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09話 傷を癒すということ

 次の日も、俺はいつも通りに薬草を採取した後、ギルドにやって来ていた。


「お〜い、お前ぇ……どんなズルして毎日毎日、あんなに大量の薬草仕入れてるんだよ」


 そして今、換金を済ませ訓練場に向かおうとしていると、大男がふらりと前に現れ、いきなり肩をバシバシと叩かれている。


 この顔が赤く酒臭い男が、いつも昼間からギルドに併設されている酒場に入り浸っているのは知っていた。

 薬草を売っているとこちらをちらちらと見て来るので、『いつか絡まれるのでは』と思っていたけど、まさか本当に絡んでくるとは……。


「いえ、ちゃんと自分で森に行って採取してますよ」

「ほほ〜う。ま……こんなところで言うバカはいねぇわな。どうだ、羽振りが良いようだしよぉ……1杯くらい奢ってくれや」

「すみません。これから用があるので……」


 こういうときはあまり関わらず、そっと離れることが重要だ。

 さっさと訓練場に向かおう。

 肩を組んでこようとする男の手を払って、そのまま進むことにする。


「ちっくしょう! おいッ、調子乗ってんじゃねぇぞ! ゴラァッ!」


 酔っ払いは叫び、悪態をついて来る。

 しかし面倒ごとになるのは嫌なので、気にせず訓練場を目指した。


 そして俺は訓練場内に入り、完全にあの男の姿が見えないのを確認すると──


「はぁ……っ! 怖かったぁ〜!」


 膝から崩れ落ちた。

 堂々とした態度を崩せば、どうなっていたか分からない。

 だから去勢を張ってたんだけど……。


 少しずつ馴染んできた記憶よると、前世ではもっとピリついた経験をしていたはずだ。

 だけど今の俺は、自分を守る力さえ十分にないテオル・ホコット15歳。

 魔物を倒す前準備としてだけではなく、これからは冒険者として──治癒師として世界中を回る時のためにも、自分自身を守れるように訓練を頑張ろう。


「──んぁ? どうかしたか?」

「ひぃっ。……あ、ああ……ゴードンさん。何でもないです。きょ、今日もよろしくお願いします」


 決意を新たにしていると、やって来たゴードンさんに突然声をかけられ、跳ね上がってしまう。

 びびっていたと知られるのは恥ずかしいので、声を震わせながらも俺は、張り付いた笑みを浮かべた。




 ゴードンさんの指導を受けながら、今日もトレーニングを進めていく。

 そしてストレッチなどを終え、体術を教わっている時のことだった。


「マスター! 『黒獣の誓い』の皆さんが──」


 俺の対応をよくしてくれている金髪の受付嬢さんが、訓練場に走ってやって来た。

 ゴードンさんは訓練を中断し、彼女と何やら話し始める。


「ダンジョンで活動中に、ロックさんとミカさんが深い傷を負って……唯一所持していたというポーションでミカさんは助かったのですが……」

「ロックはッ?」

「はい、今すぐに対応すれば……っ。ですので、ギルドにあるポーションの使用許可を!」


 聞くところによると、黒獣の誓いという冒険者パーティーが、オルダットにあるダンジョンで活動中、メンバーの2人が怪我を負ったらしい。

 治癒魔法よりも効果が薄いとはいえ、傷を治せるポーションを1本だけ持っていたが──1人分しかなかった。


「リリヤ、ポーションを持ってくるんだ。あいつらが金がないと言ったら、俺が立て替える」

「了解しました! では──」


 治癒師を呼ぶのには高いお金が必要だが、ポーションも決して安くはない。

 ゴードンさんがギルドマスターとして、所属する冒険者たちを大切に思っているのがよくわかる。


 受付嬢さんが頷き、駆けていく前に。


「──それ、俺にやらせてください」


 俺は、自ら名乗り出た。


「坊主、いいのか? ……いや、お前の治癒魔法だと、外傷を治すのは……」

「大丈夫です、腕を上げたので。でも万が一のことも考えて、一応ポーションも準備しておいてもらえますか? 傷を見ないことには、確証は得られないので」

「……わかった。リリヤはこいつをロックの元まで連れていってくれ。俺がポーションを持っていく」

「はい! ではテオルさん、こちらへっ」


 冒険者になってからもゴードンさんとマチルダさんへの治癒は時々行っている。

 けれどゴードンさんは脚の痛み、マチルダさんは腰の痛みで、大きな傷ではない。


