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因縁のカンフラント 〜鬼天田の異世界戦記〜  作者: 志尚元嗣
第一章 異界に飛ばされ候
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Episode 3「脅迫」



 何処かへ連れ去られて行ったエロスを横目で見てきた後、俺は部屋に戻って身辺整理をしていた。

 その途中で昨夜話した女──確かフィメリアといったか、彼女が扉を三回コンコンと叩いては部屋に入ってきた。


「失礼します。少し、いい?」


 部屋に入り、扉を閉めた彼女は落ち着いた口調で尋ねてくる。


「何だ?」


「今日は一応質問の続きを……」


 そこまで言った所で、彼女は俺の着崩した服装に目を向け。


「べっ、別に貴方が何を着ていようと文句は言わないから、せめて服はちゃんと着て!最悪の場合、小袖が捲れて(ふんどし)が見えるからっ!」


 フィメリアは目を逸らし、頰を赤らめながら俺の服装を指摘する。

 彼女の言った通り、今の俺はかなり着崩している状態だ。袴は履いていない。

 動き次第では褌はおろか、陰部すら見えるだろう。だが、葦原ではそんな事は騒ぐようなものではない。

 ビシッと着るのは冠婚葬祭をはじめとする重要な儀式や行事の時くらいで、それ以外は基本、動きやすさ重視だ。

 別に褌が見られようと見られまいと、俺からすればどうでもいい。


「嫌だね面倒臭い。別に何も見えねーし見えても困るもんじゃねーから構わんだろ」


「わ、わたしが困るのっ!」


 うるさい女だ。構っているとキリがない。身辺整理の続きをしよう。


 今、俺が持っている物の確認。

 愛刀である志剛天賦守(しごうてんぶのかみ)

 一番上の姉から譲り受けた太刀、紅蓮(ぐれん)()天田(あまだ)。故人となった姉の形見の一つなので携えてはいるが、志剛天賦守があるためこれはあまり使わない。これら二振りの手入れを行うための道具も一応ある。

 護身用に持ち、先日刺客に襲われた際にも用いた南蛮由来の拳銃。装弾数は十二だが、確か今はその半分程しか弾が残っていなかった筈だ。

 脇差の荒鷲(あらわし)に、武士の常備品である扇子。

 死んだ月奈(るな)の唯一の形見である、灰色の柄の小刀・月虹(げっこう)

 あとは小袖が今着ている黒いのも含めて三枚。肌小袖も同様三枚。袴は二腰。帯は二本。風呂敷に入れていた黒紅色の羽織が一枚、ここに飛ばされるまで冠っていた笠もある。


 そして、つい先日祖父・天田(あまだ)曲矢守(まがやのかみ)に譲られた籠手型の「代物」。


 その名も、使い方も全く分からない代物だ。

 俺が「代物」を除く物を部屋の机の上に置き、錆がないか確認するために志剛天賦守を鞘から抜いた所、物珍しいのか、フィメリアが側から覗き込んできた。


「……何だよ、そんなに珍しいか?」


「……ええ。この剣、綺麗で美しいなーって思って。……ここの剣とは大違い」


「ふーん。そういうのは俺じゃなくて刀鍛冶に言ったらどうだ?そもそもこれは貰い物だから、誰が作ったのか俺は全く知らねーけどな」


「そうなの?」


「ああ。昔世話になった人から餞別として貰った奴だ。……で、何が言いたい?」


 そう問いながら志剛天賦守を元に戻すと、彼女は真顔になって答えた。


「……やっぱり貴方って、ただの一般人ではないわね。普通の人ならまず武器は持たないし、これだけの物を手に入れることすら難しい筈でしょう?」


 確かにそうだ。

 昨日の話でボロは出していない筈。だが、こう言われてしまえば否定はできない。


「……図星みたい」


「ははは……」


 悔しさのあまり、苦笑いをするしかなくなる。

 もういいや、どうにでもなりやがれ。


「まぁ否定はしねーよ。だが何故分かった?」


 俺の問いに対し、フィメリアは横目で枕元の台の上に置いてある、俺の着ていない小袖や袴を見て。


「まず、貴方の所持品ね。一見何の変哲もないものばかりだけれど、服にせよ装備にせよ、よく見たら高級な素材をふんだんに使っている。次に、つい先程貴方が食事している所を遠目から見てたのだけれど、一般人とは思えない程、食事のマナーも良かったもの。育ちの良さが伺えたわ」


