第010話 登城
「じゃ、行ってくるわ。」
と王城の門の前で同行してくれたアレックスとミアに告げる。
トリィとアド姉の二人の殺気にさらされ、気を失ったあくる日の朝のことだ。
「では、お昼少し前にお迎えにあがりますので。」
と馬車からおろした荷物を”浮遊板”に載せ終えたアレックスが言う。
ミアは御者も兼ねているので馬車の御者台から僕を見ながらうなずいた。
二人に見送られながら”浮遊板”を押し、門番の兵士に入城証を見せる。
確認が終わり、返された入城証を胸元にしまい、門を抜ける。
振り返るとアレックスが一礼していたので、軽く手をあげて中を向く。
謁見の間は奥にあるが、その前に近衛の待機室に行かなければ。
「本当だったら自動追尾機能つけて、押さなくてもいいはずなのに。」
と息をつきながら”浮遊板”を押す。
昨日気を失った時、椅子に座っていた僕はテーブルに頭をひどくぶつけたようで、その音に気付いたトリィとアド姉が即座に休戦協定を結んだため、あの後事態は収束したらしい。
トリィはアレックスに、アド姉はジョニーに叱られたようだが、詳しいことは知らん。
目覚めた僕は僕で 「護衛なのに先に落ちてしまってすみません。」と自己嫌悪に陥ったミアをなぐさめていたから。
いろいろあった結果本来付けたかった自動追尾機能がつけられなかった。
シンプルに僕との距離を一定に保つ機能だが、これがあればわざわざ押さなくてもよい。
浮遊はしているので、だいぶ楽にはなっているが、門から謁見の間まで距離があるので体力が削られてしまう・・・
馬鹿正直に運べるだけ持ってくるのではなかった。多少少なくても国王にはわかるまい。と後悔していたところ、
「おい、貴様。なんだこれは。」
と押していた荷物の向こうから声をかけられた。
しまった。どなたかの移動の邪魔をしてしまったか。
”浮遊板”のグリップをつかみながら荷物の反対側に回ると、赤毛で細身の女性が立っていた。
細身だが、メリハリがある体形でシャツとズボンの一部がはちきれんばかりになっている。
顔立ちは整っているが目力があるため、第一印象は”きれい”というより”気が強そう”だった。
王城内を普段着のような服装で歩いているので、勤務前後の騎士だろうか。
「申し訳ありません。私ご用命いただいた商会のものでして。こちらは今回持ち込ませていただいた商品になります。」
「これだけの荷物なのに一人なのか。」
と女性は浮遊板に積まれた商品と僕を見ながら言う。
「はい。入城許可をいただいているのが私だけでして。」
「そうだとしても”身体強化”も満足も使えぬ者にこれほどの量の荷物を運ばせるとは。
しょうがないな。わたしも運んでやる。どこに運ぶのだ?」
どうやら押すだけで荒い息をついていた僕を見かねて手伝ってくれるようだ。
だが僕が行く場所が場所(謁見の間)だけに、この人に迷惑かかるかもしれぬ。
「いえ、お気持ちだけで結構です。」
「遠慮するな。私もこちらに用があるし、”身体強化”は得意な方だ。」
手ごわいな、この人。
と思っていたら女性はあっというまに僕の手から浮遊板のグリップを奪い取ってしまった。
この先は王家の方々のフロアと近衛騎士の詰め所なので、”こちらに用がある”ということやはりこの人は騎士様なのかもしれない。
これから出勤なのだな。
「ん?」
とグリップを握りなおした後、怪訝そうな顔をして僕を見る。
「なんだ。”浮遊”はかかっているじゃないか。操作魔法が使えるならなぜそれを使わん?」
そうなのだ。普通に操作魔法が使えるのであれば、荷物を浮かせるのも、そこの角まで移動して奥の近衛室まで移動させるのも同じ要領でできる。彼女の疑問はもっともである。
だが、僕は事前に魔法陣を刻むなり、書くなりしないといけないので、距離を細かく指定した魔法陣をほいほい書いていられない。汎用性のある魔法陣を書くしかない。
床から一定の距離地面から離す浮遊の魔法陣を書いたのものそうだし、
目標(僕)から一定の距離を保ち続ける魔法を書いて僕の後を自動追尾させようとしたものもそのためだった。
「操作魔法は苦手でして。」
「苦手?これほどきっちりと一定の位置まで浮遊させているのに?」
魔法は苦手どころか一切使えないんです。
と心の中で宣言しつつ、この頑固ではあるが、善意で運んでくれようとしている女性に申し訳ない気持ちになる。
「まあ、よい。変なやつだな。こちらでよいのだろう?」
と女性はグリップを握りなおし、僕が進んでいた方に進み始める。
「はい。まずは近衛の方々がおられる待機室に。」
しょうがないか。謁見の間の近くまで運んでもらうとしよう。
近衛の待機室に近づくとそれに気づいたらしい一人の騎士が部屋から出てくるのが見えた。
「お呼び出しいただいたローデス商会のタック・タッキナルディです。通過の許可と立ち合いをお願いに・・・」
と入城証(奥への通行証も兼ねている。)を再び取り出し、確認をお願いしようとするが、騎士がギョッとした顔をしてこちらを見ている。
