第036話 ハーレムは望んでいない
貴族用の入り口からは僕たちが出た後からも数人の貴族の人が出てきた。
高位の貴族だが、僕よりもはるかに年上の人が多い。
戦争らしい戦争もなく、治癒魔法があるせいか、貴族はえてして平均年齢は高めだ。
魔獣が出た時に鎮圧部隊の長として出向くことはあるが、直接戦闘することなどほとんどないため、戦死する人もいない。
おじいちゃん、おばあちゃんになってようやく後継に譲るという流れが多数派のようだ。
ローラさんが知り合いの女性貴族との会話を終え、僕とアド姉の方に向き直る。
どちらかというと僕の方に向きながら、
「おまたせしました。いろいろ聞きたいこともあるでしょうから、順番にお答えしますよ。」
と言う。
「ローラさん、僕たちの後から入られた人であいさつした方が良い方いますか。」
事前に出席しそうな方の顔ぶれは確認していたが、急に参加することになった人もいるかもしれない。
「あら、まずはそこからですか。」
と言い、ローラさんは笑顔のまま周りを見渡す。
何人かが慌てて顔をそらすのが僕からも見て取れた。
「急いで挨拶しないといけない方はいないですね。私の場合先ほどお話していたベリンガー伯のように領地が隣り合っている場合、優先的に話しないといけませんけど。タックさんの領地はイニレ伯領の内部ですし。」
そうなのだ。僕は領地持ちにされてしまっている。
元アニストン家の領地だ。
今はローラさんが手配した代官が管理しているが、落ち着いたら顔見せに行かねばならんそうな。
引き続き代官に任せてもよいと言う話だったので、すっかり忘れていた。
よく見ると僕たちの後から入ってきた人たちはすでに周りに人が集まっていた。
あの人たちは隣接する領地の人や、寄子などなのだろう。
「では、次に。アド姉といつお知り合いになられたので?」
と話がそれてしまったがローラさんに本命の質問をぶつけてみる。
扉から入った時、場内へのアナウンスに遅滞や混乱はなかった。
ということはアド姉が一緒に入ると言うことはアナウンスする人にとって予定どおりだったということだ。
僕のところに問い合わせも確認もなかったのでローラさんは最初から3人で入場するつもりだったと推測できる。
「3日前でしょうか。アドリアーナ様があなたにエスコートをお願いに行った日だと思いますよ。」
「僕を隠れ蓑にして、求婚攻勢から距離を保つ作戦だったのでは?」
と僕が聞くと、
「それはそれで効果的だけど、一部の人間には効かないのよねぇ。」
とローラさんではなく、アド姉が口をはさむ。
隣国の中将であるアド姉が近くにいるせいかローラさんと僕に話しかけようとする人はいない。
同席はしていたものの、アド姉が口を開かなかったので、話しかけようかどうか逡巡している人はいたが、アド姉も話し始めた結果、みな少し僕たちから距離を取る格好になった。
これ幸いと3人での会話を始める。
「一部?」
「そう、ローラの爵位は?」
「伯爵ですよね・・・」
というところで僕にもピンときた。僕の表情を見ながらアド姉は、
「そう、ターちゃんがお相手ですとローラが表明したとして、うちの次男、うちの弟を2番目にどうだろうか?という公爵、侯爵、あと格上の伯爵からの申し出は減らない。」
「なるほど。ん?それはわかったけど、それがアド姉が僕の横に立つと何が変わるの?」
「私がタックさんを夫の一人に選んだのではなくて、タックさんが私を妻の一人に選び、私が了承した構造ができあがるのです。」
ここで今度はローラさんが説明を始める。
「タックさんにはすでにベアトリクスさんがいるので、私がタックさんにお相手役をお願いしたところでその関係をアピールできるかもと思っていたのですが、みなさん無意識に伯爵である私が男爵のタックさんの相手の一人になるわけがないと思われたようで。」
「ターちゃんがトリィちゃんからローラに乗り換えたと思われてたみたいなのよね。」
とアド姉が話を引き継ぐ。
なるほど。誰だ、そいつは?しばく。
「ところが伯爵の夫の一人だと思っていた男爵の横に司教領の中将がいる。」
「わたし中将って言っても名前だけよ。」
ローラさんが再び話を引継ぎ、アド姉が補足する。名前だけの中将の姿を見て魔獣が逃げたりはすまい。
ローラさんはさらに話をつづけた。
「ひょっとしてこの男爵、女騎士から伯爵に乗り換えたんじゃなくて、女騎士も伯爵も、隣国の中将も妻にするのでは?という推測になるわけです。」
「なるほど、僕が軸になるわけですね。」
この国では一夫一妻制が基本だが、後継を絶やすわけにはいかない貴族や商会は一夫多妻または多夫一妻の形をとることが多い。血が継承されるのであれば当主同士が結婚することに問題はない。
今回ローラさんは僕がエスコートする女性の一人になることで多夫一妻ではなく、一夫多妻の一人の妻になるので、2人目とか紹介しないでくださいな。と意思表示したことになる。
「ん?となるとローラさんはこれ以上求婚は来なくなるでしょうけど僕は?」
「まあ、伯爵も隣国の中将も将来有望な騎士も妻にできるぐらいの優良物件と思われることは間違いないので、今まで以上に求婚は来るかと。」
と事も無げにローラさんが言う。
さっきローラさんが周りを見ました時に顔をそらしたのは、親なり兄なりからローラさんに口利きをしてもらった(釣書を押し付けた)が、隣国の中将が僕の横につくというこの状況でローラさんに声をかけてよいかどうかためらわれたというところか。
なんてこったい。ローラさんはそれでいいとして、僕に集中するのは困る。
僕はハーレムなど求めてなくてトリィがいればそれだけでいいのだけど。
どうしてこんなひどいことに。と思わず突っ伏してしまう。
先ほどアド姉がにらみをきかせたので散っていった女性たちも距離を取ってはいるが、僕の方をチラチラ見ている状況に変わりはない。
「ご迷惑をおかけしたお詫びに私が本当に妻の一人になってもよろしいですよ。」
とローラさんがニコニコしながら言う。が、
「あら、アドリアーナさんが怖い顔してますから、冗談はやめておきましょうね。」
と即座にローラさんはフォローしたがちっとも怖そうでも冗談で言ってるようでもなかった。




