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因縁のカンフラント 〜鬼天田の異世界戦記〜  作者: 志尚元嗣
第一章 異界に飛ばされ候
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Episode 4「言えぬ事いと多し」



 点呼を行い、不味い飯を周りよりも早く食い、誰も来ないうちに大衆浴場で汗を流す。

 さっさと部屋に戻った後は特に何もせずに、寝床の上で胡座をかき、時折窓の外の景色を眺めては虚けるのみ。


 異世界生活、二日目。

 特にそれらしい事も起きず、ただただ施設で囚人の如く生活するだけだ。

 昨日のフィメリアとの一件が心の何処かで(つっか)える中、部屋の扉をコンコンと叩く音が三回聞こえてきた。

 誰かと思い、多少警戒しながら扉を開けると、そのフィメリアが少し気まずそうな表情を見せながらそこにいた。


「帰れ」


 俺が即座に扉を閉めると。


「帰りません!今日はきちんと話の続きをするの!だから中に入れてっ!」


「入れるかよこのアマ!もうお前と話すつもりはない!さっさと帰れ!」


 彼女が扉を必死にドンドン叩く中、部屋の内側から身体で押さえつけて抵抗する。


「嫌よ!第一、貴方は教団や騎士団に情報提供する義務があります!」


「知るかそんな義務!あんたらが勝手に決めただけのもんだろーが!言う事は全部言った!」


 つか昨日あんなに怯えさせられたのに、よく来れたなこの女!


「とりあえず中に入れなさい!さもないと今度こそ実力行使します!」


「やれるもんならやってみろ!こっちには刀と拳銃があるのを忘れんなよ⁉︎」


 何故こんなアホらしい事をしているんだろうか、と我ながら思う。

 それが頭を過ぎった時、背中にとてつもなく強い衝撃が走った。


「くっそ……体当たりか!それも数人同時の……って、ぶはぁっ⁉︎」


 それをすぐに理解するも、それと同時に扉の結合部分がフィメリアや騎士団の兵士数人による体当たりによって無理に破壊され、俺は木製の扉とフィメリア達の下敷きになる。


 そしてなす術もなく、俺はあっさりとフィメリア達に捕らえられてしまった。




──────────────────




「……とりあえず、一昨日の話の続きです。分かってはいると思うけど、逃げようとしても逃げられないから、正直に答えて」


 呆気なく捕まった俺は別室に連れて行かれ、数人の騎士団兵士の監視の下でこってり搾られる羽目になってしまった。


「チッ……人を罪人(つみびと)の如く扱いやがって」


 こんなザマを政親(まさちか)真希(まき)といった面々に見られたら、どんな小言を言われるか。そう考えると悔しくてしょうがない。

 苦虫を潰したような気分になっている中、フィメリアが言い返してくる。


「貴方があんなに抵抗するからよ。ドアを開けて即座に『帰れ!』と言って閉められた時はショックだったわ」


「んなもん知るか。言っとくが、俺が提供するような情報なんてもうない。諦めてくれ」


「それは強がってるの?」


「いいや、事実を言ったまでだ。俺に言う事はもうない」


 扉の下敷きにされ、無理に押さえつけられた挙句、監視されながら尋問されるというあまりにも理不尽な仕打ちに苛立っているのか、ポンポンと言葉が口から出てくる。

 当然ながらフィメリアも一歩も退く気はないのか、すぐに言い返してくる。


「そんな訳ないでしょう。一昨日貴方が話したのは最低限の事だけじゃない。核心部分は口にしないから、こうやって訊いているの」


「あっそう。お前の言う核心部分が何のことを指すかはどうでもいいが、誰しも言いたくない事の一つ二つはあるんだよ。それを無理に吐かせようとする連中には語る事はないな」


