第011話 二つ名
わかりづらい表現があったので修正しました。(2021年7月2日)
僕の手をつかんだまま、王女と名乗ったその女性はつかつかと謁見の間に入っていく。
「おお、来たか。タック」
と数段上がった場所にある椅子に座っていた男性が僕に声をかける。
マークロック・レイスリン。 この国の王様だ。
40代後半の壮年男性。体格もがっちりしている。
遠征で前線に立つこともあるというのもうなづける。さすがに剣を片手に切ったはったはしない(させてもらえない)そうだが。
国王の斜め後ろには宰相らしき人が立っている。
階段(?)を降りたところの左右には数人の近衛が控えているがみな無言のままだ。
王様は僕に最初にあった時が、お忍びの時だったせいか妙に気やすい。
だが僕もそれに合わせてしまいそうになるのでやめてほしい。
「お待たせして申し訳ありません。」
と胸に手をあて一礼する。
「なんじゃ、誰を連れてきたのかと思えばラナではないか。」
「はい。」
「どうしてタックと一緒に来ておるのだ。」
「城内を散歩しておりましたら、面白い男を見つけまして。父上と会うと言うので同席させてもらおうかと。」
「まあ確かに見ていて飽きんな。この男は。」
と親娘そろって、人を見ながらさんざんな言いっぷりである。
「私を知らなかったらしく、荷物持ちをさせようとするので、ギリギリで身分を明かしておどろかせてやろうかと。」
「いやいや、荷物持ちをさせようとはしてないでしょ。」
と第一王女の発言を聞いた近衛の方々からの剣呑な視線を受け、思わず素で否定する。
「そうだったか?」
「そうです!もう十分おどろきましたのでご容赦ください。」
身分うんぬんよりもさらっと誤解を生みそうな発言をすることに驚いたわ!
「そうか。まあ驚いた顔は見れたので私は満足だ。」
と第一王女 = ラナ・レイスリンはニコニコしながら、本当に満足そうに言う。
やっぱり親子だわ、この人らは。
「ではさっそく、魔道具の紹介を。」
改めて第一王女に自己紹介を行った後、本題を切り出す。
午後にも行くところがあるので、さっさと終わらせねばならない。
「まあ、待て。そう急ぐな、タック。それよりも先にお前に聞きたいことがある。」
と手をあげて制するおっさん。
聞きたいこと? 第一王子とトリィのことか?
放置が基本のおっさんから話を振ってくるとは思わなかったので少し身がまえる。
「お前、サイフォン商会会長のアドリアーナ・サイフォンを知っておるか?」
「アド姉ですか? 知ってますけど。」
想定と違った質問だったので、思わず普段の呼び名で言ってしまった。
「あれを姉と呼べる仲か・・・」
おっさんが少しまじめな顔になった。横のラナ王女も真顔になっている。
「あの、アド姉が何か?」
打てる手を打っておく。
アド姉が言っていた一言を思い出す。
あの人何をしたんやろ?
「お前、あれが白夜叉と呼ばれておることを知っておるか?」
「なんですか、そのおっかない二つ名は?」
「あれは商会会長の他に司教領軍中将の立場でもある。」
「へ?」
と思わずアホの子のような声が出てしまった。
「白夜叉は十数年前の合同遠征の時に、あやつを見た魔獣が一目散に逃げ帰ったために付いた名よ。」
とおっさんが説明してくれた。
この世界の各国家は軍隊を保持している。(騎士団も軍の一部隊だ。)
だが、保持の主な目的は国家間の争いのためではなく、魔獣が発生した時に退治または撤退させるためだ。
魔獣は普段、人が簡単に近づくことができないようなところに生息している。
自然と人は魔獣の生息域を避けて開拓していくようになり、結果生息域が国と国の境界となった箇所もある。
そんな魔獣が何かのきっかけでその生息域から出てくる場合、どちらの国に行くかわからないので、両方の国が合同遠征と称して、討伐軍を派遣するのだ。
王国の東北にはミゼラ帝国、東南にはオーグパイム司教領が位置しているが、その3国の間にもテムステイ山と呼ばれる魔獣の生息域がある。おっさんはちょうどそこへの合同遠征の際にアド姉の二つ名の由来を目にしたらしい。
「それで、アド姉は今回何をしたのでしょうか?」
”白夜叉”と呼ばれていることは知らなかったが、姉と呼ぶ人が何かしてしまったのであれば、頭ぐらいは下げねばなるまい。首をよこせと言われたら全力で逃走に舵を切ろう。
そう思いながらおっさんと姫さんに恐る恐る聞いてみる。
「朝一で、お前との話の前にじゃな。余との会談を要請してきおってな。」
「はい・・・」
あの会話の次の日に? リール家の翌日呼び出しもたいがい失礼だが、王族への朝一の面談申し込みもなかなかである。
「そこで”タック・タッキナルディとレイスリン王国との縁がなくなるのであればオーグパイム司教領で迎え入れる準備がある。”と言いおった。」
「ふぇ?」
本日2度目のアホの子の声が漏れてしまった。
「・・・で、陛下はなんと?」
と思わず漏れてしまった声をごまかすように続きを聞く。
「おう。”タック・タッキナルディは我が国の騎士である蒼鬼と結婚する方向で話が進んでおる。司教領の準備は不要”と答えておいた。」
へ? ”蒼鬼”?
「えっと、誰ですか?その”蒼鬼”って?」
「ん? お前、自分の婚約者の二つ名も知らんのか?」
「え?トリィは自分の二つ名は”姫騎士”だって・・・」
動揺して、トリィのことも普段呼びのまま言ってしまう。
「そう呼ばせてるだけよ。そもそも第一王女の護衛騎士だからと言って二つ名が”姫騎士”になるのはおかしいでしょ。」
とそばにいたラナ王女も説明に加わる。
あれ?魔道具のプレゼンをしに来ただけなのに、なぜ僕の婚約者は鬼で、姉は夜叉になった?
ひたいに手をやり、状況の整理を試みる。
様子がおかしい僕を怪訝そうに見ている王様と姫様の横に宰相のおっさんが来て、耳打ちする。
だが、周りが静かなためかその声は周りにはっきりと聞こえた。
「ベアトリクス嬢もアドリアーナ中将も自分の婚約者や、姉と慕う子に自分に”鬼”だの”夜叉”という二つ名がついていることを知られたくなかったのではないでしょうか。この様子から察するにこれまでタック殿の耳には一切入ってなかったものかと。」
宰相の言葉に なるほど。という顔をする王様と姫様。
僕も得心がいった。
確かに一騎士と一商人があれほどの殺気を放てるわけがないのである。
「タックよ。」
と呆然としたままの僕に王様は近づき、
「今のは嘘じゃ。」
と少しだけ申し訳なさそうに言う。
「それはいまさら無理だろ、おっさん。」
そういうと、僕は膝から崩れ床に手をついた。




