第012話 第一王女
「落ち着いたか?」
とテーブルの向かいに座っていたラナ王女が僕を気づかう。
脱力して膝をついた僕のために、一応おっさんが医者を呼んでくれ、謁見の間の隣の控室で診察してもらった後のことである。
御典医と呼ばれていたお医者さんには”睡眠不足、精神耐性値低下”と診断された。
前者は自覚あり。ここ数年はショートスリーパーも驚くほどの睡眠時間しかとれていない。
後者は「謁見以前に何かなかったか」と聞かれ、昨日失神したことを伝えると、「耐性値回復中にさらにショックを受けたのが原因であろう。」と王様と姫様を見ながら御典医さんは言った。
二人はそろって明後日の方向を見ていた。こういうところも親子である。
おっさんはそのあと宰相にひきづられてどこかに連れていかれてしまった。
魔道具のプレゼンどころではなくなったので、それなら溜まっている仕事を消化しましょうということのようだ。
「ええ、まあなんとか落ち着きました。ご迷惑をおかけしました。」
精神的ショックを浴びせてきたのはこの人たちだが、王族にそんなことは言えぬ。
王様を”おっさん”呼ばわりした気もするが、動揺していたためと解釈してもらえたようだ。
テーブルに置いてもらったお茶を口にする。ハーブティーだ。
さすが王家。いい香りだ。あとで少し茶葉もらえないだろうか。
「落ち着いたのなら、父上が戻って来るであろう午後からでもプレゼンを聞こうではないか。」
とラナ王女が目を輝かせながら言う。
「それが・・・、午後はイニレ伯爵家に呼ばれておりまして。」
とおずおずという。
「そうか。先約があるのであれば仕方ないな。」
それを聞いたラナ王女は残念そうな感情を隠さずにそう話す。が、真顔に戻ると、
「待て、イニレ家と言えばアレックスの後見ではないか。そんなところにのこのこ行くのか?」
「ええ、まあ。一応呼ばれましたし、魔道具のご用命かもしれませんので。」
「用件も聞いておらんのか?」
「はい、昨日使いの方が来られ、ご令息から私に話があるので万難を排して来いと。」
「むう、アレには蒼お、ではないベアトリクスのことは諦めさせたが、イニレ家までは伝わっておらんかもしれんな。」
僕が動揺しないようにトリィの呼び名を言い直してくれたが、もう大丈夫だ。
というか7割5分口にしてたら言い直しても効果はないから。
それよりも、
「諦めさせた?」
「うむ、今朝しろ、じゃない。自称お前の姉が来た後に、アレックスの処に行って事実確認したのだ。
ベアトリクスに声かけしたことは認めたので、婚約者がいる娘を無理やり側室に入れて後で刺されたりせんのか?と聞いたら青ざめて即座に取り下げたわ。」
「そうなんですね。」
思わず安堵の息をもらす。
「あれはあれで優秀だが、胆力がなさすぎる。刺されても本望ぐらいの気概であれば、応援もするのだが。」
いやいや、応援してもらっては困るのだが。
「そんな顔をするな。だが、イニレ家も用件も告げずに呼ぶというのもな・・・」
と言うと、ラナ王女はニヤリと笑った。
「そうだな。万一の時のために私が付いて行ってやろう。」
「は?」
「何、心配するな。午後の予定は空いている。」
いやいや、あなたの予定を心配したわけではない。
「さすがに王女様についてきていただくわけには。」
「荷物運びをさせておいて、今さらだろう。」
とからからと快活に笑う。
話していてわかった。この人は面白そうだから僕についてくることをすでに決めているのだ。
僕が何を言っても聞きそうにない。
やっぱりあのおっさんの娘である。
「さすがに伯爵家の方は私と違って、王女だと気づかれるでしょう。」
「確かにな。そこでだ。」
と王女は謁見の間から移動させてあった僕の荷物(魔道具)を指さし、
「あの中に気付かれなくするような魔道具はないのか。」
と言う。なくは・・・ない。護衛のアレックスやミアを振り切ったあれが。
「あるのだな・・・」
と僕の顔から察したラナ王女は浮遊板ごとテーブルの近くに持ってきて、
「で、どれなのだ。」
ととても楽しそうな顔をして言う。
おもちゃに目移りする子供のようだ。どれから遊ぼう。とその目が語っている。
「こちらです。」
とアクセサリー箱から出した”認識阻害の指輪”を取り出す。
「これか。で効果は?」
とためらうことなく、指にはめる。
自動調整機能はあるので、基本どの指にもはまるようになっている。
ちょっ、なんでよりによって左手薬指にはめるの? そりゃこの世界にその風習はないけど、他にも指あるでしょ。
「魔力を通すと、周囲の人間が認識しにくくなります。」
言ったとたん、王女の気配が消えた。見えもしない。さっそく魔力を通したようだ。
「音は周囲に聞こえますので、音はなるべくたてないでください。」
「他人からは見えませんが、触れはしますので、人には当たらぬようにしてください。」
「魔力を通すのを止めると、解除されます。」
と王女が座っていたところに向けて使用方法から解除方法まで説明したのだが、姿を現さない。
まさか・・・
ラナ王女が座っていた椅子に近づき、手を伸ばすが、何にも当たらずに背もたれをつかむ。
あの人どこ行った?
結局、諦めて椅子に座っていた僕に
「で、どうやったら解除できるのだ?」
と姿の見えない王女が声をかけてくるまで、しばらく待つことになるのだった。
解除方法の説明も聞かずに、あんたどこ行ってたのよ・・・




