第二章幕間・其の二「宿を探しがてらの詮索」
『フィメリア、お前はマロンと一緒に泊まる宿を探しておいてくれ』
押しつけられるようにライゴに宿探しを頼まれ、彼やテルと別行動になったのは、帝都に到着して早々の事だった。
「「はぁ〜〜〜っ……」」
……が、宿探しは難航。
二時間程が経過しても泊まる場所は見つからず、わたしもマロンも肩を落とした。
「ここも駄目ね。……これで何軒目?」
「七軒目だね。もうダメな気がしてきたよ……」
「つかれたー」
弱音を吐くマロンと、彼の頭の上にしがみ付いているオヤマはすっかり元気をなくしてしまっている。
とはいえ、行く先々で追い返されたり諦め続けたりしたのだ、無理もない。
最初に訪ねた宿では空いている部屋がひとつも残っておらず、断念。
次に入った宿では三人しか泊まれないと言われ、これも諦めた。
訪ねた中には「異国人お断り」「ペットお断り」なんてものもあり、判明してすぐにチェックインをやめた。
あまりにも劣悪な状態の部屋ばかりで到底一泊する気になれないような宿もあった。
こうも行き詰まると、弱音の一つ二つ吐きたくなる。
「ねぇマロン。まだ二人は来ないし、一旦休まない?」
「うん。でも、何処で休むのさ?これ以上歩くのはちょっと困るんだけど……」
マロンの表情からは疲れが見えていた。
長時間歩き回った事もあるが、彼は帝都に上陸してからというものの、聖都に届けなければならないというギルドの荷物をはじめ、多くの荷物を一人で運んでいた。
宿探しの道中で二度、わたしが助力を申し出た際は大丈夫大丈夫と断っては笑っていたが、それでも年相応の小さな身体には応えたのだろう。休憩のためとはいえ、また長い距離を歩かせるような事は避けたい。
「そうね、それなら──」
何処か良さそうな場所は──ある。
「あそこの広場の皇帝像の近くとかどう?幾つかベンチもあるし、丁度いいんじゃないかしら」
「あ、ホントだ。そうしよっか」
お誂え向きの場所に脚を運び、わたしは空いている三人掛けのベンチの右側に深く腰を掛ける。
マロンも抱えていたり背負っていたりしていた荷物を次々とわたしの隣に置いては、荷物を挟むようにベンチの左側に座り込んだ。
「よいしょーっと。休憩休憩」
「きゅうけいきゅうけい」
座ってすぐに伸びをするマロン。オヤマもしがみ付いていた彼の頭から降りていき、何故かわたしの方へと寄って来た。
「えーっと……座る?」
「すわるすわる!」
即答したオヤマの両脇に手を入れて持ち上げ、そっとわたしの太腿の上に座らせる。「にゃみっ」と不思議な鳴き声をあげたと思えば、リラックスし始めたのか大人しくなった。
「あ、すっごくリラックスしてる。フィメリアにも懐いてるみたいだね」
「えっ、そうなの?」
訊き返すと、マロンは「うん」と頷いて。
「元から結構人懐っこいタイプだけど、ここまでリラックスしてたら間違いないよ」
飼い主が言い切るのなら、疑う余地もなさそう。
「ちなみにこの子はライゴやテルには懐いてるの?」
「うーん、これまで見てる限りライゴには結構懐いてるね。テルはそうでもないけど。船旅の間、なんやかんや面倒見て貰ってたからかな?」
「おやつもたくさんくれた」
「おやつ?」
飛び出してきた言葉に対し、首を傾げずにはいられない。彼がこの子におやつをあげている様子が全く想像できないのだ。
「うん。オヤマが食べる用に家で作ったクッキーの事。二十日分作って持ってきてたんだけど、船の中でライゴが次々とあげちゃってさ……お陰でクッキーのストックがゼロになっちゃったんだよ」
餌付けしていたのか、それともこの子を可愛がるあまりついついおやつをあげ過ぎてしまったのか。
真意が気になるところではあるが、わたしがそれを知ったとて、だ。
「船内でそんな事があったのね……全然知らなかった」
「そういやずっとテルの介抱してたんだっけ」
「ええ。四日間、殆ど付きっ切りになるなんて思いもしなかったわ……」
彼らは基本的に船内で寛いでいたようだが、こちらは船酔いで頻繁に体調を崩すテルの介抱に追われていた記憶ばかりである。
男女で別々の部屋に入っていたため、必然的にわたしが彼女の面倒を見る事になったのだ。
しかし当の本人はプライド故か、最初の二日間は頑なに「風浴びてれば平気よ、あたしの事は放っておきなさい」と看病を拒んだ。そんな彼女を放っておけなかったわたしもわたしだが。
