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第024話 回想 -ある日の幼なじみとの会話-

 「タック様はこちらの部屋をお使いくださいませ。」


 アレックスと名乗るナイスミドルの執事が、案内してくれたのはこの屋敷の一室だった。

 そこそこの広さの部屋に机、衣装箪笥、ベッドがしつらえてある。


 執事に礼を言い、さがってもらった後に運んでもらった荷物を開き始める。


 学校に入るにあたり、親元を離れレイスリン王国にいる父の知り合いのローデス商会に身を寄せることになった。

 僕の身体的な事情により、地元では商会業務に必要な学校卒業証明がもらえないためだ。

 レイスリン王立学校への入学手続きは終わっていて、来週からは授業が始まる。


 カバンの上に入れてあった新しい魔術書を取り出しながらため息をつく。

 魔法が使えない僕に”あきらめるな”と兄のロッコが出発の際に渡してくれたものだ。

 途中泊まった宿で読み、試してみたが、魔法が使えない状況は相変わらずという状況だった。

 前世に魔法は存在しなかったので前世の知識も全く役に立たない。


 「先は長そうだよ、ロッコ兄ちゃん。」


 とつぶやきながら、机の上の本棚に魔術書をしまおうとした時、扉が叩かれた。

 今は昼を少し過ぎたあたり。

 ローデスのおじさん、おばさんは帰るのが遅いと聞いていたが、帰られたのだろうか。


 「どうぞ。」


 と言い終わらないうちに、一人の美少女が部屋に入ってきた。

 金色の長い髪が軽くウェーブしており、瞳は碧色で宝石のようだ。


 「久しぶりね。タック。」

 と僕を見ながら笑顔を浮かべる美少女に

 「誰?」

 と思わず聞いてしまう。

 「私の顔忘れたの?」

 とそれまで浮かべていた笑顔が掻き消え、剣呑な目つきになる。

 その目つきを見た途端、この家にいるはずの幼なじみを思い出した。

 「なんだ、トリィか。いや、前会った時は短髪だったんだから変わりすぎだって。」

 最初出会った時は男だと思ってたし。とは言わん。

 「ふふん、私も大人になったのよ。」

 と僕の言葉に満足したのか、前に流れていた髪を後ろに回しながら言った。


 「買い物から帰ってきたら、タックが来ていると聞いてすぐ来たのよ。」

 「それはありがとう。来週から僕も学校に行くからよろしくね。」

 「もちろんよ。それはそれとして魔法は使えるようになったの?」

 「いや、それがまだ全然なんだよねぇ。」

 「なんだ、使えないのは口実で、私と同じ学校に来たいだけだと思ったのに。」

 「さすがにそれはいろいろ迷惑かけすぎでしょ。」

 「それもそうね。まあいいわ。困ったら何でも言ってね。」

 「いつもありがとう。」

 「いいのよ。私たち婚約者じゃない。」


 ”婚約者”。

 僕たちの父親同士が仲の良い僕たちを見て思い付いたのがきっかけだ。

 本人たちがよければと言う話になり、持ちかけられた僕たち二人は即決した。

 当時の判断に後悔はない。だけど僕には言わなければならないことがあった。


 「トリィ。その婚約者のことだけど。」

 というと、トリィの笑顔が消える。

 「僕と結婚すると、子供も魔法が・・・」

 「嫌よ。」

 「まだ、言い終わってないけど。」

 「婚約破棄はしないわ。」

 「でもローデス商会としては・・・」

 「ヴァイオレットの子供に継がせてもいいじゃない。私はそこはこだわらないわ。」

 まだ10歳にもなってない妹に重荷を預けるのはやめよう。

 「・・・」

 だが、そこまで言い切るトリィに返せる言葉もなく、詰まってしまう。

 「タックは私にどうしてほしいの?婚約破棄以外なら考えなくもないわ。」

 と言葉に詰まってしまった僕に

 「そくし・・・」

 と言いかけて再び言葉が詰まる。

 トリィが側室を持つ。

 トリィの横に自分以外の男が立つ。

 想像するだけで胸が張り裂けそうな気持ちになる。

 「私が側室を持てばいいの?」

 と聞いてくるトリィにかぶりを振って拒否する。

 「駄目だ。僕はそれに耐えられそうにない。」

 と絞り出すように言うと、トリィは満面の笑みを浮かべ、

 「奇遇ね。私もよ。」

 と言い、キョトンとする僕に、

 「婚約破棄した後に、タックの横に私以外の女が寄り添うなんて想像できないもの。」

 と言葉を続けながら僕に近づくと、あっという間に抱き着いてきた。


 「だから、婚約破棄なんてつまらないこと考えないで、どうしたら魔法が使えるかだけ考えなさい。」

 と僕の顔を真正面から見ながら至近距離でトリィは言う。

 それからお互いの右ほほがくっつくほど顔を寄せたかと思うと、僕の耳元で

 「万一できなくても、私が死ぬまで付き合ってあげるから。」

 と言葉を続けるトリィに僕はもう何も言えなかった。


 前世の知識だけで記憶はほとんどないのだけど、前世でもこれだけの伴侶に出会えただろうか。

 ベアトリクス・ローデス様

 僕ことタック・タッキナルディはあなたを悲しませるようなことはしないよ。

 この命をかけて・・・

 でもうっかりとか、わざとじゃない時は許してほしい。


 帰ってきたおじさんとおばさん、それにアレックスが、

 抱き合いながら号泣している僕たち二人を生温かい目でしばらく見つめるのはそれから少したってからのことだ。


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