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第001話 会長代行

「終わった・・・」


 僕 = タック・タッキナルディは小さくつぶやくと、つかんでいたペンを置き、椅子の背もたれに体をあずけるように両手を後ろに反らし大きく伸びをした。


 今ちょうど机の上に鎮座していた書類の山にサインを終えたところだ。


 無造作に置かれた数十の提案書を3つの山(可、不可、条件付き可)に分類するのに午前中のほとんどを費やしてしまった。

 僕は二十歳(はたち)手前ながら今いるローデス商会で責任者、つまり会長の立場にいる。

 とはいえ一時的な会長代行の身だ。慣れない仕事に時間を要してしまうのも仕方ないと言えた。


 午後からようやく本業に取り掛かれる、と考えながらこわばった肩をもんでいると正面にある部屋の扉がノックされる。

 応じると一人の男性がトレイを片手に姿を現した。

 トレイにはカップ一組とティーポット、砂糖とミルクのサーバが載っている。

 アレックス・ダムザ。会長付の執事だ。

 60代とのことだが、髪がほとんど白い以外は壮年期の男性とさほど変わらない見た目だ。

 身のこなしも年齢を感じさせないたたずまいだ。


「タック様、お疲れさまでした。お飲み物をお持ちしました。」

「ありがとう、アレックス。いつも思うんだけど、どこかで見てるの?」


 毎度、終わったのを見ていたかのようなタイミングで訪れるのが不思議でしようがなく、執事(アレックス)にいつもと同じ質問をしてしまう。


「積まれておりました書類の厚さから、これぐらいのタイミングかと思いまして。」


 と事もなげに言う執事(アレックス)に尊敬の念を抱きながら、やりとりの間に目の前に置かれた紅茶に砂糖とミルクを加え、ゆっくりとのどに流し込んだ。


 熱すぎず、ぬるすぎず。

 目を閉じ、紅茶葉の香りと舌に残る甘味を味わう。

 提供タイミングだけでなくサーブもプロの所業。

 以前やり方を聞いてそのとおりやってみたがこれの半分も再現できなかった。


 ノルマを成し遂げた達成感とそれにも勝るご褒美を味わっていたところ、ふたたびドアがノックされる。


「構わない。」


 と声をかけると眼鏡をかけた細身の男性が一人入ってきた。

 僕より一回り年長で、仕立ての良いスーツに身を包んでいる。

 ニコニコと愛想笑いを浮かべているが、僕はそれに応えず半目で


「ジョニーはどこから見てたんだい?」


 と問うた。

 ジョニー = ジョニー・インズ は商会の営業部長で、今は会長代行である僕の補佐的な立場にいる。

 今朝がた僕(会長()())の机に提案書の束を置き

「会長の仕事に慣れていただきませんと。」

 と今とまったく同じような笑みを浮かべながら去っていった男である。

 容赦はないが優秀で、根拠のない推測をしないであろうこの野郎が何から僕が作業を終わる時間を推測したのだろう?興味がわくところだ。


「アレックスが紅茶を準備(サーブ)していたとミアから聞きまして。」


 ミアとは会長付きのメイドだ。

 いつもニコニコしていて愛想はよい。

 僕より1つ年上だが美人というよりかわいらしいという表現がよく似合う。

 なんでも一通りそつなくこなせる優秀な女性だが、口がヘリウムより軽いのが玉にキズだ。

 今回のように下手すりゃ情報漏洩じゃね?ってことがよくある。

 口がヘリウムより軽いメイドもそうだが、執事(アレックス)の予測が正確すぎるのも考え物で僕の行動が丸見えだ。

 今度執事(アレックス)に誰にも見られないように紅茶を持ってこれるか聞いてみよう。

 できるって言いそうな気もする。


「この山はどのように分けてあるので?」

 と、机に積まれた書類の山を眺めていたジョニーが聞いてくる。


「サインしてあるだけのものはそのまま進めていい。

 サインして付箋もはさんでいるものは、取引先なり販路なりが初めてのものだからジョニーにも確認してほしい。確認してほしいところに付箋張ってあるから。問題なければ進めて構わない。

