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因縁のカンフラント 〜鬼天田の異世界戦記〜  作者: 志尚元嗣
第一章 異界に飛ばされ候
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Episode 2「一夜明けて」



「ったく、朝か……」


 部屋の窓から陽の光が差し込む中、目を覚ます。

 だが、目を覚ました場所は音信(おとしな)の屋敷の自室ではない。宇治月(うじつき)でも邦山郷(くにやまごう)でもない。

 異世界の何処かの街にある、建物のとある部屋だ。


「マジで異世界に飛ばされちまったのか俺……家の諸々の問題はどうすりゃ良いんだよ……」


 異世界に飛ばされて、一夜が明けた。

 昨日の、フィメリアとかいう女との会話で異世界に飛ばされた事が分かったのはいい。

 だが、俺はこれでも天田(あまだ)の当主。

 氏長者(うじのちょうじゃ)という立場上、「このままのんびり異世界生活送りますか」という訳にもいかないのだ。

 内政・外交・後継者問題等々、家に関する問題を大量に抱えている身である以上、俺は嫌でも帰る必要がある。

 しかし、帰り方が一切分からない。


「どうしたものか……」


 身体を起こしては、誰にも届かない独り言をポツリと口にし、頭の中で色々と思考を巡らす。

 だが、あれこれ思考を巡らしたとて寧ろ訳が分からなくなり、頭の中がゴチャゴチャになるだけだ。


「クソッ、駄目だ。一旦考えるのはやめだやめ。今はとりあえず着替えるか」


 そう呟き、枕元にあった肌小袖と黒い小袖を取る。

 昨日の昼から着たままだった紅い小袖や黒い袴をサッと脱ぎ、すぐに新しいものに着替えようとするが、祖父から貰って右腕に付けていた籠手型の「代物」が目に入り、その手を止めた。


「あー、そういやこいつが何なのかも分かんねーんだった……。盗られたら何かと面倒臭えし、とりあえず付けたままにしておくか」


 金属の塊を腕に付けているも同然で、右側にだけ重りがぶら下がってると言える、この状況にはまだ慣れない。

 今すぐにでも外したい気分だが、老い先短い祖父から譲られた数少ない物である以上、この「代物」は簡単に外す訳にはいかなかった。


 葦原(あしはら)に、音信に帰るまでは付けておこう。




──────────────────




 それから暫くして。


「二六五番、アマダライゴ!」


「へい」


「何だそのやる気のない返事は!犯罪者のくせにその口の利き方とは何様のつもりだ!」


 俺より二、三寸程大きい、点呼役の兵士のうちの一人が俺に対して怒鳴ってくる。

 兵士は板金鎧を纏い、目元すらよく見えないような兜を付けているため、顔は全く分からないが、怒鳴りようからしてどんな表情をしているのかは容易に想像がつく。


「犯罪者?俺、何もしてねーんだが」


 そもそも、今いるこの施設が何処の国の何処の街のどのあたりにあるかすら分からないのである。

 そんな俺が、何故罪人扱いされなければならんのか。


「何もしていないだと⁉︎この施設にいる以上、そんな訳があるか!」


 ……そんな訳があるんだわ兵士さん。

 訳が分からずに苦い顔をしていると、怒鳴ってきた兵士の隣にいた兵士が口を出す。


「おいバックス、この男は犯罪者ではないぞ。ビリーツ小隊長から渡された書類をよく見ろ」


「む、無宿人……それも、異国人だと?」


 兵士は手渡された書類を見てはそう口にすると、手を震わせ、固まった。

 隣にいた兵士はこちらに目を向けながら言葉を続ける。


「そうだ。この奇妙な名前と格好からして分かるだろう」


 おい、人の名と服装に対して失礼だなこいつ。

 俺からしたらお前らの方がずっとか奇妙だよ。


 すると、もう一人の兵士はこちらの方に顔を向けて。


「この施設にはアマダ、お前みたいな無宿人もいれば、窃盗や女湯の覗きといった軽度の犯罪を犯した者もいる。尤も、お前のように我々の知らない異国から飛ばされて来た者はゼロに等しいがな」


「そうなのか?」


「そうだ。ちなみにお前が軽犯罪者扱いされたのはこの馬鹿の勘違いだ」


「……おい、謝れやテメェ」


 すぐさま俺は奴の両肩をガッと掴み、ふざけるなと言う代わりに睨みつけた。

 これは確実に冤罪である。決めつけである。

 こいつには俺に謝罪する義務がある筈だ。


 流石にアホな勘違いをしたこの兵士も知らん振りはできず、すぐに「申し訳なかった!」と謝られた。




──────────────────




「ようボーイ、テメエはどんな悪さをしてきたんだ?」


 俺は名前も知らない、三十歳そこらで褐色の肌をした、坊主頭の男にそう尋ねられる。

 あの後、朝食という事で食堂に向かっていた訳だが、その途中でこの男に呼び止められたのだ。

 恐らくだが、見たこともない和服や袴を纏っている俺に一種の興味を抱いたのだろう。

 好奇心、という奴だ。

 そしてどうやら耳に次々に入ってくる情報によれば、この施設に収容されている連中の挨拶は「何処から来たのか」「お前はどんな悪さをして来たのか」といったものらしい。

 俺は朝食の、あまりにも固いパンを嚙み千切りながら男の問いに答えた。


「兵士を脅した、ついさっきな」


 まぁ、ある意味脅しである。


「マジか。他は?」


「親を殺したことがある」


「……マジで?……嘘だろ?ジョークなんだよな?」


「そんなもん冗談に決まってるだろ。真に受けるな。ちなみに脅したってのはついさっきの点呼の時に、兵士に何の根拠もなく犯罪者扱いされたから謝れって言っただけだ。あんたは?」


