第023話 指輪は左手薬指
「「ごめんなさい。」」
トリィと一緒に頭を下げる。
下げた先には両手を腰にあてたアド姉がいる。
二人で久しぶりの散歩を楽しみながら店に帰ったのだが、待っていたのは僕を心配してずっと待ってくれていたアド姉だった。
アド姉だけでなく、その後ろにいるアレックスとミアも顔には出さないが何か言いたそうだ。
後で個別に詫びたほうが良いかな。
ジョニーはジョニーで笑顔で迎えてくれたが、”後でお願いしたいことが”と言って店に戻っていった。
どんな無茶ぶりをされるのか今から不安でしょうがない。
「いいのよ。私が勝手に心配しただけなんだから。」
とアド姉は言うが、あなた帰った時にはこめかみに血管が浮かべてましたよね。
僕とトリィが寄り道している間に、僕たちより先に城から翌日登城せよの連絡を持った使者が来たため、どうして解放されたのに帰ってこないのか?という話になったそうだ。
そこにノコノコ手をつないだ二人が帰ってきて今の状況にいたる。
「ごめんなさい。アド姉さん。少しくらいなら遅れても良いかなって。」
トリィがふたたび頭を下げる。
「本当に悪いと思っているのかしら。」
アド姉がトリィを見る。
先ほどまでの怒り顔が嘘のような笑顔だ。
トリィが不審げな顔をしながら首肯する。
「じゃあ、お詫びとしてターちゃんを少し借りたいのだけど。」
というアド姉。
「正直、気が進まないけど少しだけなら貸します。」
というトリィ。
おい、本人の意思は?
という僕の意見は完全に無視され、トリィとアド姉の間に合意がかわされた。
合意が交わされた後、トリィ、アド姉、アレックス、ミアと僕で開発室に移動する。
ちなみにトリィが側妃になる件はまだ取り消された話が来ていないので、アレックスとミアの護衛の話も消えていない。
テーブルに座りいつぞやのように、左にトリィ、右にアド姉が座る。
今回違うのは何故かミアが僕の向かいに座っている点だ。
トリィとアド姉がミアにも座るように促したのだ。
ミアも特に何も言わず座り、アレックスも異を唱えず一人で給仕をする。
「さてと、ターちゃんに確認したいことがあります。」
全員に飲み物とお茶請けがおかれたタイミングでアド姉が口を開く。
「僕に?」
とお茶受けのチョコの包みを開きながら聞き返す。
「ミアちゃんに指輪をあげたと聞きましたが?」
「アド姉までその話?あげたんじゃなくて貸したんだってば。」
「えっ、ミアにくれたんじゃないんですか?」
と不思議そうにミアが言う。見るとしっかりと薬指にはめたままだ。いい加減返しなさい。
「いや、魔道具運ぶのに大変そうにしてたから、”これはめて”って渡しただけだよね。」
「・・・指輪を差し出されたので受け取りました。」
「そうだよね。どうして指輪を渡すとあげる話になるのさ。」
とミアに言う。するとそばに控えていたアレックスが口を開く。
「タック様、ミアには指輪を箱のまま渡しましたか?箱から取り出して渡しましたか?」
「自分ではめようと思って取り出したものをミアに手渡しした。」
「タック様、古い慣習ではありますが指輪を相手に差し出す行為は、求愛行為ととられます。」
「はい?」
「今はほとんど廃れてますが、過去の勇者の一人が自身の愛する者たちにそろいの指輪を渡そうとしたのが由来だそうです。」
「はあ。」
「受けとった者はその指輪を左手薬指にはめたとか。」
どうやらその勇者は僕の前世と同じか似たようなところから転生したか召喚された人っぽい。
並行世界かもしれないけど、前世の僕と時代もかなり近そうだ。
”愛する者たち”ってことはその人ハーレム築いたのかしら・・・
「僕、そんな風習(この世界にもあるって)全然知らないんだけど。」
「知ってる知ってないじゃないの。渡したって事実が問題なの。」
アド姉が僕にすごむ。
「さらにミアがタックから指輪をもらったといろんなところで吹聴してまわってるから。」
とアド姉がミアの方を見る。
言われたミアはちょっと困った顔をしながら、
「吹聴はしてないです。ミアは聞かれたから答えただけです。答えただけなんですが・・・」
と言い淀み、
「ミアもその風習は知らないのです。」
と言う。
「え?じゃあなんで左手薬指に?」
とトリィが疑問を浮かべた表情でミアに尋ねる。
「利き手でない方の手で、一番細かい操作に影響しないので。」
まさかの前世の正解である。
「なんでもらったと思ったの?」
と思わず聞く。
「確認ですが、この指輪は身体強化の魔法具ですよね?」
「うん、そうだよ。」
「ミアは身体強化だけなら使えるのです。ただ感知を使いながら身体強化を使うのは魔力の出力不足でできないのです。」
「ん?つまり?」
「タック様からこれはめてと指輪渡されたのは、これはめて護衛とメイドの仕事の両立してください。と言われたのだとミアは思ったのです。後で一時的に貸していただいただけかな?とも思ったのですが、荷物運び終わってからもタック様は何も言われなかったので。」
言わなかったのは出がけでバタバタしてたから忘れてただけだが・・・
少なくともミアが誤解した理由はわかった。
「タック様、私からも補足しておきますと、旦那様が戻られてもミアはタック様専属の護衛としておこうかとジョニー様と話しておりまして。ミアにもそれとなく伝えております。」
とアレックスも口添える。
「誤解していたのはわかったけど、いたるところで見せて、聞かれた端から説明して回るとそれは吹聴と同じよ。」
とアド姉がミアに突っ込み、僕の方を見る。
「ターちゃんに確認だけど、ミアちゃんを側室に迎えるつもりはないのよね?」
「ないね。」
と断言する。
「断言しておくけど、これからあなた自身の血を残すことを求められるわよ。」
「僕の?」
「ええ、あなたの瞬間記憶と100%近くオリジナルを再現できる魔道具士としての腕を国が知ってしまったもの。」
「そんな大げさな。」
「明日の呼び出しも多分それ関連よ。」
「えー、没収された魔道具を引き取りに行く程度だと思ってたのに。」
「側室を持たない理由を考えておきなさい。」
とアド姉は言い、
「でも持ってもいいと思ったら最初にお姉ちゃんに言いなさい。」
と続けた。
言ったらどうなるんやろうか。
と思いながらトリィを見ると不安そうな顔をしている。
「大丈夫だよ。」
と言いながら手を握る。
約束したしね。と心の中でつぶやきながら。




