第033話 エスコート
僕の目の前には憮然とした表情のローラさんがいる。
王家のパーティまであと3日と言う日の午後のことだ。
ローラさんが憮然としているのは僕のことではない。
僕の準備は結構順調に進んでいた。
これまで午前中だけだった勉強会が終日になったし、貴族の作法の方もまとめたものを”瞬間記憶”で丸覚えする作戦が功を奏していた。
移動にあたっての手配はトッドとビッキーに頼み、必要な物の準備はジョニーとアレックスに頼んだ。
丸投げともいう。
3日後のパーティで”ローラ様のエスコート役をやることになった。”とトリィに伝えた時は、
「面白くないけど、ローラ様に頭を下げられたら仕方ないわ。」
と不満たらたらの顔で告げられたが指輪を一つ作ってあげることでなんとか了承してもらった。
何の効果と聞いたら”身体強化”だそうな。
トリィはもともと”身体強化”が使えるが、無駄にはならない。
魔力をあらかじめ補充しておけば魔力の節約になるし、魔道具&通常魔法で重ね掛けするのもアリだ。
単純に掛け算とならず3割ほど効果は落ちるがメリットはある。
話は戻るがローラさんの表情の理由はパーティの準備に関するものではなかった。
僕もその理由は先ほど知ったので、ローラさんを和ませるためにあえて無難な話題を振ってみた。
「セシリア様、思い切りましたねぇ。」
「ええ、まさか王子の婚約解消を申し出るほど思い詰めていたなんて。」
そう、先日ローラさんの部屋に来て、第一王子の側妃への復帰をお願いしてきたセシリアさんだが、王子に婚約解消を願い出たそうだ。
さらに話はそれだけで終わらず、婚約解消に同意し、婚約相手が帝国のオラゾーラ侯爵令嬢だけになった第一王子が”王位継承権を返上し、オラゾーラ侯爵家に入婿する”と宣言したため、今城の中は大混乱である。
婚約解消のやり取りや入り婿宣言の場に居合わせなかったローラさんと僕だが、その後国王に呼ばれ経緯を聞くことになった。
経緯を聞くだけならわざわざおっさんから呼ばれるはずもないのだが、話が終わった後に
「今度帝国に行くついでに、オーウェンの受け入れの手配も頼む。」
の言葉にローラさんが固まる。
ローラさんはもともと僕が出発するまでに僕の勉強係を終わらせ、伯爵としての執務に付くはずだったのでかなりあてが外れた格好だろう。
おっさんと宰相さんはというと、僕が出発するまでに僕の勉強係を終わらない前提でローラさんを僕のお目付け役として帝国と司教領を行脚させるつもりだったので、ついでのタスクを増やしただけぐらいの認識だ。
「承知いたしました。」
とその場は楚々とした表情で返したローラさんだが、部屋に戻ったら憮然とした表情を隠さない。
僕の貴族勉強の進捗次第では、遠征しなくて済むと思っていたのだから、それはそうだろう。
どうなだめたものかな。と考えていたらローラさんがため息をひとつつき、
「決まったことをぐちぐち言っても何にもなりませんね。私も遠征の準備をしないといけなくなりましたから、一旦勉強会は中断しましょう。」
と部屋に戻って早々解散となる。
愚痴を聞かされるのかと思ったが、まずは手を動かすことにしたようだ。
この提案は正直僕にもありがたかった。
ローラさんの勉強会と宿題と言う名の覚えなきゃいけない家紋と当主名リストには辟易していたのだ。
一番下の爵位の新入りなのだから、全員にへりくだっておけばよいかと思っていたが、当主の子弟もいるので、そう単純でもないらしい。
勉強会のあと自分の部屋で”めんどくさい。貴族辞めたい。”と呪詛を吐きながら家紋リストをめくる僕を護衛のトッドとヒビキが何ともやるせない表情で見つめているという日々だったのだ。
だが!
今日の予定が空くのであれば!
