こう。」
とおっさんは口角をあげるととてもうれしそうに身を乗り出した。
◇◇◇◇
「どうしてこうなった・・・」
と憮然とした表情でつぶやいてしまう。
「しょうがないでしょう・・・」
と僕の右にいるトリィが僕のつぶやきに応える。
トリィは護衛の軽装から青色のドレスに着替えている。
ラナ様のドレスの予備の一つだそうだ。
作っては見たものの着ることはないからそのまま下賜くださるとのこと。
サイズの違いは仕立て担当の人があっという間に調整してしまった。
トリィの条件の1つ目は”私もタックとパーティに同席させてください。”だった。
もともと僕はローデス商会に入り婿する形だったが、僕が男爵に叙爵したことで、トリィがフリーになったと誤解され、ローデス商会にトリィ宛の釣書が何通か届いているそうだ。
今日のパーティで、僕が王族、貴族、他国の将軍と婚約に近い関係があるかのようにふるまうと釣書の数がはねあがってしまう。
なるべく商会に迷惑はかけたくない。というのがトリィの条件の理由だった。
僕との婚約関係が破綻したわけではないとアピールする場が欲しいというトリィの申し出になぜか王妃が感動し、”じゃあラナと一緒にあなたも入場しなさい。”となり今に至る。
もともとあのタイミングで僕を拉致したのも、ラナ王女と入場させるためだったらしい。
「僕すでに一度入場してるんですけど。」
と至極まっとうな意見を述べたつもりだが、全員に黙殺された。
「二人ともそろそろ入場だぞ。」
と左側にいる第一王女が僕たちに声をかける。
先ほどオーウェン殿下が入場されたので、確かにそろそろだろう。
少し会場がざわついたのはオーウェン殿下がセシリア様を伴わず1人で入場されたからだと思う。
婚約解消は事前に通知はされているが、やはり1人でおられるのを目にすると声が出るのかもしれない。
「ラナ様、近いです。手を組むのはいいですが、タックの体には触れないようにしてください。」
とトリィが牽制する。
「わ、わかっている。だが不可抗力と言うものがだな・・・」
と僕の左右の2人はマイペースだ。
会場のざわつきが収まると前に立っていた女性が横にずれ、入場を促される。
幕が開くとどこか見覚えのある会場だった。
そりゃそうだ。ついさっき真正面の貴族用入り口からこっち見てたんだもの。
先ほどより会場の人数が多い気がするのは貴族がすべて入場しているからだろう。
オーウェン王子の周りにはご令嬢がた数人集まっていた。
「第一王女、ラナ様です。」
と先ほど同様扉近くにいた人の良く通る声が会場に響き渡る。
よく見ると貴族側の入り口にいた人と同じ人だ。移動したのか。
ラナ王女が簡単に手をあげる。
「タッキナルディ男爵家当主、タック・タッキナルディ様です。」
さっきと同じく軽く会釈をする。
当然と言えば当然だが、会場がざわつく。
こいつさっきも入場してたじゃねーか。なのか、こいつ王女もエスコートしてる?!なのかはわからない。
「ローデス商会ご令嬢、ベアトリクス・ローデス様です。」
トリィは緊張した顔をしながら、お辞儀に近い角度まで頭を下げた。
ふと会場の一角に人気がない箇所があることに気付く。
そこに目をやると、その中心にはアド姉とローラさんが並んでこちらを向いていた。
2人とも微笑みを浮かべているが目のハイライトが完全に消えている。
2人の周辺半径3メートルほどは誰もいない。
別に僕がいなくても虫回避できてるじゃないと思ったが、男性どころか女性も近づいてない。
1人残っていたはずの護衛さんの姿もない。
トリィも異様さに気付いて、”アド姉怒ってないか?”と僕に耳打ちする。
ローラさんも怒ってるよ。と言おうとしたが事態の解決にはならないので口をつぐんだ。
まずは2人に状況を説明しようと階段を降り始めると、2人もゆっくりとこちらに近づいて来た。
それに合わせて2人と僕たち3人の直線上にいた人たちが何かを感じたのか一斉に左右に退く。
2メートルほどの距離まで近づくとどちらともなく止まった。
僕の両肘にはトリィとラナ王女がつかまったままだ。
「ターちゃん。これはもともと計画されていたことなのかな?」
とアド姉が口を開く。
「いや、そうじゃないんだけど・・・」
と僕が事情を放そうとすると、アド姉は僕を手で制すと、
「どういうことかきちんと説明してもらおうか、朱いの。」
とラナ王女に詰め寄った。
朱いの?




