第022話 洗脳解除
控えていたメイド数名が思わず歓声をあげ、メイド長らしき女性に睨まれた。
さっきまで静かだったのは固唾をのんで見ていたからのようだ。
「ラナよ。」
おっさんが王女に近づき、声をかける。
真面目な表情をしているので、歓声をあげていた周囲も急に静かになった。
「イニレ家での騒ぎ。どこまで覚えておる?」
「リールの様子がおかしかったので、タックと逃げようとしたところまでは覚えております。」
「その後は?」
「イニレ家の家人に呼び止められたような気もしますが、そのあとはあまり・・・」
と眉を寄せながらラナ王女が答える。
洗脳をかけられた後のことはあまり覚えていないらしい。
「そうか・・・」
とつぶやくと、おっさんは
「まずは休め。休んだ後にタックをはじめ、お前を守るために動いた者たちに礼を言うが良い。」
とラナ王女に告げる。ラナ王女も事情を察したのか無言で首肯する。
おっさんはご典医さんと一言二言かわした後僕の方を向いた。
「タックよ。すまんがもう一人頼めるか。」
「承知しました。リール様ですね。」
先ほど案内してくれた騎士が、リールがいるところに案内するという。
おっさんたちはラナ王女のところに残るようだ。
黙って騎士の後を付いていく。
今度も遠いのかと思ったが、数部屋離れているだけだった。
そこに王女と同じようにベッドに横になっているリールがいた。
目は閉じたままで意識が戻った様子はない。
近くに医師とメイドが数名ついていて、あとベットの近くに女性が一人座っている。
女性はリールと同世代か少し下と思われる。
胸にはリールと同じ家紋の入った服を着ているので、こちらは第一王子の側妃候補という妹さんかな。
僕を案内してくれた騎士がその女性の近くにいき、用件を告げる。
女性は僕を一瞥すると、
「お手数をおかけしますが兄をよろしくお願いします。」
と僕に言った。
やはり、リールの妹さんらしい。
だが、お願いしますと言いながら視線は厳しい。
洗脳はしてないにせよ、リールの怪我は僕がやったのだから信用できないのは当たり前だろう。
リールよりも王女を先にすることになったのはここらへんが原因かもしれない。
王女の時の期待のこもった目とは違い、周囲の厳しい視線の中リールの治療を行う。
先ほどの手順をならうとあっさりとリールも目を覚ます。
目覚めの合図は「普段通りになさってください。」にした。
同席していた騎士が女性とリールのもとへ向かい、一言二言話すと女性が席を騎士に譲ろうとした。
騎士は遠慮しようとしていたが押し切られたらしく椅子に座り、リールと会話を始める。
どうやら事情聴取のようだ。
僕が聞くのもまずそうなので、騎士の聴取が終わるのを待つ。
すると聴取を横で聞いていたはずの女性が僕の方に近づいてきた。
近くで見るとすごい美人だ。僕と同じ黒髪だが艶が全然違う。
「兄を治していただきありがとうございました。それと先ほどは失礼を。」
失礼?視線のことだろうか。相手の立場になれば、僕をもろ手をあげて歓迎とはならないと思うのでそんなに気にしないでほしい。
「いえ、そのお兄様を傷つけたのも私ですので。」
「王女を守るためと伺いましたのでそれはやむを得ないかと。洗脳されていたとはいえ兄が事件に関わっていたことが残念でなりません。」
どうやらリールの証言で、彼女も兄が望まずとも今回の件に関わってしまったことがわかったようだ。
彼女の話によると、
リールは洗脳を結構頻繁にかけられ続けていたらしく、最近の記憶がいくつか欠けているとのこと。
僕のこともどこかで顔を見たような気がする程度らしい。
昨日会ったばかりなのだが・・・それだけこの魔法陣は危険と言うことだろう。
「これは危険なので処分した方が良いですね。」
「それですか。」
と女性は汚らわしいものでも見るかのように僕が作った紙の魔法陣を見る。
「はい。すみません、これ燃やしてもらうことってできますかね?」
と女性に頼むことにする。
「あら、まだ魔法は使えないのですね。」
「ええ、いろいろと試しているのですが・・・ 魔道具も返してもらってないですし。」
とここまで言って気づく。
「あれ? なんで僕が魔法使えないの知ってるんですか。」
「あなた、学校では有名人でしたから。」
「もしかして・・・」
「はい、あなたが入学した時にわたしは最上級生でした。」
「そうだったんですね。」
すみません、部活などもしなかったので、違う学年ほとんど知りません。