 サインしてないものは差戻し。急ぎのものもなかったみたいだから要推敲。」


「承知しました。ただ次からは私に確認するものがある場合はサインしないでいただきたいですね。」

 困った子だなぁ。という顔をしながらジョニーが苦情を述べる。

 僕を子供のころから知っているせいか、時々こんな顔を浮かべることがある。

 プロセスを守らなかったことに対する苦情であって、別に責任の片棒を担がされることに対する苦情ではない。


「また確認してサインするのがめんどくさい。僕の本業の時間をどれだけ奪えば気が済むの!?」


「しょうがないですな。タック開発部長は会長の娘婿ですから。」

とジョニーは愛想笑いを浮かべたまま言った。


 ジョニーの言葉どおり僕はこの商会の製品開発部門の部長をしている。

 僕が学生時代に趣味で作っていた魔道具が売れるとわかった会長が部門を新設し、部長に据えられたのだ。

 また、僕は会長の長女(下に一人妹がいる)と幼馴染で、お互いに憎からず思っているので将来的に結婚する可能性はある。というか今まさに婚約の手続き進行中だ。

 今回、会長の隣国への長期出張にあたって、代行に僕が任命されたのもそれが理由だった。


「ジョニーが壊さなかったら、再承認は全自動サイン機にさせてもよかったんだけど。」


「あんなもの認めるわけにはいきません。まじめに企画書を作っている者の気持ちを考えてください。」


「でも一台売れてるんだよ。こないだメンテナンスに行ったら”余はとても満足しておる”って。」


「”余”って言わない。顧客情報漏洩になります。」

 ジョニーが一瞬だけ真顔になってたしなめられた。そばで控えていたアレックスも苦笑いしている。

 さすがにダメか。


「僕の本業は魔道具士なんだけど。」

 魔道具を作って、売って、直してができればいいのだ。書類仕事はしたくない。


「それでも多少は将来に備えていただかないと。われわれ商会員の生活がかかってますから。」


 浮かべている愛想笑いの笑みが一段と深くなる。

 こちらに向けた笑顔なのにちっともうれしくない。いじめっこである。サディストである。

 ただ、誤解がないように言っておくとジョニーと僕が恋敵というわけではない。

 このサディストにはすでに家族(妻と娘)があり、奥様とは恋愛結婚だそうな。


「まだ娘婿じゃないからね。婚約の手続きも終わってないし。」


「だから会長が出張ついでにあなたのご家族にも話をしに行ったのでしょう。」


「別に反対とかされないと思うんだけどなぁ。」


「前にも説明しましたが、反対されることを心配してるんじゃないんですよ。国をまたいだ商会の親族同士の結婚はいろいろ事前に調整ごとがあるんです。」


 僕は僕で別の商会であるタッキナルディ商会の息子だったりする。

 ただ僕は次男なので比較的自由な身だ。

 父親同士が仲良しということもあり、僕が今いるここ、レイスリン王国を主な取引相手としているローデス商会に居候になりながら王国の学校を卒業し今に至っている。


 レイスリン王国とその東に隣接しているミゼラ帝国、オーグパイム司教領をまたいだ取引をしているタッキナルディ商会だとひとところに留まって何かをするということが難しく、兄のロッコは帝国と司教領を行ったり来たりしているそうな。


 まあ婚約の手続きを進めるにあたり、義父になるであろう人(会長)から「手続きにあたって何がしたい?」と聞かれ、「移動が少ない方がいい。(できるだけ道具作りの時間が欲しい)」と答えた結果まかせられたのが調整役ではなく会長代行だったので、チェック機能(ジョニー)付のサイン機になりきることで良しとするべきなのだろう・・・

と思いをめぐらせていたら、


「ただいま。またジョニーと悪だくみしてたの?」


と話題にのぼっていたこの商会のお嬢様であり、僕の婚約者になる予定のベアトリクス・ローデスが半開きの扉から顔をのぞかせていた。

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