06話 学園長の誤算
学園長ジード・クライスは、治癒学園の自室から窓の外を眺めていた。
オルダットの街にある役所とは違い、高台にある学園からは街を見下ろせる。
暇さえあればこの部屋で時間を過ごすジードにとって、ここ数日の気分は、無意識に鼻歌を歌ってしまうほどのものだった。
「うむ……ようやくテオル・ホコットを退学にできたぞ。あまり本人に期待をさせるのも良くはないからな。もう少し早くできればなお良かったが……」
ジードはそう呟くと、手に持ったグラスを傾け、高級酒を呷る。
「やはり100年に1人だけ、無作為に選ばれた男にも治癒魔法が使えるようになる……。しかし、ホコットは貴族の生まれでなかったからいけなかったのか……」
テオルを退学にしたことを自己の中で正当化する。
思考を巡るのは大聖者様と同じ存在でありながら、何故あの少年が優秀ではなかったのか。
「ひくっ……まあ最初は期待もしたが、才能がない者が視界に入り続けるのは辛いからな」
熱狂的な大聖者様のファンであるジードは、同じ力を持ちながら無才としか思えないテオルのことが、憎くて仕方がなかった。
自分に力が授けられればあんな風にはならなかったのに、と思い苛立ちを覚え、葉巻をくわえる。
教師たちには『辛い環境でこそ人は成長するのだから、厳しい態度で接するように』と、テオルへの教育方法を指導していた。
だが途中からは、彼女らもそれに心地よさを覚えたのだろう。
女性社会に現れた唯一の男を、雑用係のように扱い、優越感を得ていたようだ。
退学を伝えられ、困惑と絶望の表情を浮かべたテオルを思い出し、ジードは口角を釣り上げる。
「一年間見て来たが、あの程度では逆に苦労するだろうからな。これはある種の救済だ」
的確な判断の上、優しさを持って対応してあげた自分を誇らしく感じる──そんな時だった。
部屋の扉が叩かれ、秘書人の男が慌てた様子で現れたのは。
「ちょ、町長。突然すみません! こ、これを……」
「何だね、そんなに慌てて。それにここでは学園長と呼べといつも言っているだろう?」
「も、申し訳ありません! で、で、ですが──まずはこれを」
そう言って秘書が差し出したのは、書簡だ。
「なんだ、ラニー商会からじゃないか……。どうせ寄付金の──ん? もう1枚……?」
ジードは渡されたそれを、毎年ラニー商会から受けている寄付金に関するものと考えた。
どうせ前年と変わらぬ金額が記されているだけなのだから、特別騒ぎ立てることもないだろう。
秘書に注意しようとするが、2枚目の存在に気づく。
そして、送り主の名を見て目を見張った。
「な──冒険者ギルドだと……っ!?」
学園では治癒魔法だけではなく、ポーションの作り方なども教えているため、冒険者ギルドから薬草を購入している。
ギルドと街の薬草屋の好意から、学園は薬草屋を挟まず直接、さらに本来の卸値よりも安く買わせてもらっていた。
「今まで一度も……まさかっ」
ギルドから初めて自分に送られて来た書簡に、ジードは嫌な予感を覚えた。
急いで目を通すと、その内容はやはり──次からは薬草屋を通して購入してくれ。今後、諸事情によって特別対応はできない。といったものだ。
特別安く買えていたものが、その値段で買えなくなってしまったのだ。
別にジードの学園が損をするわけではないが、これではこちらの利益が減ってしまう。
「くそッ……!」
原因すら分からず、ジードは机に書簡をまとめて叩きつける。
「が、学園長……」
「黙れッ! さっさと出ていきたまえ……っ」
「し、しかし! ラニー商会からのものにも……その……」
秘書は怯えながらも、ラニー商会からの書簡も確認してほしいと伝えてきた。
どうせ変わらぬ寄付金の額を伝えるだけのものを──とジードは思うが、一瞬また嫌な予感に襲われ、はっと息を吸う。
そしてゆっくりと机に叩きつけた紙を手に取り、緊張した面持ちで目を走らせた。
そこには──商会が学園の教育方針に落胆させられたこと。次回からは大幅に寄付金を減らすことなどが記されている。
「あんのクソババぁ……!」
ジードは震えながら机を蹴り、怒りをあらわにする。
商会が次回から寄付すると言う金額は、学園の経営には悪影響を及ぼさないが、ジードがポケットに入れていた部分を含み、これまた利益を損なうものだった。
ギルドも商会も、生徒たちの学業に悪影響を与えないように。
しかし、運営側が今まで通りにはいかないように、考えて送って来たように見える。
これはマチルダが考えたことだろうと歯軋りをするジードは、文末に目をやった。
「はぁ……はぁ……。あいつら、ホコットとどういう関係なんだ……っ」
わざとらしくテオルがまだこの街にいて、そして冒険者になったと書かれている。
いくら貴族であり町長であっても、ジードの立場からは冒険者ギルドはもちろん、ラニー商会ほどの規模は手を出すことができない。
ジードは他の学生と同じハードルを越えられなければ、いくらテオルが特別な存在だとしても、退学させることを国に許されていた。
だが、仮にも冒険者などにテオルをさせておくわけにはいかない。
この一件はこれで終わりだろうが、たとえ本人の力でなくとも、別の方法で結果を残し有能と認知されてしまっては……。
自分の下した退学という処分が、過ちだったと判断されてしまうだろう。
「大丈夫だ……もう大丈夫だ、落ち着け。冒険者をやめさせて、私の街から追い出してやれば……その可能性も限りなくゼロに近づく」
何度も深呼吸を繰り返し、ジードはニヤリと笑う。
直接手を下してはならない。
どうにかして、テオルが自ら冒険者をやめるように手を打ってやろう。
ジードは簡単なことだと思った。
テオルのような細い少年が、冒険者として結果を残せるわけがない。
このまま、ちょっと治癒魔法が使える男として、平凡な人生を送ることだろう。
しかしまさか、この選択を後悔する日がくるとは。
このときのジードは……まだ微塵も思わず、全ては終わったことだと考えていた。
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