トリィにあげる指輪以外にも作りたかった魔道具の2つや3つ作れるだろう。
そう思いながら、足取りも軽くヒビキを引き連れ割り当てられた自分の部屋に戻る。
部屋の前にはトッドが立っていた。
僕に割り当てられた部屋だが、施錠もできないのでヒビキと交代で荷物番をしてもらっている。
トッドは僕たちを見つけると片手をあげ、
「早かったな。」
と不思議そうな顔をしていった。
「うん、勉強会のペースを落とすことになってね。今日はもう終わった。」
「ふ~ん。」
とニヤニヤしながら聞くトッド。
「言っとくけど、俺が覚えきれなくてローラさんが諦めたわけじゃないからな。」
「え、そうなの。じゃあなんで?」
「状況変わって俺の記憶に関係なく、ローラさんも遠征に行くことになったんだよ。」
「ふーん。」
となんだ、つまらんという表情で聞き流すトッド。
「そういえば部屋の中に入ってていい。って言ったのになんで外で待ってたんだ。」
「そのことだけど、お前に来客だ。中で待ってる。」
「中?」
「ああ、まあ入れ。」
とトッドに促されると、中のテーブルに一人の女性が見えた。
見えた。というのは女性は椅子に腰かけた状態でテーブルの上に手を組んでその上に頭を置いて寝てるから顔が見えないからだ。
誰だ?と思ったが横にした頭の側頭部から向こう側に伸びていた角で誰かすぐにわかった。
「アド姉?」
思わず声に出すと、向こうを向いたまま起きてはいたのか女性は身体を起こしこちらを向く。
やっぱりアド姉だった。
「ターちゃん。会いたかった。」
と言い、抱き着いてくる。
いつか同様にお腹にやわらかさと胸への痛みを味わう。
「どうしたの、アド姉。」
となるべくお腹に神経を集中しながらたずねる。
他国の商人であるアド姉が、城の中の僕に会いに来るのはそれなりの用事があるのだろう。
「3日後にここでパーティがあるそうなのよ。そこに私も司教領の代表として招待されたのだけど、知り合いがいないからターちゃんにエスコートしてもらおうと思って。」
パーティ。そうなんだ。奇遇だね。ちょうど僕も3日後にパーティが・・・。
と思った瞬間にローラさんの顔が思い浮かんだ。
「あ、アド姉。実はね・・・。」
「大丈夫よ。ドレスは数種類持って来てるから。ターちゃんの服に合わせるわよ。」
とアド姉は僕に身体を擦り付けてくるが、この後の展開が読めた僕は逃げたい気持ちでいっぱいだった。
何かを察したらしいトッドとヒビキは僕とアド姉から距離を取る。護衛とは?
「いや、僕の服の話じゃなくて、すでに僕はエスコートする人が・・・。」
「え”っ」
とアド姉はどこから出したかわからないような声をあげ、胸に擦りつけていた顔が僕を見る。
すでにいつか見たハイライトが消えた目に変身完了していた。
「誰? トリィちゃん?」
声を出すこともできず、首を横に振る。
「まさか、あなた?」
とアド姉はヒビキを見る。
「ち、ちがっ。」
とアド姉にどんな顔を向けられたのか、ヒビキが否定するような姿勢を取りながら一瞬でオチる。
くずれそうなヒビキにトッドが慌てて駆け寄り、倒れこむ身体を支えていた。
「ローラさんて言う今度新しくイニレ伯爵になった人だよ。」
一瞬プレッシャーがヒビキに向いたスキをついて、答えを告げた。
ただ、それだけだとこの兵器がローラさんのもとに向かってしまう。それだけは避けねばならない。
「今度僕の寄り親になった人で、ちゃんと爵位に付いた人だから。僕の側室候補とかじゃないから。」
とひとまずここまで言い切り、アド姉を見る。
「イニレ家って例の?」
アド姉の目のハイライトは戻っていた。
「そう、例の。」
アド姉にはヒビキとトッドが来た日に先日の件も話してある。
「ローラさんは例の件にはかかわってないんだけど、事情があって。トリィも了承している。」
と伝えると、アド姉は
「そう、じゃあしょうがないわね。」
とつぶやき、僕から離れたかと思うと。
「悪かったわね。ほかを当たるわ。」
と部屋をゆっくりとぼとぼと出て行った。
この後でローラさんのところに突撃する感じでもない。
あまりにあっさりと諦めたので、あっけにとられてしまったが倒れたヒビキのことを思い出す。
気を失ったヒビキの方を見るとトッドが備え付けのソファに寝かせていた。
「大丈夫。しばらくしたら目を覚ますと思うよ。」
と僕の視線に気づいたトッドがそう伝えてくれた。
「びっくりした。どこに地雷があるかわかったもんじゃないな。」
「俺は、この状況でもあの人を姉と呼ぶお前をすごいと思うよ。」
「そこはもう幼いころからの刷り込みだな。」
洗脳ではないと思いたい。
「まあ、いいや。来客も帰ったことだし、この後は久しぶりに魔道具作りにいそしむよ。」
とトッドに言う。
だが、そんな僕にトッドは無情にも。
「あー、すまん。そのことなんだが、宰相さんから言伝受けてて。精神耐性強化の腕輪をあと3つ作ってほしいって。追加発注だとさ。」
と告げるのだった。




