第016話 王家騎士団
あれほどの物音だとさすがに気づくのか、壊れた扉からおそるおそる館の他の執事やメイドが何人かのぞいている。
テーブルに倒れ伏しているのが自家の令息だとわかってはいるようだが、中の惨状を見て入るのをためらっているようだ。
まあ、自分よりも荒事向きであるはずの護衛が無残な姿で倒れていれば、助けに入ってもその横にならぶだけという結末を予想してもおかしくない。
どうしたものかな。王女が目覚めてくれないと椅子から立つこともできない。
椅子から滑り落ちないように、ささえたりずらしたりしているうちに、僕の左太ももの上に王女が座るような状態になっている。
さらに上半身が倒れないように背中越しに王女の腰をささえた結果、王女の頭が僕の肩の上にしなだれかかっているようになってしまった。
視界の左に目をつぶった美女がこちらを向いて穏やかに呼吸している。
仲睦まじいカップルが公園でやってそうではあるが、女性に意識がないのは大変よろしくない。
王女の体重を支えている左足が段々しびれてきた。
扉からのぞいていたメイドさんたちに声をかけようとしたが、目があった瞬間に悲鳴をあげて逃げられてしまった。
客観的にみると惨状の真っただ中で失神した美女を腰抱きして椅子にふんぞり返っている男である。
絵面が大変よろしくない。
「王女、王女、ラナ様。起きてください。」
と右腕でラナ様の肩をゆすってみるが目を覚ます様子もない。
状況が状況なのでこれ以上荒っぽい起こし方をしてよいかもわからない。
洗脳状態にかかった状態で魔道具壊したのはまずかったか。
自分が洗脳にかかるのはまずいと思って破壊したが、一旦洗脳にかかったらあの魔道具でしか解除できない。とかだったらどうしよう。すでに壊してしまったので今さらだが。
精神耐性の腕輪をラナ王女につけてみようかとも思ったが、左腕は王女を支えている状態なので腕輪を外すこともできそうになかった。
「万事休すか・・・」
すると、ちょうど館の玄関あたりから
「王家騎士団の者だ。全員その場を動くな!」
と、とおりの良い女性の声がひびき、複数の軍靴の音が応接室へと近づいてきた。
一瞬、助かったと思ったが、そうとも限らないと考え直す。
突入が早すぎるのだ。
いくら伯爵家から通常ではありえないほどの音がしたとして、
ほんの数分で騎士団が貴族の邸宅に突入できるだろうか。
王家は王家でも第一王子の手の者と言う可能性がある。
モルガン達と組んでいて、洗脳が終わった僕を商会の人間と会話してボロが出る前に国外に追放してしまう予定だったとか。
いや、護衛(名前も知らんが)3人は僕に洗脳が効かなかったとわかるや、すぐに実力行使に出てきたので、実力行使後に処分をお願いするつもりだったとか。
ぶちのめしてしまったせいで、洗脳後どうするつもりだったのか全く分からん。
いずれにせよ、入ってくる王家騎士団の人間がこちらの味方とは限らない。
備えるだけはしておこうと指輪と腕輪に魔力を補充しなおす。
そこに半壊したドアにとどめを刺して、破片をまき散らしながら突入してきたのはトリィだった。
てっきり兜姿で見分けの付かない姿が来るのかと思っていたが、
屋内でそんな視界がせばまれる兜で来るわけないか。
「ト、トリィ!?」
いや、騎士ではあるから可能性は考えないでもなかったが、まさかまさかである。
「タック、良かった。無事なのね。」
と応接室の中をさっと確認した後、僕の顔を見てほっとした顔をするトリィ。
「いや、本当に助かった。」
”タックは私が守ります。”
アド姉さんとのやりとりの際のトリィのことばを思い出す。
売り言葉に買い言葉だとばかり思っていたが、まさか本当に助けに来てくれるとは。
一騎士で何ができるの?とかバカなことを思って申し訳ない。
やはりもつべきものは優しい婚約者である。
感動で涙が出そうになっていると、目の前に刀が突き付けられた。
刀の先を見ると、トリィのきれいな藍色の瞳が爛々と輝いている。なぜ?
気が付くとトリィの後ろにも数人の騎士がいてその中にはシャワーの魔道具の際にお世話になったトリィの先輩 & 同僚の方々もいた。
さらにその後ろにはアレックスとミアもいる。
先輩方とアレックスは緊張した面持ちである。
ミアは僕が刀を突き付けられているのにも関わらずニコニコと手をふっている。
「それで・・・」
トリィはそこで一旦ことばを切り、刀をより僕に近づけ、
「どうしてタックは、団長を腰抱きして椅子にふんぞり返っているのかしら。」
「団長?いやラナ様は王女様だよ。」
「そんなのどっちでもいいのよ。どうして私にしてくれない腰抱きを団長にしてるの?!」
「これは・・・、 成り行きで。」
「ふーん、成り行き?」
と言うとより一層刀を近づけてきた。知ってる?これゼロ距離って言うんだぜ。
「詳しく聞かせてちょうだい。あとラナ様の左手薬指にあなたの指輪がはまっている理由も。」
「ああ、これね。これは・・・」
”貸しただけだよ。”そう言おうとした時だ。
「ミアもタック様に指輪いただきましたぁ。」
とミアが無邪気に左手をあげて指輪をアピールしたのだった。
いや、君のも貸しただけだから。