 俺がぶっきらぼうに言い返すと、フィメリアは呆れたのか「はぁ……」とため息を吐き。


「別にこれまでに貴方が何をしてきたかとかまでは訊かないわよ。けど、貴方は何かしら隠してるような言い方をしている。あまりにも胡散臭すぎて疑わざるを得なくなるの」


 何かしら隠してる……か。

 隠している事といえば、天田宗家出身、かつその当主である事、真名が雷吾(らいご)ではなく慎鷲郎(しんじゅろう)雷忠(らいただ)である事。

 あとは、鬼天田(おにあまだ)と恐れられた武将であった事……くらいだろうか。

 駄目だ。訊かれたらマズい事ばかりじゃねーか。


 この異世界では、家の当主でも武将でも公卿でもない、ただの天田(あまだ)雷吾(らいご)として過ごすと決めたんだ。


 これらは口が裂けても言えん。特に一番最後。


「……それで、結局はどうしたいんだ?俺に何が訊きたい?」


 話が逸れかけていたので、ここで話の路線を元に戻す。

 すると、フィメリアはより一層真面目な顔になって次の言葉を口にした。


「貴方には貴方自身の事を、しっかりと嘘偽りなく言って貰います。一昨日の話は信憑性が薄いから」


「信憑性薄いのかよ……とにかく、嘘を吐かずに俺自身について言えばいいんだろ?」


「ええ。貴方が嘘を吐いたかどうかはこの『嘘発見器』で判定させて貰うわ。嘘が発覚した場合、兵士の方々から制裁を食らうから、覚悟しておくことね」


「黙秘権とかあるのか?」


「ありません」


「酷えな」


「という訳で、名前から順に聞いていくから嘘を吐かずに答えること。いい?」


 くそっ、もう諦めるしかないのか。

 そうとなると、どう答えて誤魔化したものか。


「分かったよ……。さあどうぞ」


「まず貴方の名前、年齢、出身から。これで嘘を吐くとは思えないけど」


「名前は天田雷吾『チーン!』……嘘だろ?」


 初っ端から部屋に鳴り響く、嘘発見器の鐘の音。

 俺やフィメリアは言うまでもなく、監視していた騎士団の兵士達も驚く様子を見せる。


「……どういう事か、説明して貰ってもいいかしら?」


 嘘を吐いてない筈なのに音が鳴った事に衝撃を受けて机に顔を埋めた俺に、フィメリアは真顔で問うてくる。


「……そんな事言われても。俺の方が説明して欲しいくらいなんだが……もしや真名(まな)の方を言わないと駄目な奴か?」


 もしやと思い、項垂れたままそう訊き返すと。


「真名?」


と、更に訊き返された。


「ああ。(いみな)とも言う奴だ。古来、葦原(あしはら)では真名を呼ぶ事を避ける傾向がある。真名を口にするのは禁忌とされていて、基本的に仮名(かな)──いわゆる通称名を用いるんだ」


「つまり……『天田雷吾』はその、通称名って事?」


「そうだ。真名は別にある」


「本当に?」


「嘘だったら、とっくにその嘘発見器とか言う意味の分からん物がさっきのようにチーンって鳴ってるだろうよ」


 俺がそれを指摘すると、フィメリアは「確かに……」と口にしては、渋々ながら納得した様子を見せた。


「じゃあ、その真名を言って」


「お断りだ。他人に真名を明かすのも、呼ぶのと同様に禁忌とされている。基本的に真名を知り、それを口にすることが許されるのは、目上若しくは同格の身内、若しくは主従関係にある奴だけだ」


