第037話 拉致
「楽しそうな話をしておるな。」
と突然すぐ後ろから声をかけられる。
さっきまで気配を感じなかったので慌てて振り返る。
僕の感覚など一般人なみなので大したことはないのだが、一緒にいたアド姉とローラさんも驚いた顔で振り向いていたので、感知系の魔法を使っていたにも関わらず、潜り抜けて後ろに付かれたということだろう。
そこにいたのは国王と第一王女だった。
親子そろって”良いこと聞いた”とばかりにニヤニヤしている。血は争えない。
おっさんはいつもの少しひらひらの付いた服だが、ラナ王女は髪の色に合わせた赤いドレスを着ていた。
2人の後ろには2,3人の護衛らしき男性がいた。
感知をくぐってきたのはこの3人の誰かの魔法だろう。魔法陣みせてくれないかな。
「国王陛下が盗み聞きとは、感心しませんな。」
とアド姉が立ち直り、即座に切り込むが、
「いやいや、他国のパーティの中で”認識阻害”を遠慮なくばらまくどこぞの中将ほどでもない。」
とおっさんも負けじと返す。
誰も話しかけてこないのは政治的な判断やアド姉の睨みが効いているのかと思ったがどうやらそれだけでもないらしい。ちらりとアド姉を見るとエヘンとばかりに自慢げな顔を見せてきた。
とはいえお互いニコニコと会話をしてはいるが、
”盗み聞きとか小物くせーことしてんじゃねーよ。”
”うるせー、お前こそうちのパーティで魔法ガン使いしてんじゃねーぞ。”
と話の内容はピリピリしたものだ。
国のトップと他国の代表の会話としてはあまり良いものとは思えない。
「ところで陛下はなぜここに?いつのまに入室されたのですか?」
とピリピリした雰囲気が嫌いな僕は話題転換を試みる。
後ろの護衛の眉がピクリとあがるが気にしない。
「今日の主役でもある新任男爵が紹介攻勢にあっていないか心配でな。こっそり見に来た。」
と全く心配してなさそうな顔であっさりとおっさんは言う。
「僕は全然大丈夫なので、王家の入場口にお戻りください。」
「そうか、大丈夫か。ではもう1人2人増えてもかまわんな。」
「えっ、どういうことですか?」
と聞き返した途端に、おっさんの後ろにいた護衛の1人が消えた。
かと思った次の瞬間、両腕に絡まっていたローラさんとアド姉の腕が外れる。
横を見ると2人の腕が離れたというよりも、2人が僕の存在がわからなくなったようだ。
左右を向いたときに、僕の腕に2人の腕が当たるのだが、気づいた様子もない。
状況を把握しようとした瞬間に、2人から離れるようにおっさん達の方に引っ張られた。
振り返ると、ラナ王女が僕の腕をつかんでいる。
「どういうことですか?」
と混乱しながらもラナ王女に聞く。
「すまんな、タック。ローラと同じ理由で私も困っているのだ。」
と言われ、ラナ王女といつの間にか再び姿を現した護衛の1人に両腕をつかまれて連れていかれる。
護衛の1人だけその場に残り、おっさんと残る護衛は僕たちと一緒に行くようだ。
連れていかれる先を見ると王家用入場口だ。
戻るだけなら僕を連れていく必要はない。
「すいません、逃げたりしないので理由を教えてもらえませんか。」
と取り急ぎ理由を確認する。
「認識阻害があるとはいえここでは話せん。まずは人がおらんところでな。」
とおっさんが言う。
「後で話してもらうのは良いとして、僕に断ると言う選択肢はあるんでしょうか。」
と理由を離せないまでも選択肢はあるのか?と聞くとおっさんはニヤリと笑って答えなかった。
あっ、これ断れないパターンや。
と思い僕は観念して黙って連れて行かれることにした。
◇◇◇◇
連れていかれたのは王家入場口の横にある一室だった。
控室のようなものだろうか。
僕が入るように促されると、中には2名の男女が長椅子に並んで座っていた。
並んでとは言ったものの、椅子の長さがそれなりにあるので間は人1人が横になれるほど空いている。
髪の色は違うが、顔立ちが近いので姉弟だろうか。
どちらも貴族の方だろうが、ローラさんと同等かそれ以上の気品を感じられた。
「余の妻のライヤと第一王子のオーウェンじゃ。」
と僕と一緒に部屋に入ってきたおっさんが言う。
部屋にはおっさんとラナ王女だけが入って来て、護衛の人は入ってきていない。
親子か。王妃さん若いなぁ。と思ったが僕が一番格下だとわかったので、慌てて礼を取る。
「お初にお目にかかります。このたび男爵位をいただいたタック・タッキナルディと申します。」
貴族の子弟であればこちらの礼は後になるが、相手が王族であれば無条件でこちらの礼が先だ。
「余に接する時にみたいに楽にしてよいぞ。」
とおっさんは言ったが、楽にできるわけもない。王族らしい人にはちゃんと礼を尽くすのだ。
すると王妃が椅子から立ち上がり、こちらに頭を下げてきた。
「先日は娘を助けていただきありがとうございました。」
「頭をおあげください。国民としてできることを成しただけです。」
とあわてて返答する。よく考えたら国王一家に囲まれてるじゃん。
「そういえば、当の私がまだ礼を言ってなかったな。先日はどうもありがとう・・・」
とラナ王女も頭を下げ始める。
頭を下げるのはやめてほしいと言おうとしたところ、
「ラナ!あなたまだ礼を伝えてなかったのですか?!これまで何をしていたのです!」
と王妃が怒り始めた。
「いや、母上、違うのだ。礼を言おうと近づいたときに何かにあたって・・・」
「言い訳を聞いているわけではありません!!」
王妃様、激キレである。
急にキレ始めたので、おっさんに止めてもらおうと思ったが、おっさんは遠くを見始めた。
それならと王子をみるが、こちらも遠くを見ていて決してこちらと目を合わそうとはしない。
そんなところ似なくても良いのだぞ・・・
「王妃殿下、恐れながら私めをお呼びになったお話をお伺いいたしたく。」
と不敬を承知で急かすことにする。
こちとら怒られたら爵位返上上等なので、怖いものはないのである。
ラナ王女を怒っていた王妃だったが、僕の言葉にハッとしたらしく、
「そうですね、礼を伝えるべき方をお待たせするわけにもいきませんものね。」
といい、改めてこちらをきちんと向く。
娘の至らなさに我を忘れたようだが、王家としての貫禄はおっさんよりもあるかもしれない。
「ラナから改めてお礼はさせます。それはそれとして、タッキナルディ男爵。」
「はっ。」
と思わず片膝をつく。だが次に言われた。
「ラナをあなたの婚約者としたいのです。」
の言葉に
「はっ?」
と聞き返さずにはいられなかった。




