Episode 30「変わり者の伯爵」
ヤミカゲとの戦闘から、四半刻程後。
テルの率いてきた帝国軍数十騎と共に、ヴィルムの伯爵の屋敷へと到着した。
そこで俺は、治療を受ける事になったのだが──
「検査の結果、体内は特に異常ありません。また、目立った外傷は擦り傷に切り傷……いずれも軽傷のみ。初級治癒術で完治できるレベルですね」
「……マジか」
「マジです」
俺の治療の対応に当たった、壮齢の医者の言葉に喫驚する。
「擦り傷や切り傷はまだ分かるが、俺は征魔術をモロに喰らって口から血も流れ出たんだぞ。それなのにどうして、無傷も同然の状態で済んでるんだ」
壮齢の医者はさぞ困った顔をして。
「私にも分かりません。あなたの話通りなら、先程ここに運ばれた水色の髪の彼女──フィメリアさんでしたか、彼女のようになっていてもおかしくはないのですが、征魔術を受けた事による傷は殆ど見られませんでした。ここに来られる前に中級、若しくは上級治癒術を受けたとかは?」
「それはないな。というか、そのフィメリアの容態はどうなんだ」
「今は意識不明の状態です。とはいえ、運ばれてすぐに上級治癒術を施した事もあり、彼女の命に別状はありません。ですが、傷の完治には短くても一週間近くは要します。その間に容態が悪化する可能性もほんの僅かですがありますので、この事を頭の片隅に留めておいて下さい」
「……そうか。念のため訊いておくが、傷を負った事による後遺症は今の所ないんだな?」
「はい」
致命傷にならず、後遺症もない事に安堵する。
あいつが目覚めたら、真っ先に礼を言おう。
「話は戻しますが、アマダさんが比較的軽傷なのは、あなた自身の体質が原因かも知れません。傷の治りが人より早かったりとかはしますか?」
「確かに、ガキの頃から傷の治りは早い方だったな。出血も割と早く止まる方だし」
とはいえ、単に傷の治りが早いというだけでは軽傷で済んだ理由にはならないだろう。
他に何らかの理由がある筈だが。
「そうですか……ん?ついさっきまであった傷が消えている」
医者の目線の先に目を向けると、征魔術の直撃を喰らい地面を転がった際にできた右腕の擦り傷は、すっかり消えて元通りになっていた。
他の箇所の切り傷や擦り傷の跡も、少しばかり薄くなった気がする。
「マジだ。これだったら治癒術も要らねーかな。身体に異常もないんだろ?」
「はい。ただ、万が一の事があってはならないので、明日明後日もこの部屋に来て下さい。体調確認をしますので」
「相分かった、ありがとう」
「お大事に」
「ああ。それでは失礼」
席を立って部屋を出ると、テルが腕を組んで退屈そうな顔をして待っていた。
「結果はどうだったー?」
「初級治癒術で完治できるくらいの軽傷だとよ。念のため、明日明後日も顔を出してくれってさ」
「なるほどねー。ま、あの医者は良い人だけど何かと用心深いからね。それはそうと、伯爵がお呼びだから今から伯爵の部屋に行くわよー。ついて来なさい」
テルに促されるがまま、俺は彼女について行く。
「伯爵って、どんな人なんだ?」
「一言で言うなら『変人』ね。あたしも帝国軍の面々から変人呼ばわりされる事は多々あるけど、伯爵の変人振りは桁違いよー」
「変人……ねぇ」
どういう意味でその伯爵は「変人」なのだろうか。
外見なのか、趣味嗜好なのか、それ以外か。
……考えるだけ野暮な話だ。これから会う訳だし。
高価そうな赤い絨毯が敷かれた廊下を暫く歩いた後、テルは伯爵の部屋らしき所の前で足を止め、扉を三回コンコンと叩いた。
「伯爵ー、頼まれた通りライゴを連れて来たわよー」
「はーい、入ってちょうだーい♪」
テルが呼びかけると、男にしては高めの声が返ってくる。
まさかとは思うが。
「じゃあ入るわよー」
扉を開けてスタスタと部屋に入っていくテルに続き、俺は少し警戒しながら部屋に入った。
「……失礼致す」
部屋に入ると、そこには四、五十歳程の貴族然とした男がゆったりとしながら立っていた。
男の身丈は、俺より拳二個分上回っている。それに反して肉体はやや細く、パッと見物腰柔らかそうな印象を受ける。