女性は僕から魔法陣が書かれた紙を受け取ると
"小火"
と唱え、一瞬にして灰としたかと思うとすぐに
"巻風"
と唱え、灰を粉々にして空いていた窓から散らしてしまった。
「ここまですれば復活させることもできないでしょう。」
と何事もなかったかのように言う。
結構難しいことだと思う。
前世で言うと、部屋の中で野球のノックをしてボールを窓から通すぐらい。
まあ、前世で例えても誰からも共感は得られないのだけど。
「ありがとうございます。」
良い魔法陣が見えたので2重の意味でお礼を言う。
女性は微笑みながら、
「いえいえ。お目汚しを。お礼はまた改めて。」
と言い、兄がいるベッドの処に戻っていった。
貴族の方に関わりたくないので、お礼などいらんのだが・・・と思いながら口には出さない。
女性と入れ替わりに戻ってきた騎士から聴取終了を告げられる。
証言の整合がほぼ取れたので、僕は仮釈放となるそうだ。
それを聞いた途端、ほっとしたからだろうかどっと疲れが出てきた。
睡眠は取ったとはいえ硬い岩の上でだし、今日は帰って寝よう。
そんなことを考えながら、改めて騎士の後を付いていく。
見覚えのある騎士団の控室まで戻ったところで、釈放を告げられ、通行証を返してもらう。
たまたま居合わせたトリィの先輩から門まで送ると申し出られたが、道はわかるので断る。
トリィは?と聞いたら先に帰ったそうだ。
馬車を呼ぼうかと思ったが、よく考えたら昨日アレックス達とは、イニレ家で別れたままだ。
歩いて帰るしかないか・・・
と考えながら門を抜けると、正面の建物の近くに白いシャツと青いズボンの美人が壁に背を預けるようにして立っていた。
金色の長髪を後ろでまとめてポニーテールにしている。
誰かを待っているようだった。
「今日は、警らを兼ねた甲冑姿じゃないの?」
と美人に声をかける。
するとその美人はきれいな碧眼をこちらに向け、
「今日は護衛なの。」
「護衛?」
「ええ、仮釈放になった魔道具士が迷子にならないように護衛。」
「よく迷子になってたのは、トリィの方だと思うけど。」
というと顔を赤くしながら、
「それは昔の話でしょ。」
と言って僕の手を取った。
「手をつないで帰るの?」
「ええ。私が抱きかかえながら帰ってもいいけど?」
「いや、手をつないで帰ろう。」
とまさかの2択から無難な方を選択する。
僕の手を握ったまま歩き出したトリィだが、横顔は赤い。
「トリィ?」
と声をかけると
「何?」
とこちらを向いた。顔は赤いままだ。
「恥ずかしいんだったら、無理しなくても。」
「嫌なの。」
「嫌?何が?」
「タックがフリーと思われるのが。だから周知しようと思って。」
「フリーと思われてはいないと思うけど。だって婚約するんだよね。僕たち。」
トリィをからかってるだけのような気が。でも僕もそんなに女性の感情に詳しいわけでもない。
「タックはタックでほいほい指輪配っちゃうし。」
「そのことだけど、誤解だよ。貸しただけだよ。」
「嘘、ミアもラナ王女ももらったって言ってたわ。」
あいつら・・・ と一瞬イラッとするが、それよりもイラッとなった理由に気が付いた。
「ふーん、トリィは僕よりもミアやラナ王女を信じるんだ・・・」
トリィははっとして、
「いや、信じてはいるけど・・・不安にはなる。」
とだけ言って目を合わさずに足元を見た。
手をつないでないと足元を指でモジモジしそうなほどのいじけっぷりだ。
さすがに可哀想になったので、助け船を出すことにする。
「じゃあ手を繋いで歩いて帰れば、不安は消える?」
「・・・消える。」
「恥ずかしいけど、大丈夫?」
「・・・大丈夫。」
「じゃあ、帰ろう。みんな待ってる。」
「うん!」
顔をあげるトリィ、
顔は相変わらず赤いけど、吹っ切れたようで笑顔になっている。
良かった良かった。
あとは周囲のニマニマと、独身男性陣の僕だけに対する殺意に耐えればいい。
「行くよ、タック!」
とトリィは腕を引っ張るように歩き始める。
ふと小さい頃を思い出す。
トリィはいつもこう言って僕の手を引きインドア派の僕を外に連れ出したのだ。
トリィもそれを思い出したのか、僕を振り返りながらその時と同じ笑顔を見せる。
「道はわかってるんだよね。トリィ。」
その時より一回り大きく、そしてそれ以上に美しくなった手を握り返しながら、僕は当時と変わらないセリフを言い、トリィの後を追い始めた。




