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因縁のカンフラント 〜鬼天田の異世界戦記〜  作者: 志尚元嗣
序章 何気なき日常は儚く終ふ
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Prologue 4「気づいた時には既に遅く」



「すまんな楓鶹(ふうる)。庭師なのに馬の準備までさせちまって」


「いえいえ、お庭の掃除も終わっておりますからお気になさらず」


 真希(まき)と別れた後、俺は馬舎の側で楓鶹と話していた。


「いやいやいや、そういう問題じゃねーんだよ。本来なら馬丁(ばてい)がする仕事を庭師のお前に任せちまってるからな」


 尤も、財政難による費用削減のため、人をあまり雇ってない俺が悪いのだが。


「このくらいは構いませぬ。私がやりたくてやっている事ですからなぁ」


 つい先程の真希と同じような事を嬉しそうに口にしながら、楓鶹は馬舎から一頭の馬を連れ出してきた。


 馬の名は紅蓮(ぐれん)紅蓮馬(ぐれんば)とも言う。性別は雄。

 馬にしては珍しく赤黒い体毛を持ち、一日に五十里もの距離を駆ける事ができる名馬である。

 それが故、乗りこなすのは難しく、人を選ぶ馬でもある。

 先の戦においては共に数多の戦場を駆けた馬であり、俺にとってこいつは「戦友」「相棒」のような存在だ。


「紅蓮の調子は良さそうだな」


「ええ。ここ最近は外に出ていない事もあり、芳しいものではありませんでしたが、久々に外に出れるのか今日は調子が宜しいようです。殿、正月まで暫しの別れとなりますが、お元気で……」


 俺の隣にまで紅蓮を歩かせた楓鶹は、眉をハの字にして悲しそうな顔をした。


「……ああ。お前こそ元気にしてろよ」


 俺もそれに釣られたのか、返答が重くなる。

 ガキの頃から話し相手になってくれていた、温厚な性格のこの男と暫く会えないのか、と思うと何とも言えない気持ちになるが、仕方のない事だ。


 俺は紅蓮に付いている鞍に跨っては、馬上の人となり。


「それじゃ、行ってくるわ楓鶹。政親(まさちか)の奴を待たせちまってるし、これ以上ここにいると別れが惜しくなるからな。正月に帰った時に色々土産話するから、くれぐれも身体壊すなよ」


「はい。道中お気をつけて」


 楓鶹に見送られながら、俺は慣れ親しんだ屋敷を後にした。




──────────────────




 晡時──夕方となって暫くした頃。

 俺は、政親ら供の者十数人と共に、馬を宇治月(うじつき)に向けて駆けさせていた。


「なぁ政親、黄昏時(たそがれどき)には宇治月に着くと思うか?」


 かなりの速さで馬を飛ばし、街道を進んで行きながら政親にそんな事を訊く。


「思いませぬな。殿だけであればともかく、我らの馬は殿の紅蓮馬と比べると駄馬ですから」


「マジか。せめて邦山郷(くにやまごう)には着きたいんだがな……どうせこうなると思ったから行きたくなかったんだ、くそっ」


 明日の朝に出ていればこんな事にはならなかったものを、誰かさんが「どうせ行きたくないとか言い出すので」なんて言うから。


「殿、諦められよ。とはいえ、今日中に着くのは厳しいでしょうな。ここは予定を変え邦山郷で一泊し、明日の昼に宇治月に着くように致しましょう」


「だよなー……ま、宇治月は日帰りで行ける距離じゃねーから仕方ないか。それに、邦山郷には──」



 その時だった。



「……その姿、下崎(かざき)越山守(えつやまのかみ)天田(あまだ)大納言(だいなごん)──いや、天田(あまだ)慎鷲郎(しんじゅろう)雷忠(らいただ)卿とお見受けする。御命、頂戴するぞ」


