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因縁のカンフラント 〜鬼天田の異世界戦記〜  作者: 志尚元嗣
第二章 事を為すため歩き候
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第二章終幕・前編「逆境の中の勝機」

タイトル通り、第二章の最終話(前編)です。

残酷描写があるので苦手な方はご注意を。



 暗雲が垂れ込める。

 夜が明ける頃合いになっても陽の光はまるで届かず、ただでさえ昏い視界は更に昏くなる一方だった。



「おはようさん青年。空が昏いねぇ」



 見張りもじきに終わるかと思った頃、起きてきたのはブランだ。


「ああ、嫌な程にな。それはそうとおっさん、腰の調子はどうだ」


「んー、まぁ完治した訳じゃあないが、昨日よりかはずっとか楽になったよ。青年の方はどうだい、嬢ちゃんと話し込んでたみたいだけど」


「……聞いてたのか?」


「いや?一瞬意識が戻った際にちょいと話し声が聞こえただけさ。お宅らが何話してたかまでは知らないよ?」


 どうやら()(とぼ)けている訳ではなさそうだ。

 ……変に探りを入れられる前に寝るか。この男を相手にしていると、つい気を張ってしまう。


「……そうか。あんたが起きた事だし俺は寝る。この昏さなら、寝つくのも難しくなさそうだ」


 側に置いておいた愛刀達を掴んでは腰を上げる。


「肝心な時はちゃーんと起きていてくれよ?」


「御忠告どうも。おっさんこそヘマするなよ」


「分かってるさ。俺もこんな場所(もり)で魔物に喰われたり、野盗に殺されたくはないからねぇ」




 大森林を抜ける光明は未だ見えず。諸々の懸念も未だ消えず。

 それでも幌馬車は目的地(せいと)に辿り着くべく、俺の眠る間も進み続ける──




「──まだ昏いのか」




 寝覚めても、馬車の外の景色はさして変わらない。

 雨はまだ降っていないようだが、視界の悪さは相変わらずだ。


「まだどころか、もーっと昏くなってるわよー。この暗雲だと、いつ雨が降り出す事か……」


 俺の寝覚めに気づくなり隣から言葉を返してきたテルは、気怠げな表情を隠さない。

 一見、普段と変わりないようにも思えるが、声色の微かな違いから彼女が気を重くしているのは確かだった。


「雨が降ってくると、術士には不都合かい?」


 ブランの質問にテルは軽く首肯する。


「まぁねー……雨が降るとあたしの征魔術のレパートリー的に困るのよ。例えば雷属性の術は効果覿面(てきめん)なんだけど、少しでも使い所を間違えるとあんた達も巻き込む羽目になるわ。かと言ってそれ以外……地属性の術だと雨に含まれる水属素(ヴェール)で打ち消されて威力半減、火属性の術に至っては殆ど使い物にならなくなるのよー」


 なるほど。その理屈で考えれば……


「……となると、腔綫銃(ライフル)も満足には使えないか」


「え、そうなの!?」


 マロンの傍らに置かれた腔綫銃に目を向ける。


「ああ。弾丸や銃身が湿ると普段通りの火力は出せなくなる。下手すれば使い物にならなくなっちまうな」


「えぇ〜〜っ……じゃあどうすればいいのさ」


「そうだな……なら、これを持っておけ」


 俯き落胆するマロンに、俺は一振りの脇差を手渡した。


「名は荒鷲(あらわし)。或る人からの貰い物だ」


「いやいやいや、待ってよライゴ!ボク、接近戦の経験なんてないんだよ!?それに万が一折っちゃったり、失くしちゃったりしたら色んな意味で大変だって!」


「この状況下で武器がないよりかはマシだろ。もし魔物と遭遇して使う事になっても、そう簡単には折れはしないから気負うな。ロクに抵抗できずに大怪我をされても困る」


「うーん……そこまで言うなら借りるよ。……えっと、この剣のセットの仕方ってこんな感じで良いんだっけ」


「そんな感じだ」


 渋々と脇差を受け取ったマロンは俺の方をチラチラと見ながら少々ぎこちなく、腰の(ベルト)にそれを挿した。

 脇差一振りだけでどうにかなるとは思ってはないが、脅威が残っている以上、備えておくに越した事はないのである。


「文句言われる前に言っておくけど、今日のあたしは戦力として期待しない方がいいわ。実の所、コンディションも悪い方だし……」


「疲労が抜けてない感じか?」


「そんなとこねー……こんな環境下だし、昨日一昨日でキャパシティ考えずに征魔術を使い過ぎたかも。今から戦えって言われたとしても二発出すのが限界だと思うわ」


 ……マジか。

 いつも以上に気怠そうだとは思ったが、こいつまで調子が芳しくないとは。


「いやぁ、俺も含めて満足に戦える人がこうも少ないとはねぇ。青年や嬢ちゃんはどうよ」


「……問題ないな」


「わたしも……大丈夫です」


「それなら、お二人にはおっさん達の分も頑張って貰おうかね。今日の所はまだ魔物と遭遇してないのがこれ幸いって所だが、それはそうと馭者の旦那。心なしか馬車の動きが悪いけど、お馬ちゃん二頭は大丈夫かい?」


