表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/13

06話 学園長の誤算

 学園長ジード・クライスは、治癒学園の自室から窓の外を眺めていた。


 オルダットの街にある役所とは違い、高台にある学園からは街を見下ろせる。

 暇さえあればこの部屋で時間を過ごすジードにとって、ここ数日の気分は、無意識に鼻歌を歌ってしまうほどのものだった。


「うむ……ようやくテオル・ホコットを退学にできたぞ。あまり本人に期待をさせるのも良くはないからな。もう少し早くできればなお良かったが……」


 ジードはそう呟くと、手に持ったグラスを傾け、高級酒を呷る。


「やはり100年に1人だけ、無作為に選ばれた男にも治癒魔法が使えるようになる……。しかし、ホコットは貴族の生まれでなかったからいけなかったのか……」


 テオルを退学にしたことを自己の中で正当化する。

 思考を巡るのは大聖者様と同じ存在でありながら、何故あの少年が優秀ではなかったのか。


「ひくっ……まあ最初は期待もしたが、才能がない者が視界に入り続けるのは辛いからな」


 熱狂的な大聖者様のファンであるジードは、同じ力を持ちながら無才としか思えないテオルのことが、憎くて仕方がなかった。


 自分に力が授けられればあんな風にはならなかったのに、と思い苛立ちを覚え、葉巻をくわえる。


 教師たちには『辛い環境でこそ人は成長するのだから、厳しい態度で接するように』と、テオルへの教育方法を指導していた。


 だが途中からは、彼女らもそれに心地よさを覚えたのだろう。

 女性社会に現れた唯一の男を、雑用係のように扱い、優越感を得ていたようだ。


 退学を伝えられ、困惑と絶望の表情を浮かべたテオルを思い出し、ジードは口角を釣り上げる。


「一年間見て来たが、あの程度では逆に苦労するだろうからな。これはある種の救済だ」


 的確な判断の上、優しさを持って対応してあげた自分を誇らしく感じる──そんな時だった。

 部屋の扉が叩かれ、秘書人の男が慌てた様子で現れたのは。


「ちょ、町長。突然すみません! こ、これを……」

「何だね、そんなに慌てて。それにここでは学園長と呼べといつも言っているだろう?」

「も、申し訳ありません! で、で、ですが──まずはこれを」


 そう言って秘書が差し出したのは、書簡だ。


「なんだ、ラニー商会からじゃないか……。どうせ寄付金の──ん? もう1枚……?」


 ジードは渡されたそれを、毎年ラニー商会から受けている寄付金に関するものと考えた。


 どうせ前年と変わらぬ金額が記されているだけなのだから、特別騒ぎ立てることもないだろう。

 秘書に注意しようとするが、2枚目の存在に気づく。


 そして、送り主の名を見て目を見張った。


「な──冒険者ギルドだと……っ!?」


 学園では治癒魔法だけではなく、ポーションの作り方なども教えているため、冒険者ギルドから薬草を購入している。


 ギルドと街の薬草屋の好意から、学園は薬草屋を挟まず直接、さらに本来の卸値よりも安く買わせてもらっていた。


「今まで一度も……まさかっ」


 ギルドから初めて自分に送られて来た書簡に、ジードは嫌な予感を覚えた。


 急いで目を通すと、その内容はやはり──次からは薬草屋を通して購入してくれ。今後、諸事情によって特別対応はできない。といったものだ。


 特別安く買えていたものが、その値段で買えなくなってしまったのだ。

 別にジードの学園が損をするわけではないが、これではこちらの利益が減ってしまう。


「くそッ……!」


 原因すら分からず、ジードは机に書簡をまとめて叩きつける。


「が、学園長……」

「黙れッ! さっさと出ていきたまえ……っ」

「し、しかし! ラニー商会からのものにも……その……」


 秘書は怯えながらも、ラニー商会からの書簡も確認してほしいと伝えてきた。


 どうせ変わらぬ寄付金の額を伝えるだけのものを──とジードは思うが、一瞬また嫌な予感に襲われ、はっと息を吸う。


 そしてゆっくりと机に叩きつけた紙を手に取り、緊張した面持ちで目を走らせた。


 そこには──商会が学園の教育方針に落胆させられたこと。次回からは大幅に寄付金を減らすことなどが記されている。


「あんのクソババぁ……!」


 ジードは震えながら机を蹴り、怒りをあらわにする。

 商会が次回から寄付すると言う金額は、学園の経営には悪影響を及ぼさないが、ジードがポケットに入れていた部分を含み、これまた利益を損なうものだった。


 ギルドも商会も、生徒たちの学業に悪影響を与えないように。

 しかし、運営側が今まで通りにはいかないように、考えて送って来たように見える。


 これはマチルダが考えたことだろうと歯軋りをするジードは、文末に目をやった。


「はぁ……はぁ……。あいつら、ホコットとどういう関係なんだ……っ」


 わざとらしくテオルがまだこの街にいて、そして冒険者になったと書かれている。

 いくら貴族であり町長であっても、ジードの立場からは冒険者ギルドはもちろん、ラニー商会ほどの規模は手を出すことができない。


 ジードは他の学生と同じハードルを越えられなければ、いくらテオルが特別な存在だとしても、退学させることを国に許されていた。


 だが、仮にも冒険者などにテオルをさせておくわけにはいかない。

 この一件はこれで終わりだろうが、たとえ本人の力でなくとも、別の方法で結果を残し有能と認知されてしまっては……。

 自分の下した退学という処分が、過ちだったと判断されてしまうだろう。


「大丈夫だ……もう大丈夫だ、落ち着け。冒険者をやめさせて、私の街から追い出してやれば……その可能性も限りなくゼロに近づく」


 何度も深呼吸を繰り返し、ジードはニヤリと笑う。


 直接手を下してはならない。

 どうにかして、テオルが自ら冒険者をやめるように手を打ってやろう。


 ジードは簡単なことだと思った。


 テオルのような細い少年が、冒険者として結果を残せるわけがない。

 このまま、ちょっと治癒魔法が使える男として、平凡な人生を送ることだろう。



 しかしまさか、この選択を後悔する日がくるとは。

 このときのジードは……まだ微塵も思わず、全ては終わったことだと考えていた。



【読者様へ、大事なお願い】


「面白かった!」

「続きが気になる!」

「更新頑張れ!」


と少しでも思っていただけたら、広告下にある【☆☆☆☆☆】を押して【★★★★★】にして頂けると嬉しいです!


ポイントが入って作品の応援、更新の励みになります!

日間総合ランキングに載れるチャンスなので、アカウントを持っている方は是非よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