第029話 側室候補
「えっ、私のこと?」
と戸惑いながらヒビキが言う。そのとなりでトドロキが、
「えっ、まさか、しろy・・・」
と言いながら立ち上がろうとしたが、あっという間に近づいたアド姉に口を押えられ、
「あなたは少し黙ってなさい。」
と、何をされたのか崩れるように座っていた椅子に戻された。
椅子にもたれた格好のままピクリとも動かなくなる。
トドロキが何を言おうとしたかはわかったが、僕は聞こえなかったふりをする。
ちなみにトリィの2つ名も同僚が口にしていたが、僕はあえてトリィに確認していない。
もし話題になったら小声だったのでよく聞こえなかったと主張する所存だ。
別に2人の二つ名が白夜叉でも蒼鬼でも僕は気にしないのだが、2人が気にするのであれば、知らないふりを続けようと思う。
「アド姉さん、この2人はタックの護衛よ。」
とミアから受け取った椅子を僕とトドロキの間に入れているアド姉にトリィが言う。
「護衛?」
と2人を品定めするように見るアド姉。
「アド姉、2人は僕の学友でもあるから。そんな目で見ないでほしいかな。」
「あら、そうだったの、ごめんなさいね。ターちゃんが守れるかしらって心配になって。」
と途端ににこにことするアド姉。ナチュラルに僕の右手を握らないで欲しい。
ミアは4人分の飲み物を(動かなくなったトドロキの前ではなくアド姉の前に)置くと、追加分を取りに下がっていった。
「ヒビキ、こちらはアドリアーナ・サイフォン。サイフォン商会の会頭だよ。」
「どうも。アドリアーナ・サイフォンです。タックの姉です。」
「本当の姉じゃないからね。」
この関係は説明がめんどくさいが、誤解されない程度には補足しておく。
「ヒビキ・アニストンです。これが弟のトドロキ。私も弟もタックさんとトリィさんとは同級生でした。今回2人とも男爵となられたタックさんの護衛を任命されました。以後よろしくお願いします。」
ヒビキはトドロキが落とされたのを見て、一旦場の流れに乗ることに決めたようだ。
動かない弟を一瞥し、ひるむことなく自己紹介する。
「弟君は良いのだけど。あなたには確認しておきたいことがあるの。」
「なんでしょう。」
「タックのことをどう思ってる?」
「どう?とは?元同級生の護衛対象と言う以外にということでしょうか。」
「そうね。思っていることを全部言ってほしいの。」
とアド姉はヒビキを見ながら言う。
アド姉の質問の意図がわからず、トリィを見るがトリィも同様のようだ。
「実家の借金を肩代わりしてくれた恩人であり、友人であるトリィの婚約者です。あとは・・・そうですね。自身のハンデを乗り越えて魔道具士として名を残しつつあるので尊敬はしています。」
「タックの腕を知っているのね。」
「はい、校内の魔法部門で対戦して負けましたし。」
ああ、そうだった。その時彼女が防御魔法を元にして”空壁”はできたんだった。
そこまで聞くとアド姉は僕の方を見て言った。
「この子、側室候補よ。」
「「「「えっ?」」」」
と言った本人以外が異口同音に返す。何言いだすのん?この人。
いつのまにやらトドロキも復活していた。
「護衛としての能力は持ってて、あなたを憎からず思っていて、婚約者とも友人関係で、借金と言うひけめがあるからトリィに代わろうとしゃしゃり出ることもない。本人に自覚はなくても近くに置いとけば何かあるかもぐらいじゃないかしら。借金があるってことはあなた決まった相手もいないでしょ。」
「はい、まあいませんが・・・」
と釈然としない表情で肯定するヒビキ。
「待った、お姉さん。じゃあ俺は?」
とトドロキがアド姉に聞く。ぐったりはしていたが僕の姉のくだりは耳に入っていたらしい。
「あなたは純粋に護衛でしょうね。お姉さんのカムフラージュというのもあるかもしれないけど。」
左を見ると憮然とした顔のトリィに、必死でそんな話聞いてないというヒビキ。
「本人には言わないわよ。あなた、言われたら素知らぬ顔して演技なんてできないでしょ。」
とそこに口をはさむアド姉。
姦しく騒ぎ始めた女性陣から目をそらすと疲れた表情のトドロキと目が合った。
「お前も大変だな。」
「わかってるから口に出さないでくれないか。」
とトドロキに返すと、目を閉じてミアが入れてくれた飲み物を飲む。
王城からもらったハーブティーだが、精神安定効果があるとのことだが全然発揮しない。
仕事しようぜ。
このまま午前中は仕事にならない気がする。
午後は魔道具作りに専念しよう。最近バタバタしていた新製品の構想を練るんだ。
あ、おっさんのところから"精神耐性強化"の腕輪を頼まれてるんだった。
まずそれからかだなぁ・・・
ミアに何度かおかわりをしてもらいながら、僕は周囲の喧騒をよそにこの後の予定を考えることにしたのだった。




