第019話 回想 -僕が学生だった時のある夜の会話-
「夜遅くに熱心じゃの?」
後ろから声をかけられ、魔法陣を書いた紙を手にしたまま僕は振り返った。
振り返るとひらひらの多い服を着た壮年の男性が一人、腰に手を当てながら僕を見ている。
ここはレイスリン王国立学校の魔法練習場。
時間は男性が言うとおり、そろそろ日が変わろうかと言う時間帯だ。
「はい、でもこの時間しか空いてなかったので。」
見たことない先生だなぁ。と思いながら夜遅い理由を説明する。
「別に魔法の練習ぐらい、他の者と一緒にできよう?」
「はい、僕はそれでもいいのですが、どうも皆は僕のしていることが気になってしまうらしく違う時間でしてくれ。と頼まれまして。」
と魔法陣を書いた紙をつまみながら理由を話す。
「なんじゃ、何か特殊な魔法を使っておるのか?」
「いえ、そういうわけではないのです。僕がやっているのは魔法ではなく、魔道具の実験ですから。」
「そういえば、結構な数の魔法陣を用意しておるな。これでは金もかかろう。」
「えっ?お金ですか? 紙とペン代ぐらいなのでそれほどかかりませんよ。」
「ほう。魔法陣を安価で書いてもらえる伝手でもあるのか?」
「いえいえ、僕が自分で作っているので料金は発生してませんよ。」
「ふむ、聞いた通りじゃのう。」
と男性はあごに手を当てて黙る。
聞いた通りって。誰かに僕のことを教えてもらったのであれば、わざわざ改めて聞く必要ないのでは?
「すみませんが、どちら様ですか?」
「余を知らんのか?」
”余”ってまたたいそうな自称だなぁ・・・
「すみません、学校も最低限の授業しか出てないので、先生方もあまり覚えておらず・・・」
これは本当のことだ。
ただ中には授業そっちのけで研究室にこもっている先生もいるらしいので、端から覚えようとも思っていない。
「余は・・・ まあ良いわ。好きに呼ぶが良い。」
「おじさんは学校の関係者なのですか?」
「お主、ためらわんのぉ・・・ まあ関係者と言えば関係者じゃ。」
「こんな夜遅くにどうされたんですか?」
「それをお主が言うかよ・・・ 相談を受けておったんじゃよ。」
「相談?」
まさか女生徒からの恋愛相談とかではないだろうな・・・
僕には誰も相談してくれないのに。
もしこんなおじさんに相談してる女生徒がいたら、僕は泣いてしまうだろう。
「うむ、こないだ校内で対抗戦があったのじゃろう?」
恋愛相談ではなさそうだ。
「ありましたね。」
「そこの魔術部門で魔法が使えない生徒が優勝したそうなんじゃ。」
「そうなんですか。」
「他人事みたいに言うのぉ。まあそれに関する相談よ。」
「まあ、担任から”エントリーしないと魔法科の単位あげない”って言われましたし。」
「脅迫されとるじゃないか。まあ良い。それは後で確認するとしよう。開始早々に回避に徹しながら魔法陣書いて、完成と同時にぶっ放すを繰り返したとか。」
「そうですね。それしかできませんし。」
「どっかで棄権してもよかったんじゃろ?」
「ええ、それは僕も考えたんですが、幼なじみから”棄権すると殺す”って言われまして。」
「お主の周りは脅迫者ばっかりなん?」
「幼なじみが言うには、”今まで魔法が使えないとバカにしてたやつらにざまぁしてやれ。”と」
「それにしても殺すは冗談じゃろ。」
「そうだと思いますが、その幼なじみは同時開催された総合部門で優勝してますからね。冗談に全掛けするのは危険を感じまして。」
「準決勝で対戦相手のアダマンタイト製の盾に穴を開けたのは、お主の幼なじみか。」
「あれは対戦相手が悪いと思います。ばれないと思って国宝を偽装するのが悪い。」
「そうよな。あんな所に国から預かっておる国宝を持ち出す奴が馬鹿よ。おかげで貴族の席が一つ空いたが。」
「一学生に怖い話しないでもらえますか。」
「怖くもなんともない。この世の話じゃ。ではお主の話に戻そう。」
「もう、話はないと思いますけど。」
「お主、ここを卒業したらどうする? 家族のいるミゼラ帝国かオーグパイム司教領に行くのか?」
「いえ、王国に残ります。」
「何故?」
「学校卒業させてもらって、すぐにさよならは不義理かと。」
「そもそもなんで王国の学校を選んだんじゃ?」
「ミゼラの学校は卒業後に従軍義務があります。魔法が使えない僕に従軍活動は無理です。オーグパイムの学校はそもそも魔法が必須です。実家の手伝いをするにせよ何にせよ、学校は卒業しておきたかった。魔法が使えない僕が卒業できる可能性があったのはここだけだったんです。」
必ずしも学校を卒業しないといけないわけではない。