後ろに何かあるのかな?と思い振り返るが、”浮遊板”を押してくれている女性がニコニコと微笑んでいるだけだった。
「どうかされましたか。」
「あ、いや、なんでもない。通過を許可する。」
「いくつか魔道具を持ち込んでいるのですが。」
「使用前にどなたかの許可をいただくようにすれば問題ない。」
”浮遊板”はすでに使用中なので問題なかろう。
「立ち合いは・・・」
「前回と同じ場所におられる。まっすぐだからこのまま行ってよい。」
王城なのに、ずいぶんセキュリティがゆるい。
これまではそんなことなかったんだが。
前回は入室前にこの待機室で魔道具の機能を一つ一つ説明させられたし、立ち合いの際も僕が不審な動きをしたらすぐ切りつけられるぐらいの距離に帯刀した近衛の人がいた。
徐々にゆるくなるならわかるんだが、今回のゆるさは急すぎる。
と、前回までと違う要素に気付き、後ろを向くが、女性は変わらずニコニコと微笑んでいるだけだった。
「王がお待ちだ。早く行くがよい。」
と騎士からさらにせかされる始末だ。
ひょっとしたら国王が何か言ったのかもしれない。
あの人待つとか並ぶとか大嫌いだって言ってたし。
並ぶのが嫌いだから並ばせる立場になったと言ってたのもあながち冗談ではないのかもしれない。
後ろを振り向き、”浮遊板”を押してくれた女性に
「ありがとうございました。ここからは私が自分で。」
と礼を言い、”浮遊板”のグリップを受け取ろうとする。
すると女性は、
「なに、わたしと同じ行き先のようだから最後まで運んでやろう。」
とあっさりと言った。
同じ行き先?僕の行き先は謁見の間なんだけど。
非番の騎士様じゃないの?
混乱している僕をよそにその女性は先に進んでいく。
「あの~、すみません。騎士の方ではないのですか。」
「ん、私は騎士に見えるのか?」
「はい。立ち振る舞いが騎士の方のように凛としてますし、私の荷物運びを手伝ってくださいましたのも騎士道精神に則っての行為かと。」
と女性の横を速度を合わせて歩きながら推測を述べる。
「なるほど、そういう見方もあるか。」
と女性は片手を形の良いあごに添えながら言う。
「私は騎士ではない。荷物運びを手伝った理由はいくつかある。単純に行先が同じというのもあったが・・・」
と歩きながら説明を続けてくれた。
「最初は、これだけの荷物の運搬を1人に押し付けている者たちの顔を見てやろうと思ったのだよ。
だが、王城の者ではないという。
次に荷物は浮遊させているくせに、息をきらしてそれを押している商人に興味が沸いた。
息を切らしているのは単純に体力がないだけのようだが、そこはどうでもよい。
興味が沸いたのはこれだけの種類の魔道具を王族にプレゼンするというのに、1人で来ているということ。
うかつに質問を持ち帰ることもできないだろうに1人で来ているということは・・・」
とここまで話すと、女性はこちらを向き、
「その1人は持ち込んだすべての商品の開発に一通り携わっているのではないかと推測できる。」
と答え合わせをしたいかのように言い切った。
「まあ、その推測はあってます。私がすべて作ってます。」
「やっぱりそうか。これほどの数を作成するとは優秀な魔道具士だな。」
女性は推測が当たって満足そうだ。
大抵の魔道具士は開発に一通り関わるのが一般的だ。
魔道具を作る手順の主なものは次の3つ。
1.魔法陣の情報取得
魔法陣の情報を正確に記載しないと魔法は再現されない。
2.魔道具への彫り込み、ないしは書き込み
魔法陣の情報を、媒体に正確に写しこまないといけない。
3.魔道具への魔力注入
発現させるのに必要な魔力を事前ないしは使用時に注入しないといけない。
この3つの条件をすべて満たさないと魔道具はうまく動かない。
うまく動けばよいが、うまく動かなかった場合3ステップをそれぞれ別の人間が担当していると責任のなすりつけあいになってしまう。(特に正確性が求められるのは最初の2つ)
一人ですべてこなすにしても、
苦労するわりに失敗のリスクはつきまとうため、魔道具士は割の悪い職業とされていた。
僕の場合は自分の生活にも関わるので選択せざるを得ない職業だったけど。
女性は数の多さにも感心しているが、僕からすれば必要にせまられた結果に過ぎない。
そんな会話をしているうちに謁見の部屋の前まで到着してしまった。
「それで結局騎士でもないのに、私の荷物運びを手伝ってくださった理由は何だったのですか。」
文官の方かしら。謁見の間に出入りできるレベルとなると優秀な人なのだろうか?
”身体強化”が得意と聞くと違う気もする。
「それはだな。」
と女性は一息つくと、扉の開閉を担当している兵士に目配せしたかと思うと、
「これだけの魔道具を作れる優秀な魔道具士が、知らないとはいえ、自国の王女に自分の荷物を運ばせたと知った時にどんな顔をするか見たかったからだよ。」
と言い放ち、僕の手をつかんで謁見の間へと突入していった。




