第015話 実力行使
僕の左肩に手を置いたまま、ラナ王女は目の前の6人を睨みつける。
「ラ、ラナ王女?!」
向かいに座っていた貴族っぽい服を着ていた若い男性が悲鳴のような声をあげる。
「久しいな。リールよ、元気そうで何よりだ。」
ラナ王女は不敵な笑みを浮かべながら告げた。
これほど心のこもってない気づかいのセリフは耳にしたことがない。
「おい、モルガン! 話が違うぞ。 何故ラナ様がここにおられる!」
若い男性(僕に名乗ってないが、王女の言いっぷりを聞く限りではリール・イニレと思われる。)は動揺をかくすことなく、モノクルに叫ぶ。つかみがからんばかりだ。
だが、モルガンと呼ばれた男は動じることもなく、リールに顔を向け、
「若様、何も心配はありません。私の言ったとおりにしておけば何も問題はありません。椅子に座り、堂々とお構えください。」
とゆっくりと告げる。すると、リールは何の根拠もないその言葉を聞いただけにもかかわらず、
「そうか、わかった。」
と言い、椅子に座りなおした。
それを見たラナ王女は、僕の方を向き、
「タック、打ち合わせ通り引くぞ。想定よりまずい。」
と言うと僕の手を引き、入ってきたドアへと後ずさる。だが、
「お待ちください。」
と言うモルガンの声に王女は足を止める。そして、
「私の話をお聞きください。ラナ王女。」
と続けるモルガンの声にラナ王女は僕の手を離すと、
「そうだな。話を聞こう。」
と言い、腰に手をあて、モルガンに向き合う形で立つと、動きを止めた。
モルガンが言葉を発すると同時にモノクルが少し光る。
さっきは角度のせいで気付かなかったが、僕に向けて話していた時も光っていたようだ。
先ほどリールに、そして今ラナ王女へのお願いのような命令。
もう一度自分で受けてみて確認したいとは思わないが、”思考低下”の魔道具だろうか。
”精神耐性”の腕輪をはめていなかったら、僕なんか一発で操られていただろう。
それにしても、ここからどうするか。
僕が”精神耐性”の腕輪をつけていることをこいつらは知らない。
操られているふりをして少し様子を見るか?
リールの立場を守ろうとして、周りが動いているのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。
モルガンは動かず、自分を見たまま動こうとしないラナ王女の様子を確認すると、一息つく。
「お、おい。モルガン、大丈夫なのかよ。」
モルガンの右隣にいた護衛がモルガンに声をかける。
「ああ、大丈夫だ。一旦逃げ出そうとしたのに、俺の言葉を聞いてその場に立ち止まったのがその証拠だ。役立たずを使ってローデス商会の魔道具士とやらを洗脳してやろうと思っていたが、ここで第一王女という駒まで手に入るとは運がいい。」
「マジか、すげーな。」
執事の隣にいた護衛も興奮気味に話す。
「バカ坊ちゃんがしくじった時はどうしようかと思ったが、役立たずで大物が連れたぜ。」
リールをはさんでモルガンの反対側にいた護衛がリールと僕を見やりながら言う。
やはり雇用側であるはずのリールに対して敬意は一切感じられない。
「そういえば、なんでこの役立たずに第一王女が付いて来てたんだろうな?」
執事の隣の護衛が僕を見ながら、不思議そうに言う。
「そ、そのことなのですが・・・」
それまで黙っていた執事がおずおずと申し訳なさそうに口を開く。
ここまでか。と判断した僕は動くことにした。
手前に突き出した右腕中指の指輪に折り曲げてあてた親指から魔力を注入し、僕の前方にいた6人に向け魔法を発動させる。
”風玉”
直径20cm程度の空気玉を時速30kmほどで発射するものだ。
魔力を注入し続ける間、連続して発射される。
無色の玉をくらった6人が後方に吹き飛ぶ。外れた玉が数発後ろの壁に掛けてあったものを弾き飛ばしたり、窓を破壊するが気にしない。
アレックスかミアが音に気づいてくれればもうけものだ。
次に右腕人差し指の指輪に同様に親指で魔力を注入し、モルガンの目元からはずれて、床に転がったモノクルに向ける。
”水弾”
原理は水鉄砲だが高圧で圧縮した水を発射しているので、当たれば金属でも貫通する。
穴の開いたモノクルを見て、床に手をついたまま呆然としているモルガンをよそに、リールの隣にいた護衛が長刀を手に立ち上がった。
