第034話 パーティ入場
「緊張してないの?」
と軽装備を身に着けているトリィが僕に聞いてくる。
パーティ当日の午後のことだ。
パーティ前にトリィが部屋に顔を出してくれたのでお茶をしたところだ。
「うーん、別に。」
「緊張しすぎもよくないけど、全くないのも困りものね。やらかしたらどうするの?」
「”やっぱり貴族に向いてないですわ、僕。”と言って男爵位を返上する。」
「それじゃすまないと思うわよ・・・」
とトリィが頭に手をやる・・・
が騎士は先に会場入りするので、いつまでも僕の心配していられないと思ったのか、
「じゃあ、先に入っておくわ。私以外のエスコートすることなんてもうないと思うから楽しんできなさい。」
と軽口を言ってテーブルを立ち、部屋を出ようとするが、
「あ、ちょっと待って。」
と僕は遠ざかろうとしていたトリィの手をつかんだ。
「どうしたの?」
「頼まれたものできたから、先に渡しとくね。」
と言ってトリィの左手薬指に身体強化の指輪をはめる。
ローラさんをエスコートする前に渡せてよかった。
さらにミアや第一王女みたいに勝手に指輪をはめたのではなく、僕自身が意思を持って指輪をはめたのだから、トリィも満足のはずだ。
と思ったが、指輪から視線を上にあげると真っ赤な顔をして唇が震えている。
「あれ?ちゃんと効果の説明してからの方が良かった?言われたとおり身体強化施してあるよ。魔力も補充済み。」
「違うの、そこじゃないの・・・」
とトリィは赤い顔のまま再び頭に手をやる・・・
「そうね。こないだミアも交えて指輪の話をした時に詳細話してなかったし。私が悪いのね。」
と説明もなく、自責の言葉を口にする。
「え、何か間違った? パーティの時に渡した方が良かった?」
と聞くとトリィは慌てて、
「違うわ。パーティの時じゃなくてよかった。また後で話すわ。ありがとう。」
とトリィは真っ赤な顔をしたまま部屋を出て行ってしまった。
何を間違ったのかわからず首をひねっていたところに視線を感じ、そちらを向くとビッキーとトッドが姉弟そろってさっきのトリィと同じように頭に手をやっている。
「何?そのポーズ。流行りなの?」
「「違う!」」
異口同音に突っ込まれた。
「何?指輪はめる時のあのセリフは!?」
とビッキーが僕に詰め寄りながら言う。
「故事に倣うんだったら、もう少し気の利いたセリフ言ってから指輪はめなさいよ!」
「気の利いた?例えば?」
と聞くとなぜかビッキーも慌てて
「”気の利いた”と言えば、”気の利いた”よ。」
と教えてくれない。
「故事だと、勇者は指輪をはめる時に相手に求婚の言葉を伝えたのさ。」
埒が明かないと思ったのか、トッドが補足してくれる。
「求婚って言ったって、僕とトリィはすでに婚約しようとしてて・・・」
「まあ故事自体が勇者も相手も平民で、そのシーンの前まで戦闘で恋愛どころじゃなかったからな。」
「状況が全然違うじゃんよ。」
前世ルールが今世用に微妙にカスタマイズされてて、前世の知識が役に立たない。
「でも、故事を知ってそれにあこがれる子もいるのさ。」
「トリィはそこまでしてほしかったのかな・・・」
要望を聞くときにもう少し詳しく渡し方も聞いておけばよかった。
「でもお前も左手薬指にはめるとか知ってたじゃないのか。」
「それは以前僕の作った指輪をミアと第一王女が左手薬指にはめたことで騒ぎになったからだよ。そこだけ騒ぎの時教えてもらった。」
「ぽつりとやんごとない方の名前を出さないでくれるか。お前何してんの?一途じゃねーの?」
「僕は悪くない。」
「みんながそう思ってくれるといいな。そろそろお前も準備しろ。」
とトッドが肩をすくめながら言う。
ビッキーもジト目で僕を見るが特にそれ以上言うつもりはなさそうだ。
僕は憮然とした表情のままパーティ用の衣装に着替えた。
◇◇◇◇
「どうかされたんですか。表情すぐれませんけど。」
とエスコート用の扉の前でローラさんに声をかけられる。
今日はローラさんは緑色のドレスを身にまとっている。黒髪黒目のローラさんに合わせてか色は薄めだった。胸元にはエメラルドのような同色の宝石がはめてある。
「いえ、いろいろままならないことがありまして。」
「そうですか。でもそんな顔をするのは良くないです。今日の主役ならなおさら。私勉強会でお話したはずですが・・・」
とローラさんが笑顔のままこちらを見る。
「わかってます。わかってます。エスコートまでには笑顔になります。」
背筋に感じた寒気を振り払うように慌ててローラさんに返事をする。
「そろそろ時間ですわよ。私たちは一番手なのですから早く笑顔になっておいて下さいな。」
そうなのだ。入場も爵位の低い順、任期の短い順からとなる。
他の貴族への顔見せも兼ねているので基本新任や代替わりした貴族が入場する。
認知度など気にしない上級貴族や気おくれした下級貴族は紹介不要とすでに会場入りしている。
「合図をしてくださるそうなので、そしたら入りましょう。」
とローラさんが僕の左腕に手を添える。
よくみると入り口近くに女性が立っていてこちらを見ている。
女性が脇によけた。どうやら入っていいようだ。
ローラさんに告げた通り笑顔を浮かべようとした時に、右腕にも手を添えられる感触があった。
左側のローラさんに向いていた意識を右側に向けると・・・
満面の笑みを浮かべて僕の右腕に身体を押し付けてきているアド姉の姿があった。
本当にいろいろままならない。