だが、学校を卒業しておくと、その国がいろいろ便宜(越境の際の身分保障など)を図ってくれるし、少なくともどこかを卒業しておけば最低限の算術・法術などは理解しているとされ、話が早い。
実家が商会である僕はどこかの国の学校を卒業しておいた方が都合がよかった。
魔法が使えないハンデを持った僕のために親がトリィの親に僕の面倒をお願いしてくれたのだ。
「王国に残って何をする。」
「幼なじみの実家が商会をしているのでそこの手伝いをしようと思っています。」
「魔道具は作らんのか?」
「売り物になるなら作りますが。」
「攻撃魔法は売れるじゃろ。」
「攻撃魔法はあまり好きではありません。」
「お前対抗戦で使ったじゃろ。」
「相手に確実に当てられる人になら売ってもいいんです。でも下手くそが使って、的じゃない自然や建造物を壊すかもと考えると気が乗りません。」
「では防御魔法ならどうじゃ。」
「・・・攻撃魔法よりはましですね。」
「そうじゃろ。まあ何か自分で作ることがあったら余に見せてくれ。」
僕の答えが気に入ったのかなんなのかわからないが、おじさんは笑顔を浮かべた。
「良いですよ。」
「最後の質問じゃ。」
少しだけおじさんが真面目な顔をする。
「どうぞ。」
と気負わず返す。
「お主の決勝戦。初見のはずの対戦相手の魔法をすぐにお主も使って見せたのじゃろう? あれはあの家の者しか知らん特殊魔法だったはず。どうやって事前に魔法陣を入手したんじゃ?」
「事前に入手なんてしませんよ。」
「では、どうやって?」
「どうやっても何も、目の前で魔法陣を見せてくれたんだから、覚えて使いますよ。」
「見せるも何も一瞬じゃろ。」
「一瞬で十分です。僕は瞬間記憶がありますから。」
僕の答えに一瞬固まるおじさん。
「座学が優秀なのはそのせいか。」
「そうですね。ただ集中力高めた時しか使えないので、試験前とか今回みたいな戦闘中ぐらいしか使えませんけど。」
「そうか。でもうらやましいのぉ。」
「そうですか? でも僕はみんなのように普通に魔法が使える方がよほどうらやましいです。」
おじさんは少し悲しそうな顔をした。
「・・・すまんな。」
「謝らなくていいですよ。ごく最近ですが、気にならなくなりましたし。」
「わかった。不正ではないか?という相談じゃったのじゃが、それであれば問題なさそうじゃな。」
「相談ってそれだったんですね。解決したみたいで何よりです。」
「うむ、解決したので余は帰るが、お主はどうする。」
「おじさんとの話が長くなったので僕も帰ります。」
と僕は言い、先ほどまで魔法で攻撃していた的に歩いていく。
的に張っておいた紙を回収して、元のところに戻るとおじさんが聞いてきた。
「それは?」
「これですか?準決勝で対戦相手が使っていた防御魔法の魔法陣です。
僕が多方向から攻撃したので一つしか防げませんでしたが、どれぐらいの防御能力なのかと思って実験を。」
「結果は?」
と興味深そうに聞いてくるおじさん。
「御覧の通り。キズ一つつきませんでした。いいものを教えてもらいました。」
「お主の前では魔法一つ使うのも気を使うのぉ。」
「そんなことはないですよ。」
と笑顔を見せる。
「ふん、まあよいわ。」
と言いニヤリと笑うおじさん。
お互い不敵な笑顔を浮かべながら建物を出る。
「僕は寮まで歩きですが、おじさんはどうするんですか?」
「余か?余は。」
と言うとおじさんの身体が僕の体半分ほど宙にういた。
「”浮遊”魔法で飛んで帰る。」
「えっ、いつのまに?」
「ふふっ、お主から見えぬ位置で魔法陣を浮かべたのよ。」
「え、ずるい。見せてくださいよ。」
「”余”に魔道具を作ってくれるのであれば見せてやらんこともない。」
「作ります。作ります。」
「即答かよ。交渉しがいのないやつめ。」
と言って宙に上がっていくおじさん。
「えー、見せてくれないんですか。」
「また今度な。」
「今度っていつですか?」
「そんなにせっつかずともすぐ会える。ではな、タック・タッキナルディ。」
と言ってこちらに背を向け、飛んでいくおじさん。
作ると言ったのに見せずに去っていくとは。
さらには名乗らずに去っていくとは失礼な。
あんな大人はおじさんではなくおっさんである。
と憤慨しながら寮に帰った翌日。
僕はトリィと一緒に国王と名乗るおっさんから優勝の祝辞をいただいた。
祝辞のあと、
「やる気を出させるために言った冗談を、寄りにもよって国王に告げ口するなんてひどいです~。」
と号泣する担任のクビ回避のため、おっさんの雑用をいくつかするはめになったのはまた別の話だ。




