第003話 婚約破棄?
何度も見直したはずなのに、誤記ってあるもんですね。
第一王子に求婚された。
トリィはこともなげにそう話す。
このレイスリン王国の第一王子であるオーウェン様は現在、20代前半で母親である王妃に似て顔立ちは良いと聞いている。(直接お会いしたことはないので噂でしか知らない。)
偉丈夫であれば父親似と称されるであろうがどっちがよいかはわからない。
姉である第一王女のラナ様がいるので継承位は2番目である(この国は女性でも継承権がある。)ものの、仮にトリィが王子の求婚を受けるとれっきとした王族入りである。
「第一王子は婚約者のエオルール公爵令嬢がいたと思うのだけどなんでそんなことになったの?」
婚約破棄。そんな言葉が脳裏をよぎるが、まずは状況を把握することにした。
「うん、だから側妃候補らしいわよ。3人目の。」
トリィはサンドイッチをかじりながら答える。
話題に対して態度が非常に軽いのだが・・・
「きっかけは第一王子の馬が暴れだした時に、近くにいた私が馬をなだめたこと。
自分が手こずった馬をあっさりてなづけたので、最初は褒めてくださってたんだけど、私が女性とわかったとたん、側妃にとりたててやる!って言いだしたの。
もともと惚れっぽいらしいわ。
他の二人も学校で同じ生徒会役員だったイニレ伯爵令嬢と、留学時に知り合った帝国のオラゾーラ侯爵令嬢も一緒に勉強したり、帝国を案内してもらった時に側妃の話を出したらしいし。」
思い付きか! 他の側妃候補の行為も好意からのものではなく、ただの親切心か義務からの行動っぽいところも微妙にイタイ。
「相手に決まった人がいないか、事前に調べたりしないのかね・・・」
状況が少しわかり、ため息をつきながらつぶやく。これからどうなるんや。
トリィはそんな僕の顔を見ながら話を続ける。
「”側妃に”って声掛けされた人は他にもいたらしいけど、すでにお相手がいる方は周りの方がいろいろとりなして、最初から声はかからなかったということになったみたい。今回もそんな流れになると思うんだけど、きっちり側妃の話が消えるまでは私たちの婚約は公表できないわね。」
とここまで言って、トリィはニヤニヤと笑いながら僕の目を見た。
「私との婚約が破棄されるかも。と思ってドキドキしたかしら。」
子供の時から変わらないいたずらが成功した時の顔だ。
顔立ちは大人びたはずなのに、この表情は変わらない。
「そりゃドキドキするよ。勘弁してほしい。」
僕も子供の時と変わらず、笑いながら答える。
小さい頃から一緒にいて、
魔法が使えなくて落ち込んでいた僕に誰よりも寄り添ってくれて、
優秀な魔道具が作れるようになった僕を誰よりもよろこんでくれた女性だ。
婚約や結婚はいまだにピンとこないけど、この娘と疎遠になる人生はそれ以上に考えられない。
「私が王子に言われたときは、それどころじゃなかったんだから。側妃にならずに済む方法があると知った時には飛び上がったわよ。」
とニコニコしながら、トリィは再びサンドイッチにかじりつく。
「にしても、私が思ったより動揺しなかったわね。」
と少し不満そうな顔をする。
「話題のわりにはトリィが淡々としてたからね。まだ遠征先でなかなか体が洗えないって言ってた時の方が困った顔してたよ。」
「そうかぁ。まだ演技力に改善の余地があるわね。」
と2人で、笑いながら話しているとノックされ、ジョニーが入ってきた。
いつも浮かべている笑いが消えている。いつぶりかと記憶をたどらねばならないぐらい珍しいかもしれない。
「どうしたの、ジョニー。何かあったの?」
僕と同じように不思議に思ったらしいトリィがそう聞くと、ちらちらと僕たちを交互に目をやりながら、
「お嬢様、先ほどお客様から”お嬢様が第一王子に見初められ、側妃にとお声掛けされた。”と話を聞いたのですが、本当のことでしょうか。」
と絞り出すようにジョニーは口にし、それを耳にした僕とトリィは顔を見合わせるのだった。