 意地でも言ってやらねぇ。そもそも、信を置ける相手であることが前提だからな。

 そう考えると彼女達はまだ信用するに値しない。


「貴様、拒否するつもりか⁉︎」


 フィメリアの右隣にいた板金鎧の兵士が尖った声で(まく)し立ててくるが、俺はそれに対して素っ気なく返す。


「ああ。黙秘権はないが、拒否権については何も言われてねーからな。悪いが、言うのは拒否させて貰うぞ」


 俺の言葉に兵士達は次の言葉を出すにも出せず黙り込み、フィメリアも顔をしかめた。


「ビリーツ小隊長、この異国人に制裁を加えますか」


 部下の尋ねる言葉に、フィメリアは首を縦に振る事はなく。


「いいえ。制裁を加えても口を割らないでしょうし、わたし達の重要視している箇所ではないので知らんぷりしておきましょう」


「分かりました」


「……という訳で、もういいわ。続きをしましょう。その通称名でいいから名前と、年齢、出身を言って」


 何とか真名を口にする事だけは回避できたようだ。

 俺は内心で安堵しながら、もう一度最初の質問を言い直す。


「名は天田雷吾。数えで二十一。下崎国(かざきのくに)那賀(なが)本郡(もとぐん)音信(おとしな)出身だ」


 嘘発見器の音は鳴らない。

 それに対して、俺もフィメリアもホッと息をついた。


「それじゃあ次。家族構成は?」


「家族構成、ねぇ……今思ったが、それ訊く必要あるか?」


「一応、情報として参考にはなるから。名前は言わなくていいから、早く」


 面倒臭っ。

 心の中でため息を吐くが、どうしようもない以上こちらは答えるしかない。


「えっとだな……母方の祖父に父方の祖父母、腹違いの兄二人、同じく腹違いの姉一人、あとは死んだ兄の娘二人。そんなとこだな」


「なるほど。その中で同居している人は?」


「同居している身内はいねーよ。特に父方の祖父母や兄二人、姉とは半年以上顔を合わせてないからな」


 ここまで言い切っても、嘘発見器は鳴らない。

 ちなみにあの屋敷に常駐している楓鶹(ふうる)や、警備兵達は身内かと言うと微妙な所なので除外する。


「そう言えば、ご両親や兄弟の人の大半が亡くなった、って言っていたわよね?」


「ああ。母さんの顔はまともに覚えちゃいねーし、親父や一番上の兄、三番目の兄、一番上の姉、そして一番歳の近い姉は数年前に立て続けに死んだ」


 これにも反応しない。核心部分(戦がどうとかの部分)には触れてはいないが、嘘は吐いてないから鳴る筈もない。


「そう……。流石にこれ以上訊くのは酷だから、次の質問にするわね。職業は?」


「無しょ『チーン!』」


 だよな。鳴るよな。


 一昨日の段階で「とりあえず無職で」と疑われかねない事を言っている以上、そうなるのも当然か。

 だが、馬鹿正直に「天田宗家の当主で、正三位大納言です」とは言いたくはない。

 説明からして面倒なのは明らかだし、今ここにいるのは正三位大納言・天田雷忠ではなく、あくまでもただの天田雷吾に過ぎないのである。

 俺はすぐさま俯き、黙り込んだ。


「……………」


 そんな俺を見て、呆れ混じりの表情をするフィメリア。

 この後に何を言われるか、なんてすぐに予想がつく。


「一昨日の質問に『とりあえず無職で』ってふざけた事を言ってる以上、疑わしいとは思ってたのよ。けど、どうしてそんなしょうもない嘘をついたの?それに普通なら見栄を張って商人、医者、軍人だと言い張った人がただの無職でした、みたいな感じで逆の筈なんだけど……」