 俺には厳しいと思って最初からゴードンさんはポーションを使うか使わないか、二者択一だったのだろうが、いつも指導してもらっているのだからこれくらいの恩返しはしたい。


 まあテオルという名前だから、リリヤさんも俺が治癒魔法を使える噂になった男だと知っていたみたいだ。

 驚くこともなく、いつもとは違った真剣でキリッとした表情で件の冒険者が待つ、ギルド裏に連れていってくれた。


「リ、リリヤさん! アタシたち、どうすれば……っ!?」


 そこには、3人の冒険者がいた。

 脇腹に傷を負い、血を流して倒れている少年がロックで、焦った様子でリリヤさんに話しかけているこの少女がミカと呼ばれていた人だろう。

 ロックを側で支えている背の高い少年も含め、みんな俺とそう年齢は変わらないように見える。


「大丈夫ですよ。マスターがすぐにポーションを持って来てくれます。それに……」

「で、でも! アタシたちそんな金ないし……。ロック! 何でアンタ、勝手にアタシにポーション使ったのよ!」

「ははっ……なんでだろうね……。僕たちのリーダーは怖いから、譲っちゃったのかも……なあ? ザギス」

「ふっ、そうかもしれないな。だが、正しい判断だ。体力はお前の方がある」


 ロックさん、そしてザギスさんという背の高い彼がそう言うと、ミカさんは涙目になって彼らに背を向けた。


 良いパーティーだな。

 初めて間近で冒険者パーティーの関係を見て、そう思う。

 力になりたい。

 俺はロックさんの傷を観察した。


「そ・れ・に! この方が治してくださるかもしれません!」

「…………へ?」

「…………ぇ?」

「…………何?」


 言葉を遮られ話し始めた黒獣の誓いの面々に割って入るように、リリヤさんが声をあげた。

 3人の視線が、一斉に俺に集まる。


「リリヤさん。これなら大丈夫そうです」

「良かったぁ……。では、早速よろしくお願いします」

「はい。ロックさん、ちょっと失礼しますね」


 何か牙のあるモンスターに深く噛まれたようだ。

 このくらいの傷なら、俺のHPの3分の2を渡せば治るだろう。

 後で体調が悪くなってしまうかもしれないが、それくらい少しの間我慢すれば治る話だ。


「ど、どういうこと!? リリヤさん、大体この人何者よっ?」


 何が何だかといった感じで、大きくなったままの声で尋ねるミカさん。

 他の2人も話についていけず、戸惑っているようだ。


 一刻を争う事態なので、丁寧に説明している暇はない。

 後で話せばいいやと、俺は断りを入れてロックさんに触れた。


「第1位階治癒魔法──」


 MPを消費して魔法を発現させる明確なイメージをする。

 あとは使用する魔法を声に出して指定。



「〈授与(ヒール)〉!」



 その瞬間……日々ヒノ草や枯れかけた花を使い、練習を重ねたことによって明らかに成長した治癒魔法が発動した。


 1度にここまでのHPを排出したことがないので、立ちくらみがする。

 しかしそれ耐えると、ほんの数秒でロックさんの傷は完治した。


「すごい……」


 リリヤさんがこぼした言葉と、口を大きく開けて唖然とする黒獣の誓いの3人。


「痛みとか、ありませんか?」

「あ、ああ。……ありがとう」


 ロックさんは俺の顔をぽかんと見ながら頷いた。

 さっきまで悪かった顔色もよくなっている。


「じゃあ俺は……ちょっと、失礼します」


 むしろ自分の顔色が悪くしまったかもしれない。

 吐き気がひどいので、どこか他の場所に行って休もう。

 ここでしんどそうにするのも、変に気を使わせてしまうかもしれないし。


 立ち上がってギルド内に戻ろうと振り返ると、ポーションを持ったゴードンさんがいた。


「お前、何があったんだ。この成長……」


 以前とは比べものにならないほど、成長した俺の治癒魔法に驚いている。


「後で説明──……?」


 ルミナにした時と同じような説明を、元気になってからしよう。

 そう思って答えようとするが、ゴードンさんの視線はすでに俺の後ろに向いていた。


 しばらくしてフッと笑ったゴードンさんに釣られて振り返ると、


「ありがとうございましたッ!!」


 黒獣の誓いの3人が、深く頭を下げてくれていた。

 代表して感謝を述べてくれたミカさんの言葉が、俺は嬉しくて、熱くなった。



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