第038話 偽装婚約
「も、申し訳ありません。何故そのようなお話になるのか不詳の身にはわかりかねます。願わくばご説明いただきたく。」
と動揺は隠せなかったが、状況全くわからないので説明してくれと頼む。
ここは国王だけでなく王妃と王女と王子もいるので腰は低めだ。
「頼み事だけ話せばそういう反応になるであろうな。時間がないが簡単に説明するので座ってくれ。」
と控室にある四角いテーブルを指さしながらおっさんが言う。
僕の対面におっさんと王妃、右に王子、左に王女とテーブルにつき簡単に説明が始まる。
話を要約すると・・・
1.もともとラナ王女に婚約者はいない。
2.王位第一継承者なので、婚約話はあったがふさわしい男がいない。という理由で回避。
3.後継問題を理由にせまられても第二継承者のオーウェンがいるから問題なしと回避。
4.ところがオーウェン王子が継承権返上したことで3。の理由が破綻。
5.改めてラナ王女の婚約攻勢再開。王女辟易。
6.おっさん、イニレ伯爵の婚約攻勢回避方法をラナ王女に提案。ラナ王女承諾。
7.じゃあ誰と偽装関係を作るかという話になり、僕に白羽の矢が立つ。
すでにイニレ伯爵と偽装関係にあるので、1人も2人も変わるまい。ということらしいがずいぶん乱暴な話だ。
「理解してもらえただろうか。」
「いえ、さっぱり。」
と同意をもとめるラナ王女に思わず素で対応してしまう。
僕のその反応になれているおっさんは表情を変えなかったが、他の3人はびっくりしていた。
前世の記憶のある身としては自由恋愛大いに結構。理想の相手が見つかるまであきらめませんスタンスは理解できる。
とはいえ、前世は前世、今世は今世である。ましてや立場のある王族が慣習を無視しては貴族や国民に示しがつかない。
ローラさんは伯爵をつぐことになっていろいろ忙しいので、虫にかまっていらいれないという理由がちゃんとあったのだ。
「王家の一員としての責務を果たされるべきかと。この期に及んで後継問題をないがしろにされる理由がわかりません。」
「それは余もラナも認識しておる。だが今は有象無象の相手をしている時間もないし、お前に言えぬ事情もある。それに王妃は婚約者と言ったが、正式に発表するわけではない。お前にはラナの時間稼ぎを手伝ってほしい。」
おっさんがいつになく真面目な顔をしている。
見せられるカードは全部見せた。
そのうえで”手伝ってほしい”と国王らしからぬ命令ではなくお願いという形で言ってくるところがおっさんなりの誠意なのかもしれない。
人それぞれに事情はある。
僕だって魔法が使えないことを必要であれば伝えるが、できれば言いたくない。
女性の言いたくない事情を無理に聞くほど野暮でもない。
横にいるラナ様を見るが、いつもと違い神妙な顔つきをしている。
いたずら好きではあるが、最初にあった時のように困っていた僕を見て見ぬふりをする人でもない。
好奇心が大部分だろうが、貴族から呼びつけられた一般人である僕にこっそりついて来てくれた。
ローラと同じ理由で私も困っている。
と先ほどラナ王女が口にした言葉を思いだす。
ローラさんは助けて、ラナ王女は助けないというのも違う気がする。
我ながら甘いなぁ。と思いながらおっさんと交渉することにする。
さっきラナ王女に素で応対してしまったので、もう素で良いだろう。
「条件が2つあります。」
というとおっさんは表情をやわらげる。それどころか口角があがっている。
端から拒絶ではなかったのと、なんだかんだでおっさんは交渉事が好きなのだ。
「聞こう。」
「1つはベアトリクス・ローデスがこの件を納得・了承することです。」
「お主の婚約者じゃな。」
というとおっさんは外にいた護衛を呼び、トリィを呼ぶのだった。
◇◇◇◇
護衛に促され部屋に入ってきたトリィは目に見えて緊張していた。
それもそうか。普段から王族と接しているとはいえ、護衛対象であるラナ王女1人だけだ。
王家4人に囲まれている僕がどう見えたのか後で聞いてみよう。
「べ、ベアトリクス・ローデス、参りました。」
「よくきたな。座ってくれ。」
とおっさんがトリィに僕の隣の椅子を勧める。
「はっ。」
といいトリィが横に座る。隣にいる僕に目もくれない。
「時間もない故、単刀直入に言おう。」
「はい。」
「お主の婚約者をラナの婚約者として貸してくれ。」
「はっ。はぁ?」
あっ、僕と同じように素が出た。
「ローラさんと同じように婚約攻勢で困ってるから僕に婚約者のふりをお願いしたいんだって。」
と明らかに混乱しているトリィに補足する。が、
「えっ、ああ、いや、だって。」
補足したにも関わらずトリィの混乱は収まらない。
「どうしてタックなんですか?」
とトリィがラナ王女に尋ねる。
「そりゃ、僕がトリィ一筋で安パイだからじゃないの?それもローラさんと同じ理由だと・・・」
「タックは黙ってて。」
といつになく厳しい口調のトリィに押され黙る。
「イニレ家で腰抱きされたタックに惚れてあわよくばなんて思ってないですよね?」
「え?、王女、あの時のこと覚えてるんですか?!」
洗脳(?)を解除した直後は、かかっていた時のことは覚えないって言ってたのに。
後から思い出したのか?
「ラナを腰抱きしたなぞ聞いておらんぞ、タック!」
「いや、椅子から一歩も動かずに全員叩きのめした時にかっこいいとは思ったが、惚れてはいない。」
「白金貨をはした金といって婚約破棄を突っぱねたタックに惚れてあわよくばなんて思ってないですよね?」
「え?、王女、そんなことまで覚えてるんですか?!」
「あら、その話は本当なの? かっこいい。たまには陛下にもそんな男気を見せてほしいですわ。」
「いや、私も白金貨なんかよりよっぽど価値があると言ってほしいとは思ったが、惚れてはいない。」
「タックからもらった指輪を取り返されたと泣いてましたが、あわよくばもう一度指輪をもらおうなんて思ってないですよね。」
「だからあげたわけじゃないから!どうしてそこは覚えてねーんだよ!」
催眠かかってない時の記憶の方が不確かなのはどういうことか・・・
「ただのうわさだと思ってたけど、姉上泣いたんですねぇ。」
「いや、泣いてないし。あとで返してもらうだけだし。」
顔を真っ赤にして目が泳いでいるラナ王女を僕以外の4人がジト目で見ていた。
僕はラナ様の記憶のアバウトさに呆れていたと思う。
「まさかイニレ家で救出してもらう際にそんなイベントをこなしておったとは・・・」
「どおりで男爵相手なのにノリノリだったわけよねぇ・・・」
「姉上の照れ顔初めて見ましたよ。」
と家族からの容赦のないコメントを受けるラナ様
「いや、だって第一王子にベアトリクスにはちゃんとした婚約者がいるぞ。としたり顔で話した私が、ベアトリクスの相手が気になるって格好つかないだろ・・・」
とラナ様は顔を真っ赤にしてうつむきながら言う。
「「「「気にはなるんだ。」」」」
と僕以外の4人の声がそろい、
「ということなので、タックは貸せません。」
とトリィが話を締めくくった。




