02話 友人からの誘い
およそ100年前、俺は前世で、世界中を回って多くの人々を助けていた。
時には大怪我をした英雄王を、時には疫病によって滅びかけて国を救った。
現在100年の時を越え、〝大聖者〟と敬われているが、実際の職業は今世と同じ聖者で、所持していたスキルも【生命力操作】だった。
ステータスを公にすることはなかったので、たぶん今の時代の人たちは知らないのだろう。
「うーん、どうしたものかなあ……。しっかりと計画を立てないと」
綺麗に咲いた花を花瓶に戻した俺は、早速荷物を背負って宿を出ることにした。
治癒学園にいた頃は寝る場所にも食べるものにも困らなかった。
しかし、今は自分で稼いでいかないと生きていけない。
他の街の治癒学園に入れてもらえないか試してみようか……。
いや、ジードが国に評価を改ざんして送っていたのだから、もう俺に治癒師として期待してくれる学園はないだろう。
それに前世の記憶によって、【生命力操作】の使い方をなんとなく理解できたけど、今はまだ自分のHPを手で触った人や物に分け与えることしかできないようだ。
これではMPを消費して魔法を使い、傷などを癒やしHPを回復するみんなよりも、使用できる回数が少ない。
鍛えれば麻痺状態などを回復させることもできるようになる、スキル【回復】の劣化版でしかないままだ。
他のスキルの使い方などを検証しつつ、人生の目標のために、他に方法がないか考えないといけないな。
宿屋を出て、街をふらふらと歩きながら、ただひたすらにそんなことを考えていると──
「テオル君! やっと……見つけたっ!」
ちょうど広場に差し当たった時、そんな声が聞こえてきた。
顔を向けると白銀髪の美しい少女が、こちらに向かって走って来ていた。
「あれ、ルミナ」
「はあ……はあ……。ずっと……探してたんだよ?」
近くまで来ると彼女は膝に手をついて、肩で息をする。
背は俺よりも頭1つ小さく、透き通った肌にふんわりとしたボブヘア。
彼女は学園で、俺に対しても分け隔てなく接してくれていた、もっとも仲の良い友人だ。
「昨日の夜、テオル君が退学になったって聞いて……。でも、門番さんに聞いても街を出てないみたいだったから、夜が明けてから、ずっと」
「え、そんなに!?」
「うん。ちょっと照れくさいけど……心配で」
ルミナはそう言うと、「でもっ」と俺の手を取った。
「あんなに頑張ってたし、成績も十分だったはずなのに……おかしいよ! いきなり退学だなんて。それに、だいたい何で……」
翠色の瞳でまっすぐとこちらを見つめる彼女は、俺のために怒ってくれていた。
それが嬉しくて、こんなに立派な友人を持てたことを誇りに思う。
「学園長──ジードが俺のことを良く思ってなかったから、勝手に国に送る成績を書き換えてたんだって。まったく、笑えるよな……」
「えっ!? そ、そんな……。それって──どうにかして告発すれば!」
「……ありがとうルミナ」
「あっ、い、いや……このくらい! 友達なんだから、当たり前でしょ……っ」
優しく明るいルミナには、いつも助けられてきた。
彼女は勉強でどうしてもわからないところを、魔法の使い方のコツを、丁寧に教えてくれた。
そもそも入学当初、食堂で俺が一人でご飯を食べているときに、最初に声をかけてきてくれたのも彼女だった。
「確かに俺も、退学は納得できないんだけどさ。──だけど、他の道で頑張ってみることにするよ。ごめんな、あんなに世話になったのに」
「いやっ、それは……。だけどいいの? 悔しいじゃん、こんなの」
「うん、めちゃくちゃ悔しい」
「──だ、だったら!」
「でも、まだ諦めてないから。自分は運に恵まれてると思うから、あとは全力で努力してみるよ」
ルミナの手に力が入るのが伝わった。
強く握られたそれを、俺はそっと離す。
「それに、あそこは自分に合ってないって分かったんだ」
「……っ」
前世の記憶によってもたらされた知識を使って、努力し続けてみる。
目標を達成するために、その前段階として進級を目指すのではなく、直接一流の治癒師になれるように。
食べて、生きて、苦しむ人に手を差し伸べる。
これが俺の生き方だ。
「それじゃあ、まだオルダッドにはいると思うから……また」
ルミナに別れを告げて、俺はこの場を去ろうとした。
行く当てもなく、次にすることも決まっていないけど、決意したのだから情けない姿は見せたくない。
顔を上げて、確かな足取りで前に進む。
「──ね、ねえ! 待って!」
けれど……彼女はどこまでも優しく、そして賢くて。
「テオル君……お金、あるの?」
「…………うっ」
孤児院を出て、すぐに学園に入った俺に事足りるほどの手持ちがあるわけもなく。
鞄の中には昨晩の宿代で軽〜くなってしまった袋がある。
今日中に稼ぎを得ることができなければ、身の危険を承知の上、野宿するしかないという目も当てられない状態だ。
こんなことになるのなら、いくら忙しかったとはいえ、学園にいたうちに少しずつでも何らかの方法で稼いでおけば良かった。
「い、いやあ……まあ、あんまり」
「じゃ、じゃあ……う、うち来ない?」
「………………え?」
項垂れながら振り向くと、ルミナの口から発された予想外の言葉に、俺は一瞬固まった。
突然、街の雑踏が遠くなる。
2人して目を合わせ、石像みたいになる。
すると、顔を赤くしたルミナは慌ただしく手をぶんぶんと振った。
「あ、いやっ……別に変な意味とかじゃなくて、住む場所に困ってるなら私の家に空いてる部屋あるし! 寮で生活しなくていいようにってお父さんが借りてくれたんだけど、1人では広すぎて……ね?」
しっかり変な意味かと勘違いしてしまっていた俺は、恥ずかしさに身悶えるのを悟られないように、必死に平静を保って返答を考える。
いくら友人だから異性として意識しないように気をつけているとはいえ、ルミナは美人なので時々こうやってドキッとさせられることがある。
違った意味で伝わってしまったことがよほど恥ずかしかったのか、頬を赤らめているのを見たら、不覚にも可愛いと思ってしまった。
「あ、あー……じゃあ……もし、ルミナが本当に構わないんだったら……少しの間だけ、お邪魔してもいいかな?」
現実的に、お金の問題がある。
大切な友人からの有難い誘いだ。
この恩は、しっかりと稼いで返そう。
「──うん、もちろん! じゃあこれからもよろしくね。テオル君!」
「こちらこそ。よろしく願いします」
気持ちを込めて、深く頭を下げる。
ルミナの家で居候になることになった俺は、まだ少しの間、彼女と一緒にいられることが嬉しかった。
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