 育ちの良さ、か。あんまり俺とは関係のない言葉だな。

 とはいえ、伏せるつもりだった事のうちの一つを所持品や作法だけで見抜かれたのは痛い。

 少なからず、この女は馬鹿ではないだろう。


「作法にはそれなりにうるさい家だったからな。南蛮の飯の食い方も教えられたよ」


「なるほど……それじゃあ、やはり貴方はそれなりに身分の高い方?」


「さぁ、どうなんだか」


 出自は良い方だが、育ちは出自の割には悪い方だからな。


「それなら貴方は不自由のない生活を送ってきた筈なのだけれど……あの食事を顔色ひとつ変えずに平然と食べていた事がどうも解せないわね」


 高い身分だからと言って、いつでも良いものを食えるとは限らない。

 領内全域が飢饉に陥った時は言わずもがな、戦時、特に籠城時とかもまともな食事は摂れなくなる。


「……不味い飯なんて食い慣れてる。そんだけだ」


 俺は断言すると、風呂敷で袴や小袖を包み込み、刀や脇差を腰に付け、拳銃や月奈の形見の小刀を懐に入れ、最後に祖父から譲られた「代物」を一度外しては右腕に装着し直す。


 するとフィメリアは、今度は「代物」の方に目をつけてきた。


「ねぇライゴ」



 ここで彼女に初めて名前を呼ばれた事に、一瞬驚く。



「……何だよ?」


 一体何を言われるのか。つい、警戒してしまう。


「貴方がついさっき右腕に付け直した『それ』はどこで手に入れたの?」


 フィメリアはそう言って、真剣な顔のまま俺を睨んでくる。俺は「代物」に嵌め込まれている紅い玉石や黒い金属の本体に目を向けながら。


「確か……宇治(うじ)(つき)に行く前に爺ちゃんから『自分はいつ死ぬかわからんから持ってけ』と言われて譲られた。本人曰く、異国の地で手に入れて六十年程経つが、傷一つ付かなかった代物なんだと」


「貴方のお祖父様は他に何か言っていた?」


 他……か。


「いや?特に何も言われなかったな。あとは叱られた事しかよく覚えてない」


「そ、そう……それで、貴方は『それ』がどういうものか知っていて装備してる?」


「知る訳ないだろ。つい先日までその本人がこれを持ってた事すら知らなかったからな」


 俺がぶっきらぼうになってそう答えると、彼女は「なるほど」と口にして。


「貴方がそれの効能を知らないと言うのならそれでいいわ。それを今すぐわたしに渡して」


 ……は?

 どういう事なんだ。訳が分からない。


「何でだよ。お前、これの用途を知ってるのか?」


「ええ。『それ』は分かりやすく言うと兵器。普通の兵器とは一線を画すものよ。使い方は普通の兵器とは異なるし、使った時の威力も馬鹿にはできないから一般人は持つことは禁止されているの。それ故に、騎士団や騎士団を支配下に置くサメリア教団は『それ』を回収しなければならない物に指定してるわ。……言いたい事はわかる?」


「つまり、俺に持たせておいたら何をしでかすか分からねえから寄越せ、って事だろ?」


「ええ、その通りよ。もし貴方が頑なに引き渡そうとしないのなら、騎士団や教団は直ちに貴方を騎士団本部に抑留、もしくは禁錮に処する事になるわ。最悪の場合は殺害もやむを得なくなる。命が惜しければそれを渡して」



 ……脅しかよ。汚い手を使いやがって。



 並の者ならば、己の命惜しさにここで屈して彼女にこの「代物」を引き渡すだろう。

 だが、俺はそういう訳にはいかない。

 この代物は祖父から俺に譲られたもの。紛うとなく俺の物だ。

 しかも、その本人とは色んな意味で離れ離れ。あんな感じに物を貰った事も殆どなかった。

 数少ないあの人からの贈り物だ。

 あの人が老い先短い身である事もあって、そう簡単には手放す訳にはいかない。その上、俺からこの代物を回収しなければならないという理由は、あまりにも一方的なものだ。

 一般人がこの「代物」を持つと、自分達が危機に晒される可能性がある事。

 得体の知れない俺に対しての不信。

 危機感から来るこの二つの理由は、俺からすれば「知った事じゃない」の一言に尽きる。

 すんなりと命令に従おうとは思わなかった。



「……お断りだ」


 返答するなり、フィメリアはガッと力強く俺の右腕を掴んだ。


「今から貴方を騎士団本部に連行します。撤回するなら今のうちよ」


 そして二度目の脅しをかけてくる。だが、俺としてはこれを聞き入れる気は一切ない。


「撤回する気はないな」


 さて、どう出てくるか。

 その刹那、フィメリアは俺の腕を掴んだ手のもう一方の手で、いつの間にか握っていた小刀(ナイフ)を俺の首めがけて突きつけてくる。


 そう来たか──!


