第014話 脅迫
「リール様にご招待いただいたタック・タッキナルディと申します。お取次ぎをお願いしたいのですが。」
門番である兵士に告げると、門番は僕に少し待つように告げて門の中に消えた。
さすがに王城と違い、門番は一人しかいない。
アレックスとミアには怪しまれない程度にイニレ家の周辺をゆっくりと回ってもらっている。
今、門の前には僕と見ることはできないがもう一人しかいない。
「タックよ、非常時には私は勝手に動くからな。お主はさっさと逃げるのだぞ。」
「かしこまりました。」
姿は見えないが後ろから聞こえるラナ王女の声に、前を向いたまま返答する。
馬車の中での打ち合わせ結果、想定されたケースとその対処法は以下のとおり。
第1ケース:魔道具作成依頼の場合 → そのまま受け付けて終わり。完成時期はご予算次第。
第2ケース:婚約破棄要求(脅迫)の場合 → 返事はうやむやにして、その場は保留。そのまま城に戻り脅迫が行われた旨しかるべきところに報告。
第3ケース:強硬手段(誘拐)の場合 → 館から脱出。そのまま城に戻り強硬手段をとられた旨しかるべきところに報告。
ラナ王女の一押しは第3ケース。ぶっそうな想像この上ないが本命だそうだ。
”帰った。屋敷から出た後のことは知らぬ。”と言い張れば、証拠がない限り手出しできなくなるそうな。こわっ!
先ほどはそれが前提のやりとりで、王女は”認識阻害”をいいことに暴れまわるのでその間に逃げろとのこと。
アレックスはラナ王女に交代を申し出たが、”アレックスは私より弱いから駄目だ。”と取り下げられた。
マジか。一応アレックスも商会会長付きの護衛職なんですけど。だがアレックスも何も言い返さないので本当にそうらしい。
僕としては第1ケースが一番望ましい。もしそうだったら安心した分、お安く受けつけるかもしれない。
などと考えていると、門番が戻ってきて、そのまま中に入るように告げられた。
身体検査されるかと思ったが、特にそんなこともない。
まっすぐ進むと館があり、そこに執事が待っているそうだ。
言われたとおり、門をくぐり、道にそって歩き始める。
数十メートルほど前方に館があり、館の前に昨日僕を呼び出した男が立っていた。
昨日は外出用の服でよくわからなかったが、執事の服装をしている。
こいつに執事なんか務まるのか?
そんなことを考えていると、
「早く来ぬか、走れ。リール様がお待ちなのだぞ。」
と第一声がこれである。
ここにラナ王女がいることを明かして、この男を青ざめさせてやろうかと思ったがネタばらしは早すぎる。
少なくとも、魔道具開発の依頼だとしても、安くはしてやらん。と心に決める。
「ついてこい。早く。」
走って執事の前まで行くと、執事はそれだけ言って館の中に入っていく。
見えていないが、ラナ王女はついてきているのだろうか。
ふと疑問に思ったその時、肩をタッチされる感覚があった。
奥の部屋の前まで行くと男は扉を開け、
「入れ。」
と告げた。さすがにここでは先に入ったりはしないようだ。
言われた通り、部屋の中に入る。
部屋は応接室のようだ。
中には長細いテーブルが置かれており、それを挟んで反対側に5人の男性がいた。
中央にいる20代前半と思われる男性のみ、刺繍のあしらわれたジャケットを羽織っており、
左右の4名は年齢も中央の男性より一回り年上のようだ。
僕から向かって右から2番目、貴族と思われる男性の近くにたっている男性は右目にモノクルをはめており、両手を後ろに組んでいる。
他の3名は護衛なのか、動きやすそうな服装で刀の大小の差はあれ帯剣している。
「君がタック・タッキナルディか。」
中央に立っていた男性が僕に声をかける。
「はい。お初にお目にかかります。」
「まあ、かけたまえ。」
と言われたので、テーブルにおかれている目の前の椅子に座る。
ちなみに椅子は自分で引いた。