と、フィメリアは首を傾げながら言ってきた。


「それを俺に言われても知るか……。つか昨日のあの時にあんた見抜いてただろ、察してくれよ……」


 俺の記憶が正しければ、この女は昨日のあの時に俺がそれなりに良い所の出である事を見抜いている。記憶力皆無のポンコツでない限り、多少は覚えているだろう。

 俺にそう言われたフィメリアは、何度目かのため息を吐き。


「察してくれって……まったく。核心部分を口にしないからこうやってしてまでもう一回事情聴取してるのに、余程言いたくないの?」


と、猫撫で声で訊いてきた。


「ああ、意地でも言わん」


 俺がそう返すと。


「分かった。ライゴ、目を閉じて」


 そんな訳の分からない発言が飛んでくる。思わず、「へ?」と、間抜けな声を出してしまった。


「とりあえず、目を五秒だけでいいから閉じなさい。制裁を喰らいたくなければ早く」


 余計に分からないが、仕方なく目を閉じる。

 次の瞬間、俺の額に小さな衝撃が走った。


「痛って⁉︎」


 目を開いてすぐに見えたフィメリアの右手を見て、その衝撃が額を指で弾く行為──所謂デコピンによるものだと理解する。


「……これが嘘をついた貴方への制裁です。まだまだ質問はあるから覚悟すること。嘘をつく度にデコピンするから」


 まだマシな制裁ではあるが、これを何度も繰り返さねばならないのか。


「はいはい……」


 ああ、面倒臭いなと思いながら、フィメリアによる質問はこの後何刻も続いた。




──────────────────




 核心部分は辛うじて伏せ切ったものの、俺個人の話や、葦原がどのような国なのかという話を嫌と言いたくなる程させられた日の、翌日の事。

 変な所で疲れたせいで、俺は頭が少しボーッとしてしまっていた。

 それは一緒に不味い飯を食っている、目の前にいるエロスことエギロスにも分かる程で。


「おいライゴ、テメェどうしたんだそんな顔して。昨日何かあったのか?」


「あったあった。めんどくさかった」


「……本当に大丈夫か?死んだ魚の目してるぞ?」


「あぁ……」


 ……まともに返事を返す気力すらない。


「本当何があったんだライゴ、俺で良ければ聞いてやるぞ?」


「いや……昨日、騎士団の連中にこってりと搾られたんだわ。根掘り葉掘り聞かれたもんだから後半部分なんてまともに覚えてねーし……。それに、なんか監視されてる感がえげつねーんだ……今、この瞬間もな」


「マジかよ。テメェ、昨日何やらかしたんだ?」


「強いて言うなら、騎士団の事情聴取に抵抗して少しの間部屋に立て篭もったことだな……。部屋の扉はぶち壊されるわ、扉とその上に乗ったフィメリア達の下敷きになるわ、五人くらいの兵士の監視の下何刻も尋問されるわ。挙げ句の果てには人の私生活まで訊いてきやがったんだぞあいつら……。もう散々だ」


 ぶち壊された扉の弁償はせずに済んだし(そもそもその点に関しては俺は何も悪くない)、下敷きにされた俺の怪我とかもなかったものの、昨日だけで散々な目に遭った。


「災難だったな……」


「やってられるかよ、くそっ。……ご馳走さん」


「お、おい!やっぱテメェ食うの早すぎだろおい!そんなに食うの早いなら、俺の分のスープ飲んでくれよ!」


「嫌だね、面倒臭い」


「おいライゴ、待ってくれよ!今度オススメの覗きスポットを教えてやるから!な?」


「悪い、興味ねーわ。しかもそれ、またここに来る羽目になる奴だろーが」


「おぉーい、待ってくれライゴォー!」


 エロスとのそんなアホみたいな話を終え、一度部屋に戻った俺は着替えを抱えて大衆浴場へと向かう。

 だが、俺への監視の目はまだ付き纏っていた。


 暫く歩いた所で、俺は敢えて足を止める。


「追跡してまで監視か?これまたしょうもない事してるな、フィメリアさんよ」


 俺が振り返り、来た道の方を向くと、曲がり角からフィメリアが気まずそうな顔をしながらひょこっと姿を見せた。

 そんな彼女は、昨日までの灰色基調のものとは大いに意匠が異なる、水色と青を基調とした軍服を纏っていた。


「わざわざ俺を遠くから監視するのはあんたらの勝手だが……せめてもう少し上手くやるべきだな」


 俺がそう言うと、フィメリアはその場にいたまま訊いてくる。


「……い、いつから気づいてたの?」


「点呼終わって飯食いに行く際にエロスと合流するちょっと前だな」


「うっ……」


 その場でフィメリアはしゃがみ込んでは、見て分かるほど落ち込む様子を見せる。

 恐らくだが、俺が彼女による監視に気づいたのは彼女が俺の監視を始めて間もない頃なのだろう。

 自分の監視能力のなさに落胆しているのか、それとも俺に早々にバレたことに落胆しているのかは知った事じゃないが。


「ほら、さっさと帰った帰った」


「ちょっ、何処に行くの⁉︎」


「……お前、浴場にまでついて来る気か?この変態女」


「つ、ついて行く訳ないでしょ⁉︎行くならさっさと行って来て!というか変態じゃないからっ!」


 彼女の羞恥と動揺の混じった綺麗な声を聞き流しながら、俺はさっさと浴場へと向かった。



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