 俺の返しに男は思いもよらなかったのか、動揺する様子を見せながら返してくる。


「お、俺か?この街の大衆浴場の女湯を覗き見してたら捕まっちまった。ま、ここの施設に世話になるのはこれで四度目、捕まった理由もぜーんぶ覗き見だけどな」


 女湯覗き見で施設収容か。俺とは無縁な話だ。

 つか、四回も同じ理由で捕まってんのかよこいつは。


「じゃあボーイ、テメエはなんでこの施設に?脅したから連行されたってのか?」


 先刻の兵士曰く、この世界に飛ばされてきた俺は無宿人の扱いらしい。

 まぁその経緯も適当に、嘘にならない程度に答えるか。


「……俺はいわゆる無宿人だ。気づいたらこの施設に保護されてた」


「ふーん、家でも焼けてそのショックで倒れたか?こないだ、郊外の住宅地で火事があったらしいからな」


 一応そういう事にしておこう。


「そんなとこだ。……ご馳走さん」


「ああ……って、テメエ食うの早えーよ!俺なんてまだ半分しか食えてねーってのに。しかもここの飯はクソ不味いのによく平然と食えたもんだな……」


 男に言われ、ふと周りを見渡してみると、他の連中は如何にも不味そうな感じで飯を食っている。食い終わったのは俺くらいだろうか。

 確かにパンは異常なまでに固かったし、肉は塩辛いを通り越して何の味か分からないものだったし、汁物も変な味がした。

 唯一野菜はまだマシな方だったが、この施設に入ってる連中の多くが野菜嫌いなのかして中々手をつけようとしない。

 この男も例外ではなく、野菜には少ししか手をつけておらず、パンもまだ半分は残っていた。

 肉はもう少しで食い終わりそうだが、汁物に至っては手をつけた様子すらない。

 あまりにも酷い飯だ。もう少しマシな料理人はここにはいないのか。もしこの不味さが意図的なものだとしたら、嫌らしい以外の何者でもない。


「食事中は無防備だからな。食事中に敵襲されたら洒落にならんだろ」


「無防備と言われてもなぁ……。しかもこんな不味い飯をよく平然と食えるよなぁ……」


「不味い飯は食い慣れてるからな。食えるだけ有り難いと思うがな」


 俺は席を立ち上がり。


「それじゃ、お先に。せいぜい頑張って食えよ」


 そう言って男に別れを告げ、その場を去った。




──────────────────




「なんでまたあんたと出くわすんだよ……」


「それは俺の台詞だぜボーイ。大衆浴場に行ってたのか?」


「まぁな、俺は昨夜風呂に入れてなかったんだよ」


 食事を摂り終わり、誰もいなかった大衆浴場でさっさと身を清めてきた俺は、またもや食堂で言葉を交わした男と廊下で出会した。

 与えられた部屋に向かう足を止め、俺は深いため息を吐く。


「なるほど。って、何だよボーイ、嬉しくねぇのか?」


「別に。なんか一種の腐れ縁みたいなもんを感じたぞ俺」


 何か後々、こいつとは面倒な事になりそうな気がする。


「これまた素っ気ねーな……。ボーイ、そういやテメエの名前は?」


天田(あまだ)雷吾(らいご)。ライゴでいい」


 男は一瞬、きょとんとなって。


「アマダレイゴ?変わった名前だな」


 ……何となくそう言われるだろうと予想していたが、見事に予想が当たってしまった。


「天田が家名、雷吾が名前だ」


「えっと……ライゴ、か。こりゃまた変わった名前だな……」


「別にいいだろ。俺からしたらこの施設にいる連中の名前の方がずっとか変わってると思うぞ」


 そもそも、世界そのものが違うらしいからな。

 男はまぁいいやといった顔をし、喋り続ける。


「俺はエギロス、エギロス=ツァイリンガーだ。ダチは皆エギーって呼ぶぜ。部屋の番号は二一一番だ」


「エロス?エロス=ツァイリンガー?」


()げーよ!誰がエロスだっ!エギロスだ!エ・ギ・ロ・スっ!」


 先刻食堂で話した時、この男は幾度も女湯の覗き見をし、捕まったと言っていた。

 うん、今日から俺の中でこの男はエロスだ。名前の響きが如何にもそれっぽい。


「はいはい、分かったよエロス。俺は部屋に戻るし、騒ぐなよ。兵士に目ぇ付けられるだろ」


「だからエギロス!」


「二度も同じ事を言うなよ、ツァイリンガー殿」


「なんでそこで苗字なんだよ⁉︎しかも殿って何だよそれ!」


 うるせーなこいつ。

 俺は心の中でエロスに呆れながら、再び部屋に向かうための足を動かし始める。


「それじゃ、昼飯食う時にな」


「おいライゴ!待ってくれよ!」


「なんでだよ。俺は風呂に行った後だ。それに対してお前は今から風呂なんだろ?行く方向真逆じゃねーか」


 これ以上こいつと絡むと、きっと面倒な事になるだろう。距離を置くが吉と見た。


「待ってくれよライゴ!無視しないでくれよ‼︎なぁ⁉︎おーいライゴ‼︎」


 エロスの声が廊下に響き渡る。

 それに気づき、こちらへと向かって来た何人かの兵士に奴は捕まり、何処かへと連れ去られて行ったのだった。



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