どうやら僕から距離の近かった執事が先に吹き飛ばされたのに気付き、すぐに防御姿勢をとったようで軽傷のようだ。感も良いようだ。
他の2人の護衛も腕なり、腹なりを抑えながら立ち上がる。
護衛はやっかいだが、モルガンの反応からすると魔道具はモノクル一つだけらしい。
まだほかに手があると面倒だったが、これならなんとかなるだろう。
残る二人の様子を確認しておく。
一番最初に”風玉”をくらった執事は立ち上がる様子もない。
無反応だったリールは”風玉”を顔面にまともにくらったあと、後ろの椅子の背もたれにもぶつかり反動でテーブルに突っ伏している。
「てめぇ、洗脳効いてなかったのか!何しやがった!」
いち早く立ち上がった男が僕に吠えるように叫ぶ。後から立ち上がった二人も刀や短刀に手を伸ばす。
「何しやがった、というか・・・第一王女と話をするのは僕との話を終わらせてからにしてくれないか。」
相手の疑問に素直に答えてやる義理もないし、モノクルを壊したせいか、糸が切れた人形のように倒れそうになったラナ王女を支えるので手いっぱいだ。
王女を支えながら、テーブルまで戻り白金貨を右手の指で手前に弾きとばす。
「こんな端金と魔道具で婚約破棄しろと言われても僕は困るのだけど。」
と言いながら左手で王女を抱え込むようにして椅子に座りなおす。
立ったまま支えようとしたが、意外におも・・・、いやいや単純に僕が座りたかっただけだ。
やっぱりミアから”身体強化”の指輪を返してもらっておけばよかった。
弾き飛ばした白金貨が突っ伏しているリールの頭で止まる。
「はした金ぇ?てめぇ、白金貨の価値知らねぇのか!?」
短刀をかまえていた男が目を剥いて叫ぶが、何に驚いているのか全くわからない。
「白金貨の価値ぐらい知っている。価値がわかった上で今回の婚約はそれよりもはるかに価値があると言っているだけだ。
それに、そんな魔道具で意思を曲げられての婚約破棄などお話にもならない。」
「ああ、そうかよ。じゃあてめぇには不慮の事故ってやつにあってもらうぜぇ。」
僕との会話にキレた長刀の男が一瞬で僕の近くに現れ、王女を支えていない右側から切りかかる。
普通の刀の男も短刀の男も僕の死角に回り、突きの行動に入る。
交渉決裂と見るや実力行使に移る。切り替えが大変スマートで手慣れた感じだ。
3人とも”身体強化”が使えるようだ。まあ護衛職はミアのような特殊魔法適正でもない限り、それぐらいないとやってられないだろう。
だが・・・その動きを感知した右の腕輪の自動防御機能が発動する。
”空壁”
魔道具の周辺1メートル~2メートルが空気の壁で覆われる。
球の中心にせまる速度が速ければ速いほどより高圧な空気の壁に阻まれるようにしている。
ただし、中から外に出る分には壁は発生しない。
なので、僕から2メートルほどのところで刀を構えて固まった男たちに再び右手中指の指輪を向ける。
”風弾”
直径5cm程度の空気玉を時速120kmほどで発射するものだ。
風玉と同じ魔道具だが、魔力を注入する量とそのスピードで威力を調整できるようにしてある。
魔力を注入している間は連射される仕組みは変わらない。
再び吹き飛ぶ3人。さすがに至近距離で攻撃を受けたのですぐには動けそうにない。
念のため、と”水弾”で武器を破壊しておく。
ふと前に目をやると、モノクルを失ったショックから立ち直ったらしいモルガンが横の扉からこっそり逃げ出そうとしていたので仲間と平等に”風弾”を叩き込んでやる。仲間と平等と言いながら叩き込んだ数は多かったかもしれないが気のせいだろう。
「さてと・・・」
とあえて声をあげ、僕以外誰も動くものがいなくなった応接室で、改めて状況を整理する。
・顔が腫れあがった状態でつくえに突っ伏している館のご子息
・全身打撲状態で床に転がっている家令
・全身打撲状態で床に転がされている護衛3名
・気を失って床に倒れている執事
・意識のないこの国の第一王女
・そんな第一王女を抱いたまま椅子に座っている一般市民
状況が状況である。王女の証言がないと僕の生命はないかもしれぬ。
「当初の想定と全く違う結果になってしまったけど、どうしてこうなったのだろう・・・」
と椅子からすべり落ちそうになった王女を再び抱きかかえながら、僕はそうひとりごちた。




