07話 まずはトレーニング
成績上位のルミナでも、毎日しっかり一定の勉強時間を確保しているらしい。
夜は集中しているためなかなか部屋から出てこないので、俺が晩御飯を作って待っていると、彼女はしゅんとしてしまった。
「ありがとう……。ごめんね、約束したのに……」
「ルミナも忙しいんだから、毎回一緒に料理できなくても仕方ないだろ? それにこれくらい、全然構わないよ」
「で、でも……テオル君、掃除だってしてくれてるし……。あっそうだ! これからは私がお昼、お弁当を作って渡すよ」
ルミナも暇ではないのだからいいのに、と言ったが、どうしてもということでありがたく作ってもらうことになった。
俺もちょっとしたサプライズを考えているので、あれからは毎日せっせと薬草採取に励んでいる。
今日も森に行き、薬草を採って、ルミナのお手製弁当を食べた。
自然のなかでの食事は心地よく、美味しい弁当を食べると午後も頑張ろうと元気が湧く。
夕方前にはギルドに戻って、換金を済ませる。
やはりあの森にも無限に薬草があるわけではないので、同じ時間活動しても稼ぎに波があるな。
他にも薬草を採取している人がいるみたいだし、初日越えの収入は難しい。
ヒノ草も単価が高いとはいえ効率が悪いから、みんな手をつけていなかっただけのようだ。
俺が採れば採るほど、減っていく。
袋に入れた今日の稼ぎを見て、ため息をついた。
「はあ……。ま、これでも十分か……」
収入的には宿屋で寝泊まりをしても、生活していけるくらいだ。
ルミナの部屋に住ませてもらっているので、今は余裕を持って暮らせているが、いつまでも甘えてはいられない。
だから今、俺は現状を変えるためにとある場所に向かっている。
いつもならこのまま出てしまうギルドの出口とは反対──奥へ行き、訓練場と呼ばれる開けた場所にやってきた。
「坊主、来たか」
「これからよろしくお願いします、ゴードンさん」
広い空間で1人俺を待っていたのは、この冒険者ギルド・オルダット支部のマスターだ。
「おう、任せとけ! 泣きべそかいて逃げ出したりするなよ?」
「はい! 全力で食らいつくので、ビシバシと指導してくださると嬉しいです」
「あっはっはっ。良い威勢だな。んじゃあ早速始めるとするか!」
腕を組んだゴードンさんは、大きく笑うとギラリと目を光らせたような気がした。
前世では【生命力操作】を使って他の魔法も使用していたが、それらは現在のレベルでは扱うことができない。
そもそも高位階の魔法を使うには、MPが足りないのだ。
と、いうことで……俺はレベルを上げるためにモンスターを倒すことにした。
しかし今の筋力値や耐久値、運動神経でいきなりモンスターと戦うのは危険すぎる。
なのでその前に体を鍛えよう……ということでゴードンさんに相談したところ、直々に指導してくれることになり、この場が設けられた。
レベルアップでではなく、トレーニングを積むことで得られる基礎的な強さ。
その辺りの知識は前世でもなかったようなので、本当にありがたい。
「まずはストレッチからだ。入念にしておかないと、怪我するからな」
「一応前持って少しだけやってみたんですが、俺、結構硬いみたいで。これに関してはちょっとずつ──」
「怪我しない、しっかり休んで継続する、限界の少し先へ。トレーニングの3箇条だ。だか……らっ」
「──ッ」
地面に座り、足を開いた俺の背中を、ゴードンさんはぐっと押す。
本来は倒れられない角度まで胸が地面に近づき、股関節が悲痛な叫びを上げた。
1年間椅子に座って勉強漬けの毎日だったツケが、こんなところで出るとは……っ。
「ほら、ゆっくりと長く息を吐くんだ。まだ、このくらいはいけるだろ?」
「ふ、ふぅー……っく、い、痛い! もう限界ですって!」
「じゃあこの少し先へ、だ」
「──あぁああああああああああッ!!」
ビシバシ指導してくれと頼んだけど、スパルタすぎるゴードンさん。
俺の叫びが訓練場内に響き渡った。
「はあ……死ぬかと思った……」
「いや、あの程度だと痛めてもないだろう。むしろ思うように動かせるようになって、体が軽くなっていくんだ」
いろいろなストレッチを終えると、俺はびっしょりと汗を掻いていた。
まだジリジリとした感覚が残っているが、確かに怪我はしていない。
「これは必ず続けろ。お前はパワーに頼れる体格でもないし、柔軟性は欠かせないからな」
ゴードンさんはそう言って、大きなカップに入った水を渡してくれる。
「あっ、ありがとうございます」
「それを飲んだら次はランニング、その後は筋トレだ。まだいけるな?」
「……え」
基礎を鍛えるのは大変だと聞いてはいたが、ここまでなのか。
もうちょっと休憩させてくださいと言いたくなる。
けれど、自分で決めたことだ。
「もちろん! 引き続きよろしくお願いします!」
とりあえず今は能力を高めるという目標があるので頑張れる。
心が辛いだけで、身体はまだまだ持つ。
俺が返事をすると、ゴードンさんは嬉しそうに笑い、「よっしゃあ!」と気合を入れた。
厳しいだけじゃなくて、しっかりと俺のことを考えてトレーニングに付き合ってくれている。
この人を信頼して、全力で頑張ろう。
こうしてゴードンさんによる、地獄のコーチングの日々が始まった。