僕をここまで連れてきた執事は、左の護衛らしき男の横に並んで立つだけで何もしない。
魔道具作成の依頼という可能性が急速になくなっていくのが、僕にも察せられた。
同時に左肩に手が置かれる感触がある。
「君、彼にこれを。」
モノクルが、執事に声をかけ、トレイのようなものを渡す。
執事はそれを僕の手前に置き、何も言わずに元の場所に戻る。
置かれたトレイの上には、白金貨が一枚置かれていた。
この世界で最も価値のある貨幣の一つだ。
旧世界で言うと1千万円ほどだろうか。
「すみません、これは?」
「ああ、詫び料だと思ってくれたまえ。」
「詫び料?」
と聞き返すと、貴族はだまって、横のモノクルを見る。
するとモノクルが代わりにしゃべり始めた。
「君は察しが悪いようだね。婚約破棄の詫び料だよ。」
「婚約破棄。」
オウムのように繰り返す自分の声を妙に遠くに感じた。
少しだけ、血の巡りが早くなったような気がする。
”精神耐性”の腕輪に魔力を補充したはずだが、効いていないようだ。
「少しだけ考えてみればわかるだろう。この国でローデス商会と言えば、1,2を争う規模の大商会だ。その会長の娘と幼馴染と言うだけで結婚しようなどと厚かましいとは思わないのかね。」
さらに血のめぐりが早くなったようだ。
心臓の鼓動が早く、大きくなっているのが自分でわかる。
おかしいな。”精神耐性”の腕輪が働いてないようだ。
少しすそをめくって腕輪の稼働状態を確認するが、魔力不足状態というわけではなさそうだ。
僕の様子も気にせず、モノクルは話を続ける。
「聞けば、君は魔法が何一つ使えないそうではないか。そのような役立たずが第一王子の側妃に取り立てられるほど優秀なベアトリクス嬢のそばにいつまでも寄生虫のようにいるべきではない。身の程を知りたまえ。」
魔法が使えないのはそのとおりだ。
魔道具士になった今ですら他の人に魔法陣を見せてもらい、他の人より時間をかけて魔法陣を準備しないと魔法を使うことができない・・・
でもトリィは僕に魔道具士の可能性もなかった時から、ずっと一緒だった。
僕と一緒に魔法が使えないことを悲しんでくれて、一緒に魔法が使えない理由を考えてくれた。
きっかけは幼馴染かもしれないが、そばにいてくれた理由はそれだけじゃないはずだ。
”側妃にならずに済む方法があると知った時には飛び上がったわよ。”
うれしそうにそう話していたトリィの顔が浮かぶ。
そうだ。少なくともトリィは側妃になることは望んでいない。
”精神耐性”の腕輪をながめて一言も発さない僕にさらにモノクルが続ける。
「ベアトリクス嬢との婚約破棄を宣言して、その身に過ぎた金貨を握りしめて自分の実家にすごすごと帰るがいい。くれぐれもローデス商会に居座ろうなどとずうずうしいことを考えるなよ。あの商会には、頻繁に王と謁見を許されている優秀で若い魔道具士を抱えていて、次代も安泰と言われているそうだからな。」
モノクルの言葉に、護衛の横に控えていた執事がビクリとして、何かに気付いたかのように僕を見る。
”精神耐性”の腕輪が魔力不足の点滅を始めた。
すっと手を添えて、魔力を再補充し点滅を止める。
別に腕輪が壊れていたわけではなかったようだ。
単純に出力不足。”自分を否定された哀しみ”と”トリィの意思を否定しようとする者に対する怒り”の感情が入り混じったことが原因だと思う。
だが、ふとしたことで負荷が少し減り、冷静になれたようだ。
冷静になったからには、王女との打ち合わせどおりにしないと。
打ち合わせの内容はなんだったっけ?
そうだ、婚約破棄を要求されたら、そいつをぶちのめすんだった。
すぐやらないと。と思いテーブルに手を添え、立ち上がる。いや、立ち上がろうとした時、
「聞くに堪えんな。いい加減、その品性のかけらもない言葉を吐き散らす口は閉じるがよい。」
立ち上がろうとする僕の肩を抑えたまま、ラナ王女が姿を現した。