三日目にクラーケンの襲撃があってからは、流石に限界だったのか看病を拒まなくなったものの、結果的に付きっ切りとなったため、寛ぐ暇は殆どなくなっていた。
「唯一落ち着けたのが、倒したクラーケンを捌いて皆で食べた時くらいかしら……それはそうとマロン」
「ん?」
「貴方、これまでライゴと関わってきて、彼の事どう思った?」
ここでマロンに質問を投げかけてみる。
彼にとっての天田雷吾という男は一体どのような存在なのか、といった事を聞ける、またとない機会だ。
騎士団上層部からライゴの情報を可能な限り探るよう言われている身としては、ここで一つ二つ情報を得ておきたい。
「うーん、そうだね。結構親身に話聞いてくれるし、オヤマの面倒も見てくれるし。何より、これまで誰も聞き入れてくれなかった冒険の話を聞いてくれてカルフィア遺跡の探索にも付き合ってくれたんだよね。悪い人じゃないよ!」
「なるほど……」
断言したマロンに対し、それ以上の返す言葉が見つからなかった。
色々と自分に良くしてくれて、信頼の置ける人。そう確信しているから、きっと彼は今ここにいるのだろう。わたしが疑問を挟む余地はなさそうだ。
「え、もしかしてフィメリアはそう思ってないの?」
「い、いえ、別にそういう訳じゃないけれど……」
確かにこれまで関わってきて、彼に助けられたりする事も何度かあった。だがそれ以上に──
『死にたくなければさっさと帰れ。さもなくば、お前やこの部屋の外の兵を一人残らず、息もせぬ屍とするだけだ』
──脅された時の記憶が蘇る。
明確な殺意を向けられ、わたしは怯える事しかできなかった。悍ましかったのだ。
自身のためなら強硬手段も厭わない恐ろしさと、出会って間もない相手に対しても寄り添い助ける優しさ。
この二面性を、天田雷吾という男は持っている、という事か。
「ただ、彼の事について気になる点はあるわ。素性、生い立ち──まぁ色々と。マロンはライゴの素性とか気になったりしない?」
「うーん……どうだろ、気にならないと言えば嘘になるけど、知ってもなぁ、って感じなんだよね」
思ったより食いついて来ない。この子から情報を得るのは少し厳しいか……?
「この間、セラムの公爵様に運搬の鍵の荷物を届けた時さ、暇潰しでライゴに面白い話とかない?って聞いてみて、ライゴの昔の話になったんだ」
「えっ」
「けど、人が死ぬ話ばっかりだ、って言われてはぐらかされちゃったんだよね」
「人が……他に何か言ってた?」
「えーっと、そうだね……確か下手な怪談話より怖いとかどうとか」
思わぬ単語が飛んできて、背筋が凍りそうな思いになる。これ以上深掘りしない方がいいかもしれない。
こんな所で怖い話なんて聞かされたら、堪ったものじゃ──
「フィメリアさんちょっとふるえてる」
「あ、ホントだ。そういやそういうの苦手だっけ」
……心が痛い。
カルフィア遺跡の一件で知られてしまっているとはいえ、改めて突かれるのも堪える話だ。さっさと話を逸らそう。
「ほ、他に言ってた事は?」
「あとはー……ライゴの国がカオスなところって話した気がするなぁ」
一体どんな話をしていたんだろう。
ともあれ、だ。これ以上話を引き伸ばしても、彼の素性や真意を暴けそうな情報は恐らく出て来ない。休憩するには十分な時間も経っている。
別行動している二人が用事を終わらせて合流するのも時間の問題だ。
「そう……話してくれてありがとう。一息吐けたし、そろそろ宿探しを再開しましょうか」
「そうだね。じゃあ休憩終わり!」
「おわりおわり!」
勢い良く立ち上がったマロンは次々と荷物を背負い抱えていく。オヤマも、彼の準備を終えるのを見計らったかのように乗り移り、その頭の上にしがみ付いた。
わたしも腰を上げ、待たせまいと移動の準備を終わらせる。そして。
「準備できたよ、行こっか!」
「ええ。何とか良さそうな宿が見つかればいいわね」
「うん!」
休憩を終え、再び歩き出す。
……この詮索で、少しは情報を得る事はできた。
まず、天田雷吾の過去には人の死が数多く存在する事。
次に、彼のいた国──葦原がカオスな状況、恐らくは秩序の乱れた混沌とした状況にある事。
そして、彼が強硬手段も厭わない恐ろしさと、出会って間もない相手に対しても寄り添い助ける優しさの二面性を持っているという事。
これらが、どこまで彼の素性や真意を暴く材料として使えるかは分からない。だが、天田雷吾という男を知る一助にはなる筈だ。
もしかしたら──いや、今は考える事じゃないか。