 ブランの一声で全員の視線が馭者へと向く。


「……二頭とも、満足に休憩できてないからいつもより弱っちまってる。陽の光も浴びれてないのは痛いな。こいつらのためにも、早い所森を抜けてしまいたいが……」


 こちらを一瞥もしない馭者の返答は、ただ重かった。

 分かってはいたが、今の俺達を取り巻く状況はかなり厳しくなっている。

 依然として脅威は残り、士気も戦力も下がっていく一方だ。

 加えて雨が降り始めれば、テルの征魔術も、移動にも大きな制約が掛かるだろう。俺も火属性の技や征魔術が封じられる。

 マロンに至っては得物である腔綫銃が使えなくなり、外敵に抗うための手段が渡した脇差一振りだけ、という心許ない事になりかねない。



 ただでさえ凶兆が出ているのだ。何が起きても──



「にゃんにゃ!」


 突如、フィメリアの膝の上に座っていたペンギンが鳴く。


「どうしたの?」




「なにかいっぱいきてる」




 程なくして、何がと聞かずとも分かる音が聞こえた。

 金属音。武具の音だ。それも一つ二つだけではなく、十、二十と数えた方が早い程の大きな音が。


 …………最悪だ。


「……まさか」


「……来てるねぇ、(やっこ)さん達」


「えっ!?魔物!?」


 フィメリアもブランも、音の主については察したようだ。一方、奴らの件について何も知らせていなかったマロンは、事態の変化を飲み込めずにいる。


「いや、野盗よガキンチョ」


「や、野盗っ!?そんなの聞いてないよ!?」


「そりゃそうでしょうよ、誰もあんたに言ってなかったんだから。昨日の朝、あんたやあたしが起きた時には馬車動いてたでしょ?あれ、野盗が野営地を襲ってきてたからよー」


「ええっ!何か変だなって思ってたけど、そういう事だったの!?」


「そういう事よー。……で、どうするのライゴ?」


 簡潔にマロンへの説明を終え、こちらに目を合わせてきたテルに決断を求められる。


「……馭者!全速力で馬車を走らせろ!」


「了解!……全員、馬車から振り落とされないようにしっかり掴まってろよ!」


 今は一度、距離を取るのが上策。

 金属音だけではなく、奴らと思しき声まで聞こえ始めたのと同時に幌馬車の全力疾走が始まった。

 馬車が上下左右に激しく揺れる中、後方を睨む。


 案の定、予想と先程のペンギンの反応は的中。野営の場を襲ってきた賊共だった。

 ざっと見る限りでも、人数は一昨日よりも増えている。


「奴らを逃すなぁっ!追えーっ!追えーっ!」


 移動速度だけを考えるなら、まだ逃げられる距離ではある。

 が、生憎にもここは元から視界の悪い大森林。加えて幅の狭い獣道を通っている事もあってか、奴らを振り切るには困難を極める道と地形だ。

 馬車が停まらざるを得ない事態になれば、じきに追いつかれてしまうだろう。追いつかれたが最後、無事では済まなくなる。


「……逃げるのは良いが、馬車のスピードだけで引き離して振り切るのは厳しそうだねぇ。奴さん達に追いつかれるのも時間の問題よ?」


「そうだな……テル、駄目元で征魔術は使えるか?」


 目線をテルに向け直すと、彼女はあからさまに嫌そうな顔をしていた。


「コンディション悪い、って言ったばっかなんだけど……しょうがないわね。……『ブレイズショート』!」


 昏い中で際立つ火炎弾が、連中に向けて放たれる。

 しかし、一つも当たらない。──否、届かないのだ。

 過去に何度か見てきたものと比べても、威力や勢いは幾分か弱く、火炎弾の軌道も安定していなかった。


「ぐっ……!」


 眉を潜ませ苦痛の表情を浮かべたテルは、その場で姿勢を崩し膝を突く。


「大丈夫か!?」


「やっぱ、このコンディションだと当てられるものも当てられないわねー……ごめん、流石にこれ以上は無理」


 すんでの所で馬車から振り落とされないよう彼女を抱えるが、呼吸は乱れ、顔には疲労の色が出ていた。

 実質、戦闘不能に陥ったと言っていい。


「……いや、よくやってくれた。すまない」


 先程口にはしていなかったが、俺達が思っている以上に不調だったのだろう。無理をさせてしまった。


「フィメリア、悪いがテルを頼む」


「ええ」


 ひとまず疲労困憊のテルをフィメリアに預け、再度後方に目を向ける。

 それなりの距離を移動した筈だが、連中は疲労する様子もなく、獲物を逃してなるものかと言わんばかりの勢いでこちらを追い続けている。

 最早、姑息の手段は通じない。


 こちらの戦力や敵の数といった諸々の要素も考慮すると、残された選択肢は極僅かだ。

 その中でも、対人戦の経験と抵抗手段が乏しい事が明白なフィメリアやマロンを矢面に立たせるのは下策中の下策。確実に死なせてしまう。


「……術士がダウンして一層マズい事になったねぇ。どうするよ青年」


「────」


 すぐには言葉が出てこなかった。俺にしては珍しく、喉の奥が詰まるような感覚に陥っていた。

 判断を誤れば、文字通り命取りになる。追われるような局面、且つ打てる手が少なければ尚更だ。

 実際、この場を凌ごうとテルに無理を強いた結果、彼女を戦闘不能にさせてしまっている。



 ──これ以上の失策は、許されない。

 


