第002話 許嫁
何度も見直したはずなのに、誤記ってあるもんですね。(2021年7月2日)
ベアトリクスは扉をさらに開くとそのまま部屋の中に入ってくる。
ガチャガチャと金属が床にあたる音が部屋の中に響いた。
「また甲冑姿のままで帰られたのですか?」
呆れたようにジョニーが言うと、
「警邏も兼ねてね。着替えてまた外歩くのも手間だし。」
と甲冑姿という会長室にそぐわない格好のままベアトリクスは答えた。
ジョニーが気にしているのは甲冑姿の王国騎士が商会の店先から入ったことによる近所の風評だが、本人に全く気にした様子はない。効率重視である。
ベアトリクスは学校卒業後、王国の騎士団に入り警備隊に配属されている。
商会の令嬢ではあったのだが、自他ともに認めるその直情系の性格は商売に向いてないため、自分に一番向いている職業を探すと騎士だったそうだ。
昨日から王城で宿直だったはずだ。通常だと朝までだが、引継ぎや打ち合わせなどが長引いて今日のように昼過ぎに帰ってくることがある。
ベアトリクスが顔以外を覆っていたヘルメット型の兜を外すと、金色の長い髪がこぼれ落ちた。
「ただいま、タック」
と改めて僕を見ながら帰宅の挨拶をする。
流れるような金髪に加え、碧眼とすっきりとした鼻梁。微笑みを浮かべたやわらかそうな唇。
”姫騎士”と噂されているのもわかる気がした。(姫ではないけど。)
「ああ、おかえり。トリィ。」
少し見とれていたのをごまかすように慌てて返事をする。
トリィというのはベアトリクスの愛称だ。
父親同士が仲の良い商人だったこともあり、僕とトリィは幼馴染で学生の間は一つ屋根の下で過ごしたせいか、学校を卒業するまでトリィのことを美人と思ったことはなかった。
単純に見慣れていたのである。
学生時代に素直にそのことを学校の同級生に述べたら贅沢だと怒られた。
だが卒業後、彼女が宿直などで不在だったり、僕が研究で部屋にこもる機会が増え、逆に会う機会が少なくなると時々今みたいに彼女の何気ない所作でどきりとさせられることがある。
トリィを美人だと認識すると、振り返り自分の黒髪黒目と特徴のない顔立ちに対し”不釣り合い”という言葉が浮かばなくもない。気にしてもしょうがないけど。
「着替えるからジョニーとアレックスは出て行って。」
と甲冑胸部の留め金を外しながら、トリィは言う。
二人は慌てて、机の上の書類や、器を回収し部屋から出て行った。
「僕は良いの?」
「今さらでしょ。ちっちゃい頃から見てるじゃない。」
とすでに上半身はシャツだけになり、下の甲冑も外している。
すっきりとした顔と不釣り合いに、各所に鍛え上げられた筋肉が肌着越しに見て取れた。
ボディビルダーというよりかは陸上選手の肉付きだった。
「シャワーあがったら話があるの。」
と言い残し、着替えを片手に会長室奥のシャワースペースに入っていく。
そこはたたみ一畳ほどの大きさで、周辺はほかの壁と同じ材質でかこってある。
中は半分に分かれており、シャワールームと更衣スペースだ。
シャワールームには真上にシャワー口、壁に水量と温度調節用のつまみとスイッチがつけてある。
水は排水溝に流れた後、浄化された上に戻る循環構成になっており、定期的にフィルターの汚れを処分するだけでよい作りだ。
騎士団の遠征訓練中にお風呂に入れないことを嘆いていたトリィのために僕が作ったものだ。
水はトリィが魔法で出せたので、最初は簡易的に汲み上げて上から降り注ぐ機能しかなかった。
だが、同じものを欲しがったトリィの同僚には水魔法が不得意な人がいたり、温度調整ができるといいなど要望を取り込み続けて改良が進むたびに口コミが広がり、あれよあれよと商会の看板商品の一つになっていった。
「お待たせ。」
トリィが髪を拭きながらシャワースペースから出てきた。
思ったより早い。
筋肉を包んでいた肌着もシャツとズボンに収められている。スカートでないのは動きづらいからだそうだ。髪は拭き終わったあと後ろで一つに縛ってポニーテールにしている。
「お昼はもう食べた?食べながら話すわ。」
というトリィの申し出に同意して、改めてアレックスとミナを呼び給仕を頼む。
今日の昼食はサンドイッチで、中身は薄切りにした燻製鶏肉と葉野菜のものと、ゆでた卵をスライスし胡椒をふったものの2種類。
今日のと言ったが仕事が終わらないこともあるし、集中を切らしたくなくて自室=開発室で食べることもあるから僕の昼食は大抵サンドイッチだ。具はミアにまかせているので時々変わる。
トリィにサンドイッチでよいかと確認すると、待機中や遠征中はもっと簡易なものが続くこともあるから問題ないと言われた。たくましい。
コップに飲み物(冷たい果実水)を注ぎ、アレックスとミナが一旦部屋を出た後に、話とやらを聞くことにした。
「で話って?」
「うん、私たち結婚しようとしてるじゃない?」
「そうだね。婚約を進めてるね。」
「なんだけどね。私、第一王子から求婚されたのよ。」
「は?」
やけにあっさりと爆弾発言ぶっこまれた。