第032話 ただの帰省にはならない
僕の前に国王がいる。
兄のロッコから結婚を知らせる手紙が来た翌日のことである。
兄が結婚することになったので、オーグパイム司教領に行ってきます。
兄の奥さんになる人はなかなか国外に行けない人だそうなので、トリィを連れて行って紹介してきます。
途中父母とも合流するのでミゼラ帝国を経由します。
なのでパーティ終わったらしばらく勉強会お休みさせてください。
そんな主旨の話を朝一でローラさんにしたら、困った顔をされ、宰相さんに相談することになり、
同じ話を宰相さんにしたら、頭をかかえられ、国王に相談することになった。
机で書類に目を通していたおっさんだったが、手をとめ別室で打合せすることになる。
一男爵に対して、大げさすぎね?と思ったが口には出さない。
何が問題視されているのかさっぱりわからん。宰相さんもローラさんも説明してくれないし。
「出国申請を出したいそうだな。」
と僕を見ながら言う国王。
「はい、兄の結婚式に出席したく。」
とおっさんの質問に答える。
「ローラよ、タックの学習状況は?」
「まだ、始めたばかりですのでほぼ進んでおりません。諸外国の方との面会など無理かと。」
「よし、タックはパーティまで王城で過ごせ。ローラ、時間の許す限りタックに貴族としての所作を教えてやってくれ。」
「へっ?」「承知いたしました。」
僕とローラさんの返答は一致しない。
だがおっさんはそれを気にすることもなくローラさんに続けて言う。
「あと伯爵業務引継ぎの名目でお前の父を王都に呼び戻せ。お前を特使として、両国を回らせるかもしれん。」
「承知いたしました。」
「他の懸念事項は?」
とおっさんが宰相さんに聞く。懸念とは?
「タックの兄の結婚相手ですな。聖女シーラ様だそうで。オーグパイム十二司教のお1人です。」
「捕まえたのか、捕まったのか知らんが大物だのぉ。」
とおっさんが無遠慮に感想を述べる。
「十二司教のお1人ともなると簡単に国外に出れないので、タックに婚約者であるベアトリクスと同行してオーグパイムで顔合わせをしてほしいと。」
「そこはラナの護衛のやりくりだけの問題であろう。例の件でラナも懲りとるからどうとでもなろう?」
例の件ってイニレ家の件? あれの後の安静期間にちょっかい出された気がする。
「私の聞き及ぶ限り、第一王女が例の件のあと、行動を自粛されているとは聞いておりません。仮に第一王女が全力で逃げた場合、追いかけられるのはベアトリクス殿だけですが。」
と楽観的な意見を言うおっさんに淡々と事実を告げる宰相さん。
トリィも何気にすごいんだなぁ。と婚約者の評価が高いことに驚く。
「困ったやつじゃな。誰に似たのやら・・・」
とぼやくおっさん。
宰相さんは何も言わないがおっさんを見る目が雄弁に”お前だよ”と語っていた。
「わかった。ラナには余から釘をさしておく。」
目線に気付いたか気づいてないのか、おっさんが自分で対応すると答える。
「もうよいか。余は忙しい。」
宰相さんからの懸念事項に対応策を回答したおっさんは再び書類仕事に取り掛かるようだ。
「はい、くれぐれも確認せずに機械にサインさせることがないようお願いします。」
「わかっておる。」
宰相さんの釘刺しに返答しつつおっさんは執務室に戻っていった。
「あとは頼むよ。お父上の登城に関しては問題ないように手はずをしておくので。」
とおっさんの部屋を出たところで宰相さんもローラさんに告げ、自分の部屋に戻っていく。
「では、私たちも戻りましょう。」
と言われ、僕たちもローラさんの部屋に戻る。
部屋に戻り、テーブルに座るとローラさんに
「単純な里帰りのつもりだったのですが、どうしてここまで大騒ぎになるのでしょう。」
と聞く。
「そうでしょうね。説明しないとわからないですよね。」
とローラさんが説明を始めてくれた。こんな事情らしい。
国の貴族または重要人が隣国に出向く場合は出向き先の国に連絡するという取り決めがある。
遠い昔に今のような3国(王国・帝国・司教領)の形になった時に相互で交わされたものだ。
目的としては、安全に関する便宜を計ってもらうためだったり、不要なトラブルを避けるためだ。
連絡して出向いたからには出向き先の貴族または重要人との顔合わせは少なからず発生する。
ミゼラ帝国は、通過するだけだが、疑惑を抱かれないように通過する理由を説明する必要がある。
オーグパイム司教領でも、司教の結婚相手の弟ではなく、王国の1貴族との動きが求められる。
顔合わせの際の無作法に、なったばかりと言う言い訳は通用しない。
僕が貴族としてきちんとした対応ができる確証が取れない限りローラさんは同行する。
おっさんと宰相さん的には、ローラさんがお守り役として同行する方向ですでに確定。
ローラさん不在の間イニレ家の対応をまかせるために引退した前家長を戻す。
とはいえ、引責辞任した人なので引継ぎまでの中継ぎとして一時的に業務を行う形をとる。
道中もそれなりの護衛が必要になるので大所帯での移動となる。
「大変ですねぇ。貴族って。」
としみじみつぶやくとローラさんは笑いながら
「他人事みたいに言わないでくださいな。」
と言う。そして
「私、お守りとして同行しなくても済むように全力出しますからついて来てくださいね。」
と笑みをさらに深いものにしながら言うのだった。