 突如、気味の悪い声が耳の奥にまで響いてくる。

 それと同時に、背筋が凍るかのような殺気が俺達を襲った。


「何だ⁉︎」


 供の者のうちの一人が声を上げた瞬間。


「……っ⁉︎」


 何かが俺の首めがけて、一直線に飛んできた。


「危ねっ!」


 多少掠ったものの、すんでの所で身体を傾けたことでそれの直撃を避けた俺は、供の者達と共にそれの飛んできた方に目を向ける。

 だが、その方角には人はいない。


 するとまた何処からか何かが飛んできて、それが共の者のうちの一人が乗っていた馬の首に突き刺さった。

 そのせいでその馬に乗っていた者は落馬し、馬は突き刺さった物の痛さからか、ヒヒィィンッ!ととてつもなく大きな悲鳴をあげる。

 馬の悲鳴、そしてその馬に刺さっているものを見て、俺や政親、供の者達は皆、一つの事を悟る。


 襲撃だ。


「馬に刺さったのは苦無(くない)……つまり何処かからの刺客──『暗殺者(しのび)』が殿を狙っておる!皆、敵には殿に指一本、いや、苦無一本たりとも触れさせてはならんぞ!」


 そう言った政親や、共の者は全員慌てて馬から降り、先程落馬した者も含めて皆、臨戦態勢を取る。


 暗殺者(しのび)

 その文字の通り、狙った者は三日以内に殺すと言われる殺しの玄人である。

 元は「忍び」と呼ばれる諜報活動を主に行う連中だったが、下克上の世の流れで暗殺稼業も行うようになり、それが葦原全域に広まるに従って「暗殺者」の文字を当て嵌められるようになったらしい。

 俺は今、そんな奴らに襲われているようだ。


「俺は⁉︎」


「殿はそのままで。時と場合によっては、お一人でこの場から離脱して頂きます」


「いやいや、狙われてるのは俺だぞ!供もつけずに逃げろってのか⁉︎」


「ええ。殿に護衛をつけたとしても、寧ろそれが殿の足手纏いになりかねませぬ。それが故、我らはここに留まり彼奴らを足止めし、その間に殿には邦山郷へ向かって頂きます。ここで殿にあっさりと命を落とされては、我らも民も何かと困りますからな」


 政親は泰然とした態度でそう口にし、刀を鞘から抜いては構えた。それに続いて、他の者達も刀を構える。

 それから程なく、苦無が一本、俺の首めがけて飛んでくるが政親はそれを刀で軽々と打ち落とし。


「……それが故、『剣老(けんろう)』と呼ばれしこの老いぼれ、ここで朽ち果てようと朽ち果てまいと、無礼な暗殺者共をここで食い止める所存」


 そう言い切っては、鋭い蒼色の眼を光らせた。

 だが、その間にも苦無が何本も俺や政親めがけて飛んでくる。

 苦無の飛んでくる数やその間隔からして恐らく、敵は十数人から二十人ちょっとの集団だろう。既に他の者が奮戦してくれてはいるが、これはかなりマズい状況だ。


「……分かったよ。だが、この状況だ。俺は今すぐにでも逃げた方がいいのか?」


「恐らくそれが最善かと。仮に我らがここで討たれようと、殿が邦山郷に入ってしまえば彼奴らは殿を狙いにくくなりましょう。その後は郷におられる国山(くにやま)殿に護衛を依頼して宇治月へ向かわれよ」


「……お前は?」


「もし生き残れたならば残りの者と共に殿を追い、宇治月へ。討たれたならばそれまでですな」


「……家老職はどうなる?」


「その際は尾旗(おばた)殿あたりに譲られよ。それ以外の事については殿下の裁量に委ねます」


「……分かった。だが、間違っても生きる事を諦めるんじゃねーぞ。輝登(てるのぼ)公の代から数々の死線を潜り抜けてきたであろうお前の事だから、そう簡単には死なんと思うがな!」


