第027話 虫よけ
「虫よけ・・・?」
まさかの虫呼ばわりである。この人怖い人なのかしら・・・
「えぇ。兄を治していただいた方に申し訳ありませんけど。本当の新しいお相手が見つかるまでは、私のお相手の振りをしていただきたいのです。」
「あの、私にはすでに婚約者が。」
「存じております。タック様がベアトリクス様一筋と言うことも。ただ先ほどもご覧になった通り、急に伯爵家を継ぐことになった相手のいない女性には、いろいろと寄ってきますの。」
「それで大変なのはわかりますが・・・」
「お願いします。今のままでは男性は妻帯者の方としかやりとりすることができません。ベアトリクス様にも私の方から事情をお話しますから。」
「でもさっきのリッキーさんですか?あの人には振りどころか新しい方です。って断言されてるじゃないですか!?」
「あら、あの方には”新しくイニレ家の寄子の男爵になって下さる方です”とお話しただけですわ。勝手に誤解されてるだけかと。」
胸押しつけながら? やっぱりこの人怖い人かもしれん。
「それにドリル家もいろいろとお忙しくなるでしょうし・・・」
とにこやかに笑みを浮かべながら、怖いことを言うローラさん。
忙しくなるようなことをするんですよね。これからあなたが。と思うが口には出さない。
失礼なやつではあったが、リッキー某に強く生きろと願わずにはいられなかった。
とはいえ結局ローラさんが困っているのも事実なので、偽装相手の件は受けざるをえなかった。
ローラさんからもベアトリクスに偽装であることの説明をしてもらうこと、それらしいことはするにせよ、後から誤解であると説明できる範囲にとどめること。などをお願いする。
貴族としての振る舞いについてのお勉強会はお互いの予定が空いている日の午前中となった。
いつまで続くかは僕の理解度によるらしい。
場所は王城の部屋。
イニレ家の屋敷には王城よりも虫が多いので、しばらく王城にて生活することになったそうだ。
もうナチュラルに虫というパワーワードがポンポン出てくるので、恐ろしくて仕方ない。
辟易するほど多かったのだと同情する気持ちもなくはないが、リッキー某を見ていた冷たいまなざしが僕に向くことがないようにしよう。
僕は美人に見下すように見られてゾクゾクする性癖の持ち主ではないのだ。
決めごとを話しているうちに正午を告げる鐘が鳴らされる。
明日はローラさんに用があるそうなので、次の勉強会は明後日となった。
ローラさんの部屋を辞して、帰り際に昨日没収された魔道具を受け取りに騎士の控室に向かう。
当然、道はわからないのでローラさん付きのメイドさんに案内してもらった。
騎士の控室に行くと、トリィはいなかった。
ローラさんの件を話しておきたかったのだが、いないのであればしょうがない。
トリィの同僚さんから、指輪10個、腕輪3個を受け取る。が”精神耐性”の腕輪がない。
全指、両手両足に着けてたのだから、腕輪は4個のはずである。
「あの・・・ 腕輪が1つないのですが。」
と聞くと同僚さんは申し訳なさそうに
「1つはラナ様が先に受け取っておくと言われまして・・・ タック様には話しておくと聞いたのですが、聞かれてませんか?」
と言った。
聞いてないのである。
後で同じものを納品するから先に受け取ってもいいのだけど。
よく考えたらあの人僕の”認識阻害”の指輪も持ってったままだわ・・・
「ま、まあ、元気になられたようで何よりです。」
と忘れないように後で返してもらおうと心に誓いながら、腕輪と指輪を受け取る。が・・・
「あの・・・ 全部魔力が空なんですが。」
と聞くと同僚さんは申し訳なさそうに、
「我々が目を離したすきに、ラナ様が持ち出されてまして・・・ ”魔力が空になったので返す。”という書置きと共に戻ってました。」
と言う。もう僕と目を合わせてもくれないぐらいうつむいたままである。
「ま、まあ、元気になられたようで本当に何よりです。」
と言って、受け取った指輪と腕輪にその場で魔力を注入してはめなおす。
”精神耐性”がないのは困るが商会に帰るまでなら大丈夫だろう。
と考えていた次の瞬間、右腕の”空壁”が発動し、何かが思い切りぶつかる音がする。
音がした方を見ると、ラナ王女が大の字になって倒れていた。
今日はズボンでなくスカートだったのが災いしたのか、スカートがめくれあがって、見えてはいけないものまで見えてしまっている。
赤か。髪の色に合わせているのだな。なんて思ってはいない。いないったらいない。
近くにいた騎士さんがあわててスカートの裾を戻している。
「痛たた・・・」
とおでこを抑えているラナ王女。
「大丈夫ですか、ラナ王女。」
と横に駆け寄り、声をかける。
「ああ、大丈夫だ。お前に声をかけようと近づいたら何かにぶつかったようだ。」
と言うラナ王女。
いやいや、接近速度に比例して”空壁”は発動するんだから、おでこ痛いってことはそれなりの勢いですよ。
おそらく僕の背後に近づいて、後ろからちょっかいをかけようとしたのだろう。
「お元気になられたようでなによりです。ラナ様。 ところで・・・」
と言い、まだ頭を押さえている王女の左手から指輪を抜き取る。
「あっ。」
と叫ぶ王女に
「こちらは返していただきますね。」
と宣言する。ミアの身体強化と違いこれは悪用されると困るのだ。
おそらく騎士の控室から僕の魔道具を持ちだしたのもこれを使ったのだろう。
「えっ、いや。待て、タック。」
と追いすがろうとするラナ王女。
そこに
「おられました!!」
と昨日ラナ王女についていた看護師の1人がラナ王女を見ながら叫び、近づいてきた。
「病室を勝手に抜けだされては困ります。まだ安静になさっててください。」
と他の看護師も次々と現れて、ラナ王女を捕まえる。
「タックぅ~。お願いだ。指輪を返してくれ~。その指輪がないと私はぁ~。」
と看護師さんたちに連行されながら、嘆願するラナ王女。
泣かれても困る。返すというかそもそもあげてないのだから。
トリィの誤解は一つでも解いておきたい。
ニコニコと笑顔を浮かべて、姿が小さくなっていくラナ王女に手を振る。
ラナ王女が見えなくなったところで、トリィの同僚騎士さんに顔を向け、
「預けていた魔道具はすべて受け取りました。」
と伝え、受領のサインをする。
「た、確かに。」
と、なぜか動揺している同僚さんに軽く会釈をし、王城を辞する。
いろいろバタバタしたが、すっきりした。
リールを傷つけた件も無罪になったし。
貴族にされてしまったが、特に義務はないようだし。
ローラさんとのお勉強会はあるが、重点をまとめた紙を作ればすぐに覚えられるだろう。
ラナ王女の指輪の件は片付いたし。
これでトリィとの結婚に向けて、憂いもなく邁進できるというものだ。
と意気揚々とアレックスとミアが待つ馬車に乗り、商会に帰る。
ラナ王女を袖にして、ローラ・イニレ伯爵に取り入った新任男爵がいる。
そんな噂が王城を中心に流れ始めるのはそれから間もなくのことだ・・・・