「……ブラン、お前はあの数を一人で討てるか?」


 俺の問いに、ブランは即座に首を横に振る。


「いや、幾ら何でも無茶だねぇ。今のおっさんが万全だったとしても、一人であの数……三、四十人は無理だ。十人倒せるかも怪しいんじゃないかい」


「そうか」


 これで、先日のようにブランと共に戦うという選択肢も消えた。

 馬車に相乗りする事になっただけの間柄だが、そんな相手をあっさり死なせるような事を強要する程、俺も薄情ではない。


 誰一人欠ける事なく生き残り、目的地へと辿り着くための方法は。今の俺が取れる手段は──




「──ならば俺が行く。足止めがてら、奴らを一人残らず仕留めてやる」




 やはり、この手で脅威の根源を断つしかあるまい。

 殺さねばこちらが殺される。その摂理は葦原(あしはら)でも、この異界でも変わらない。

 何よりも今、この状況を打開する事ができるのは俺だけだ。




「お宅、本気で言ってるのか。死んじまうぞ」


「誰かがやらねーと、それこそ俺達皆死ぬぞ。だから俺がこの役目は引き受ける。お前らはこのまま逃げ続けろ。間違っても引き返して来るような真似はするなよ」


「っ、ちょっと待って──!」


「ちょっとぉ!ライゴ!ライゴーーっ!」


 フィメリアやマロンの制止を振り切って幌馬車から飛び降り、迫る連中の前へと躍り出る。

 二人の俺を呼ぶ声と車輪の音は徐々に小さくなり、そして聞こえなくなった。




 ──さて、ここからは血も涙もない殺し合いだ。




「たった一人だ、恐れるな!()るぞ!」


 ……来た。

 目の前には既に三人いる。抜かれたりすると面倒だ。


「させるか!」


 抜刀した勢いで一番手前の輩を斬り上げては、頭から叩き潰す。

 そこから間髪入れずに横薙ぎの構えに移行し、


紅蓮(ぐれん)千撃(せんげき)!」


 続く二人も赤黒い(ほのお)で巻き添えにしながら、一息に薙ぎ払った。黒く焦げた『塊』は、次々と地面へと落ちていく。

 雨が降り出して手数が減ってしまう前に、奴等の頭数を一人でも減らさねば。


「──次だ」


 すぐさま後続へと狙いを定め、反撃の隙も与えず一人二人と斬り伏せる。

 断末魔と刃の鈍い音、地に(たお)れ伏した際の音が辺りに響き渡る。




 ──あぁ、こんな感じだったな。




 自分でも驚くくらいにすんなりと身体が動く。

 戦場から離れていた長い時間によって鈍っていた感覚が、己が身に戻ってきた気がした。




 ほんの少しの間に何人も()られた事が想定外だったのか、連中の勢いが止まった。


「チッ……!一旦退がってクロスボウで取り囲め!」


 斬り合うだけでは討てぬと察したか。

 一昨日も対峙した(かしら)の男の命令で、残る連中は(いしゆみ)を片手に俺をぐるりと取り囲んでいく。


 息を整え、状況把握をしているうちに、円形の分厚い包囲網が出来上がった。

 見渡す限り、人数を割いて幌馬車を追わせた様子はない。足止めされ距離ができた馬車を追うよりも、総力を挙げて俺を潰した方が確実だと判断したのだろう。

 数の力と遠距離武器で仕留める。

 戦法そのものは理に適ってはいる。並の者ならば、この包囲網の突破は不可能と悟らざるを得ない。


 だが、勝機はある。

 白兵戦に持ち込み、この陣容の欠点を突けば良い。


 弩は威力こそ高いが、矢の装填に時間を要する。数の多さで隙を減らしてはいるが、暴れ回り場を掻き乱せば装填する余裕も失うだろう。

 頭数の多さも逆に奴等の欠点になる要素だ。単純に動ける範囲が狭まるだけではなく、昏い中での同士討ちも起こり得る。




 こちとら白兵戦は大得意だ。

 包囲したのが俺だった事が、奴等の運の尽きだ。




「──フ……フフフ……フハハハハハハハ!」




 勝機を見出した瞬間、(わら)いが(こぼ)れ出す。

 此奴等を脅威と認識し、身構えていたのが馬鹿馬鹿しく思えてくるくらいだ。

 一人で多数を相手にしなければならないという不利な局面である事は変わらないが、焦る事も恐れる事もない。この程度、戦と比べればどうにでもなる。


 ……面白くなって来やがった。




「さぁ来やがれ。一人残らず地獄に送りつけてやる」




 己の身が奮い立つ。

 あとは──此奴等を思うがままに始末するだけだ。

 口角が上がると共に、心は昂っていた。




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