 俺はそう言っては紅蓮の腹を軽く蹴って、再び紅蓮を走らせる。


「……心得ました。では……『剣老(けんろう)香寺(かおでら)楼ノ丞(ろうのじょう)政親(まさちか)、殿をお守りするため、いざ参る!」


「政親、あと他の奴ら!死ぬなよ!」


 苦無を飛ばしてくる刺客の集団に対し、他の者と共に反撃を始めた政親に向かって、俺はそう叫ばずにはいられなかった。




──────────────────




 政親らに足止めを任せてからはただひたすらに紅蓮を駆けさせるのみ。

 だがそれでも、十数人から二十人程の集団のうち、七人程は俺を追ってきていた。


「くそっ、まだ来るのか執念いな!」


 頻繁に飛んでくる苦無をすんでの所で躱し続け、手持ちの拳銃で時折連中に反撃しながら紅蓮を駆けさせる。

 逃げる最中に四人を討ち、数をある程度は削ったが、依然として追撃の手は緩まない。引き篭もり生活がそれなりに続いていた俺の体力は早々に限界を迎えていた。

 現段階で相手について分かっているのは、何者からか仕向けられた刺客である事、集団全員がかなりの手練れである事、あとは彼らが「暗殺者」と呼ばれる殺し屋集団である事くらいだ。


「俺がそんな連中に狙われるとはな……!」


 洒落にならない。

 こっちは刀と護身用の拳銃だけしかない以上、一日で五十里の距離を疾れる紅蓮にも劣らぬ速さで走り、その上頻繁に苦無を飛ばしてくる刺客に殺られるのも時間の問題だ。

 足止めを買ってくれた政親達が合流してくれれば話は別だが、そう上手くいく筈がない。

 誰がこいつらを仕向けたのか、などと考えている余裕は一切なかった。


「チッ……逃すものか!」


 追って来ている三人の中の一人が、くの字に曲がった刀のような物を飛ばしてくる。


「……殺られてたまるかぁ!」


 俺は急遽、紅蓮を方向転換させ、進路を変えたことでその攻撃を辛うじて避け、刀は投げた者の手にまで戻っていく。

 危機一髪とはいえ、奴らは確実に俺に追いついてきている。


 僅かでも気を緩めたら、首が吹っ飛んじまう。


 恐らくだが、あの刀を飛ばしてきた男と、先程俺の首の方に苦無を投げ「御命、頂戴するぞ」と言ってきた男は、その美しくも気味の悪い声からして恐らく同一人物。

 つい先程一瞥した限り、男は俺と大して年が変わらない──どころか、下手すれば俺より年下だろう。

 ……などと、相手の事を詮索している暇は一切なく、逃げるのが精一杯だった。


 今の所無傷なだけまだマシだが、これは厳しいぞ。


「俺達『海南(かいな)(もの)』──『松白党(まつしらとう)』の手に掛かった者は瞬時に力尽きるが、こうも逃げられるとは……。やはり『人中の天田(あまだ)雷忠(らいただ)、馬中の紅蓮(ぐれん)()』と恐れられるだけある……」


 背後から聞こえてくるその男の言葉を聞き、俺は内心動揺した。



 『人中の天田雷忠、馬中の紅蓮馬』とは、先の戦の折、俺と紅蓮に対し称賛と恐れの意味を込めて向けられた言葉である。



 何処の馬の骨かも分からない相手にそれを知られているとなると、更に気が抜けなくなる。

 どうすれば逃げ切れる。

 そう思う傍ら、冷や汗のようなものが身体の何処かで流れ落ちた。


「……天田大納言。俺達はお前に何の恨みもないが、仕事である以上死んで貰おう……」


 そして頭領格の男は本格的に俺に襲い掛かってきた。


「どはぁっ⁉︎……って危ねぇ!」


 俺はまたまた辛うじて避ける。


「チッ……なかなか当たらんか……!『(からす)』、『(すずめ)』!二人で掛かれ!」


「「はっ!」」


 男がそう言うと、彼に随行して俺を追っていた二人の暗殺者が次々に襲い掛かってくる。


 一人は、全身を黒い忍装束で覆い、鳶色の目や目元以外見ることのできない謎の男。

 一人は、長い髪を後ろで一つに結んでいるのが特徴的な、防御性の高い鎖帷子を身に纏い口元を布で覆っている「くノ一(くのいち)」と呼ばれる女暗殺者。見た目からして恐らく十五歳前後。


