第二章番外編「香寺式ノ丞と音信城の姫様・前編」
少々遅れましたが、今年初の投稿です。今年も宜しくお願いします。
今回は久々の番外編(前編)です。
ライゴが異世界で奮闘する中、音信城ではある事件が起こっていました。
音信城に一人の男が登城した。
「香寺式ノ丞、留向方面での戦果を報告すべく城に参上仕った。奉行殿は今おられるか」
「はい、暫しお待ちを」
香寺式ノ丞虎親という男がいる。
「剣老」香寺政親の孫である彼は、六尺二寸の恵まれた体格を持つ、勇猛果敢な将として名を馳せた。その一方で知略や策略にも長けており、過去一年で三十以上もの城を落城させている。
その能力の高さが故か、若くして軍の一角を担っていた彼は、休暇を取るために前線を配下に任せ、数ヶ月振りに音信へと帰っていたのである。
登城して要件を伝えた虎親は、城内で政務を担っている民津帥之という家臣と顔を合わせていた。
「香寺殿、お久しゅうございます。お元気なようで何よりです」
「ああ。それはそうと奉行殿、姫様──お幸様はどちらに?」
幸とは、天田雷吾の四歳下の姪にあたる少女である。
戦乱によって天田家が男子不足に陥る中、先代当主の娘でもある彼女が音信城の実質的な主であった。
虎親の言葉に、帥之は何とも気まずそうな顔をする。
「……お部屋です。殿下の一件が城に届いて以来、姫様はお部屋から全く出なくなり、お食事も殆ど口にされなくなってしまわれました」
「案の定、沈んでおられるか……ったく、雷吾の奴め」
返ってきた言葉に眉を潜ませ、不機嫌な様子を隠そうともしない虎親。
臣下の中で天田雷吾を仮名呼びしているのは、少年期からの幼馴染、且つ親友である彼くらいだった。
「お鶴様の方は如何されている?」
「お鶴様には殿下の件は伏せておりますが故、普段と全く変わらず城中を走り回っておられます。ただ、姉君であるお幸様の様子から何かあったと悟られている可能性は高いですが」
「なるほどな……奉行殿も大変なようで」
「はい。我らは言うまでもなく、姫様を幼い頃から養育してこられた乳母殿ですら、姫様のあの状態にはお手上げの状態ですよ。この間の夜なんて、大騒動でしたから……」
「この間?」
「……ええ。姫様がご自害なされようと──」
深刻な表情を見せた帥之から発せられた言葉に、虎親は思わず目を丸くする。
すぐさま彼は、鬼のような目で帥之を睨みつけて。
「どういう事だ⁉︎詳しく説明されよ!」
「は、はいっ!じ、実は……」
虎親の大きな声と気迫に圧され、帥之は半ば怯えながら話を始めた──
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あれは、十日程前の事でした。
殿下の一件が宇治月のご家老殿から伝わり、姫様がお部屋に引き篭もられて暫く経った頃です。
「南葉殿、今日の捜索の結果は如何でしたか」
その時私は、殿下の捜索に赴いていた南葉有直殿と立ち話をしておりました。
「相変わらずじゃ。阿弥野付近の崖という崖を徹底的に探したが、手掛かりすら何一つ見つからなんだ」
「やはり、厳しいですかね……?」
「ハッキリ言うとそうなるのぅ。殿を襲うた海南者の連中の大半はご家老殿らに斬られておるし、息のある奴を幾ら問い詰めても皆口を揃えて『知らぬ』の一点張りよ」
「そういえば水村殿は?」
「水村の奴は風呂に入りに行きおった。彼奴は今日の捜索も、あのデカい図体で彼方此方と動き回っておったからな。それよりも民津殿、生き残っている奴らは如何する?もう奴らを生かしておく意味はあるまい」
「確かにそうですね……どうしたものでしょう──」
私も南葉殿も口を閉ざした瞬間でした。
「……なりません姫様!早まってはなりませんっ!」
「離して下さいお宇海!離してっ‼︎」
突如、姫様のお部屋の方から乳母殿と姫様の争うような声が聞こえてきたのです。
大人しい姫様にしてはかなり大きなお声でした。
「こ、これは……」
「急いだ方が良いかもしれん!胸騒ぎがする」
「は、はい!」
嫌な予感がした私と南葉殿は、すぐにお二人の下へ駆けつけました。
「……姫様、乳母殿!如何されました⁉︎」
「民津殿に南葉殿!見ての通りです!姫様をお止め下さいっ!」
「……っ!」
お部屋に到着し障子を開けると、姫様を取り押さえようと四苦八苦している乳母殿の姿がありました。
そして、乳母殿を振り払おうとしている姫様の右手には、刀身を露わにしている一振りの小刀が。
非常事態である事は明白でした。
「姫様、御免──!」
南葉殿は小刀を見るなり、それを姫様のお手から弾き落とそうと、姫様へと近づきました。
しかし。
「……来ないでっ!」
「うおっ⁉︎」
姫様が、なんと南葉殿に向けて小刀を投げつけたのです。
幸いにも投げられた小刀は間もなく畳の上へと落ちたのですが、南葉殿は言うまでもなく、私や乳母殿も背筋が凍りました。
「な、南葉殿、無事ですか⁉︎」
「ワシは問題ない!それよりも姫様、今一度落ち着かれよ!」
南葉殿はその場で必死に訴えかけましたが、姫様は今にも泣き出しそうな顔になりながら拒み。
「できませんっ!殿下が……殿下がいなくなられたのに、落ち着ける筈がないじゃないですか!」
「姫様、だからといって早まってはなりません!」
「乳母殿のおっしゃる通りです、殿下のお帰りを待ちましょう!」
「殿下が何処にいらっしゃるかも分からないのに、お宇海も帥之も無責任な事を言わないで下さいっ‼︎」
「──っ」
乳母殿と私は、図星を突かれ言葉を失いました。
「殿下のいらっしゃらないこの世にいた所で、幸には何の意味も……っ……ないんです……」
涙をポロポロと零し、号泣する姫様に対して、私達は掛ける言葉が一つも見つかりませんでした。
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「……という事がありまして。今は何とか落ち着かれましたが、またいつご乱心されるか分からず、城の者は皆肝を冷やしております」
帥之の話が一段落すると、虎親は瞼を閉じて少しの間沈黙する。
「そうか……つくづく腹が立ってくるな」
そして、独り言のようにボソリと呟いた。
「そ、それはまさか……殿下にですか?」
虎親は「いいや」と言っては首を横に振り。
「雷吾は寧ろ被害者だ。俺はあいつの傍にいながら刺客の接近を許した、楼ノ丞のジジイに腹が立ってんだ。ここに来る前、宇治月に寄り道してまで問い質しに行ったが、あいつは何一つ答えなかった」
この場にいない、実の祖父に対して憎悪の感情を向けながらそう口にした。そのまま言葉を続ける。
「同行していた者曰く、あいつは雷吾を単独で、護衛をつけずに逃がしたらしい。どう考えても危険だろう。お陰で雷吾は姿を消し、姫様のお心も自害寸前まで追い詰められた。身内でなければ今すぐにでも斬り捨てに行きたいところだ」
「……」
虎親の刺々しい物言いに対し、帥之は黙り俯く事しかできない。
「奉行殿、姫様はお部屋におられるんだな?」
「は、はい。乳母殿も一緒におられます」
「相分かった。……戦果以外にもお伝えしなければならない事がある。姫様にお目通し願いたい」
そう言った虎親の目つきは、とても真剣なものであった。