 それなら、こっちも力任せに抑えるのみ。

 俺は即座に反応し、小刀が首に突きつけられる直前に彼女の右手首を強く掴み返した。


「……っ!」


 掴んだ彼女の右手首を捻らせ、握っていた小刀を床に落とさせると共に、掴まれていた右腕を少し動かしては強引に左手を俺の右腕から離させる。

 そして僅かにできた隙を突き、彼女を寝床の上へ強く押し倒しては、すかさず上から彼女の両手首を押さえつけて動きを封じた。


「っ……!……離してっ!」


 自分から喧嘩を売るような発言をしておきながら、そんな事を言い出したフィメリアを離す事なく、俺は言い返す。


「自分から仕掛けておきながら、よくそんな事を言えたもんだ。俺が抵抗する事も想定できた筈だろうに」


 間髪入れず、右膝を彼女の腹の上に乗せ、徐々に体重を掛けていく。


「かと言って、力で捩じ伏せるのは──っ」


 腹に体重を掛けられ、彼女は少し苦しそうな顔になりながら言い返してくるが。


「立場を利用して渡すよう脅してきたお前が言うか?第一、男と女の力の差が歴然なのは自明の理。その辺りを理解し、考慮した上でこんな行動に出たのか?」


「そ、それは──」



「……それとも、抵抗しないと踏んだからか?」



「……っ!」


 彼女は図星と言わんばかりに目を見開き、その瑠璃色の瞳にくっきりと俺の顔を映した。


 俺は今、目の前にいる彼女を、彼女の腹に右膝を乗せ、体重を掛けながら脅している。

 脅されたから脅し返す、というのは少なからず褒められるような行為じゃない。だが、こうせざるを得ないのだ。

 時には強気で対応しないと、弱腰だと舐められかねない。舐められるのは言わば恥だ。

 また己の身を守るためには、時に武力を行使しなければならない。それは大名同士の戦でも、個人と個人の諍いでも同じ事が言えよう。


 つい先程、数少ない情報だけで俺がしがない一般人ではない事を見抜いた彼女は少なからず馬鹿な奴ではない、と評したが、訂正する。

 幾ら脅しを掛けたとしても、立場的に上手で有利だとしても、彼女は元の力の差を見抜けていない上、考えがどうも甘い。青いのだ。



 一番重要な事を見抜けていないのだから、言うまでもなくこの女は馬鹿である。



 一方のフィメリアは、俺に両手首や腹を押さえられ動けずにいるが、その整った顔から見せる表情は嫌悪感を露わにしていた。


 このままだと埒が開かない。

 この茶番を早く終わらせるためにも、恐怖を植え付けるくらいの事をしないといけないだろう。


「……考えが甘いな。お前のその立場なら先の事を見通して行動するのが常、違うか?」


「貴方に……何が分かっ──ぐっ‼︎」


 膝で彼女の腹を更に強く押さえつけ、敢えて苦しませると共に黙らせる。


「今、自分の置かれている状況が分からんのか?お前は手首や腹を押さえつけられ、身動きが取れない状態だ。加えて武器も取る事すらできない。対する俺は手の届く範囲に武器がある。これがどういう意味かくらいは分かるだろう」


 つまり、彼女の動きや俺の判断次第で、俺は彼女を殺める事すらできる状況にあるのだ。


「……っ!」


 それを悟ったのか、彼女は言葉を詰まらせる。そしてすぐに、俺が掴んでいた両手首をはじめとする彼女の身体のあちこちが震え始めた。


 さて、そろそろ離してやるか。

 これ以上危害を加える必要は一つもない。


 そう思い、震えている彼女の両手首から両手を離し、腹に乗せていた右膝を退かして立ち上がる。

 そして念のために志剛天賦守の柄を手に取り、押し倒されて寝床に背中をつけている状態の彼女から一歩後ろに下がった。


「……強硬な手段に出るのなら、どう動くべきか、相手はどう動いてくるかをを考えて対策をしてから行うべきだな。お前のは勢いだけで無計画すぎる。相手を甘く見ない事だ」


 フィメリアは起き上がる事なく、怯え、震え、黙ったままだ。それに構うことなく、俺はそのまま話を続ける。


「ハッキリと言わせて貰うが、俺はこの『代物』をお前や騎士団とやらに寄越すつもりは全うない。お前は単に上からの命令を聞いただけだろうが、それだとこっちは拳骨と怒号しかくれなかった人が珍しくくれた物を渡さねばならん。俺としては、命惜しさにこれを渡す訳にはいかんのだよ」


 沈黙が訪れると共に、一声を発する事すら許されないような重々しい空気が、その場を漂う。

 すっかり怯えきってしまったフィメリアは言うまでもなく、彼女の命令を拒絶した俺も、次の言葉を発そうと思える心境ではない。


 気まずい、としか言いようがなかった。


 俺は寝床の上で動けずにいる彼女から目を逸らす。

 そして、立っている場所から部屋の小さな窓にまで数歩歩き、そこから見える街らしきものを横目で見ながらようやく次の言葉を口にした。


「……悪いが帰ってくれ。昨日の話の続きをする気はないからな。それに、ハッキリ言って邪魔だ、鬱陶しい」


「……っ」


「ここで斬られ死にたくなければさっさと帰れ。さもなくば、お前やこの部屋の外の兵を一人残らず、息もせぬ屍とするだけだ」


「……わかり……ました」


 敢えて殺意を込めて言い放った俺の言葉に対し、彼女は今にも泣きそうな弱々しい声で返す。

 そして、起き上がってすぐに部屋から出て行ってしまった。


 扉の閉まる音と共に、俺以外誰もいない部屋の空気は一気に静まり返る。

 ふと床を見ると、彼女が落としたままの小刀がぽつんとその場にあった。


 理不尽な命令をされたとはいえ、女を──それも自分よりも年下の少女の心を傷つけてしまった。

 そう思うと、強引な手段を取った自分に対して怒りのようなものを覚える。



「これだと、『あれ』と変わらんな……くそっ」



 ほんの僅かな後悔と怒りを滲ませながら、そう呟かずにはいられなかった。



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