 忍装束の男は鎖鎌で、くノ一の方は忍刀で俺の首を狙ってくるが、紅蓮を上手く移動させ、軌道を逸らすことでまたもや間一髪のところで避けた。

 短時間のうちに奇跡が起きすぎている。

 何度も攻撃されているにも関わらず、致命傷は疎か目立った怪我もなし。

 殺られてないとなると、逆におかしくなってくる。


 気づけば、吐く息はかなり荒くなっていた。


 ……なんかもう嫌だ。

 宇治月に行くのも面倒臭いし、どうせならここで殺して貰うか?

 ……いや、それは駄目だ。面倒事を残し、無様に死ぬ事だけは御免だ。


 しっかりしろ天田(あまだ)雷吾(らいご)。……いや、天田慎鷲郎雷忠。

 お前はそんなすぐに命を投げ出す男じゃない筈だ。

 先の戦で(政親ほどではないが)死線を何度も潜り抜けてきただろう。


 紅蓮を動かす手綱を強く握りしめる。

 それに応えるかの如く、紅蓮は更に加速した。

 一方で、全然当たらない事に業を煮やしたのか、奴らは苦無だけではなく、手榴弾のような物も投げてくるようになっていた。


「食らえ……!」


 忍装束の男の手から、物凄い速さで手榴弾が近くにまで飛んでくる。


「……危ねっ!」


 しかし、当たらない。


「覚悟っ!」


 今度はくノ一が苦無を連続で飛ばしてくる。


「……くそっ、殺られてたまるかよ!」


 だが、これも当たらない。とはいえ、あまりの猛攻に俺も反撃できずにいる。


「何故当たらん⁉︎……チッ、かくなる上はこの毒苦無で仕留めてやる……!」


 嘘だろ⁉︎そんなものまであるのかよ⁉︎


「………掠っただけで成仏する……安心しろ!」


 そう言って、頭領格の男がまたもや襲ってきた。


「おい、それは卑怯だろ!なんでそんな危ないものばっか使うんだよお前らは!安心しろもクソもあるか!」


 そんな事を叫びながら、ただただ、紅蓮を全速力で駆けさせる。


「こんなとこで死んだら末代までの恥だ……くそっ!」


 暫くの間、駆け続ける。


「逃がさん──!」


 それに伴い、奴らも追ってくる。

 このままだと振り切れない──


「⁉︎」


 そう思った矢先、男が一瞬だが動揺した。

 俺や、男の手下二人も、何か違和感を覚える。


「……え?」


 一気に、平衡感覚がおかしくなった。そして急に、紅蓮ごと下へと落ち始めた。


 崖だ。


 それに気づいた時には、もう遅かった。

 俺だけではなく、俺を追ってきた三人も俺を追う事に集中し過ぎて崖に気づかなかったのか、落ち始める。

 しかし、俺や紅蓮はどうする事もできず、落ちていくばかり。

 俺一人ならともかく、力士程の重さはある紅蓮も墜落させないようにするのは到底無理だ。

 そもそも、手綱を手放せる状況下じゃ──


「……殿ーっ!……殿ーっ!殿はご無事で──」


 政親や共の者の声が何処からか、微かに聞こえてきた瞬間。


 為す術もなく、俺の意識はそこで途絶えた。



プロローグ、ここに完結。

運の悪い事に崖から落ちた雷吾はどうなるのか。


次話から波乱の第一章がスタートです。

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