化粧を軽く施しているのか、肌は女のように白く、睫毛も人より少しばかり長い。少し癖のある長めの金髪は後ろで一つ結びにし、左右に伸ばした口髭も綺麗に整えていた。
恐らく、この人がテルの言う「伯爵」なのだろう。
外見を見る限り、変な人ではなさそうだが──
「あら、あなたがライゴちゃんね!はじめまして!私がヴィルム伯のデヴィン=カッシャマルサよ♪気軽に伯爵と呼んでちょうだい♪」
「⁉︎」
伯爵から発せられた女っぽい口調に、ただただ衝撃を受ける。
まさかとは思ったが、そのまさかだった。
この人は所謂「オネエ」って奴だ。
それはまぁ構わない。そういう人も世の中にはいる。
だが「ライゴちゃん」ってどうよ。
ちゃん付けで呼ばれた事なんて一切ないから、そこの違和感が半端ないんだが。
「そう堅くならなくていいから、リラックスして♪遠慮せず普通に、友達と話すくらいのノリで接してくれていいのよ〜?」
遠慮もどうも、見た目と口調の差による衝撃がデカ過ぎて、それどころじゃねーわ。
「リラックスとか言うけど伯爵、あんたの衝撃的な挨拶のせいで言葉をなくしてるわよー。ドン引きされてもおかしくないんだから、初対面の時くらいはちゃんと挨拶しなさいよ」
「え〜⁉︎私はお堅い挨拶は嫌なの!テルたんだってそうでしょ⁉︎」
テルは露骨に嫌そうな顔をしては、伯爵に冷たい視線を向ける。
「その呼び方はやめなさいって言ってるでしょ、このオカマ伯爵」
「テルたんはテルたんなの!ちっちゃい時は私がそう呼べば素直に『なーにー?』って言ってくれたじゃないっ!」
「は?ふざけてんの?」
「ふざけてないっ!事実を言っただけなのに!」
「うっさい!というか、ベタベタと触るんじゃないわよ!いい歳したおっさんが気持ち悪い!」
伯爵の言動が気に食わなかったのか、テルは遂にキレて伯爵を突き放し、部屋から出て行ってしまった。
「おっ……さん……っ……」
そして顔面蒼白になって落ち込む伯爵。その様子は、最愛の娘に嫌いと言われて呆然としてしまっている父親のようだ。
なんか、伯爵が可哀想になってきたな。
「……おーい、伯爵?何のために俺をここに?」
伯爵は我に帰ったのか、ハッとして。
「あぁ、そうだったわ。初めましてのご挨拶と、テルたんがお世話になったからお礼を言っておこうと思って呼んだのよ〜。キャルム砦の話はテルたん本人と軍の使者から聞いたわ、テルたんと帝国軍を助けてくれてありがとうね」
そう言って伯爵は、俺の両手を握って笑い掛けてくれた。
……何が変人だよ。多少距離感が近い事を除けば、普通にいい人じゃねーか。
「いいや、大した事じゃねーよ。帝国軍が橋でガルザンディラス軍を足止めしてくれなければ俺は戦乙女を撃破できなかったし、そもそもテルがいなければ、あの砦は確実にガルザンディラス軍に占拠されていただろうしな」
「そう……とにかく、テルたんの面倒を見てくれてありがとうね。あの娘、保護者の私が言うのもなんだけれど、ちょーっと手間の掛かる娘でしょ?」
「まぁな。口は悪いわ、マロンに遠慮なく色々言って泣かせるわ、遠慮を知らんわ。俺も似たような人間だからあいつの事はどうこう言えないが、本当に手間の掛かる奴だよ。その中でもあいつの寝相の悪さはヤバい。かなりの確率で寝床から落ちてるし、頭と足の位置が寝る前と真逆になってたりするし、おまけに寝起きそのものも悪い方だ。ここ数日、あいつを起こすのには俺もフィメリアも苦労した」
「ラ、ライゴちゃんも遠慮がないわねぇ……」
「だが、あいつにはこの半月、何かと助けて貰った。あいつから貰った恩と比べると、寝起きの悪さなんて気にする程のもんじゃないな」
俺がそう言い切ると、伯爵は目を潤ませて。
「素晴らしいわライゴちゃん!私感動したわっ!そこまでテルたんの事を評価してくれるなんて、保護者としても嬉しい限りよ!」
「そ、そうか」
「本当に嬉しいわぁ〜。……そういえば検査の結果は⁉︎怪我とか大丈夫なの⁉︎」
「身体に特に異常はないらしいし、傷も初級治癒術で完治できるくらいだ、問題ねーよ」
「それなら良いんだけど、ここまで来るのに疲れたでしょう?ひとまず休みなさいな。お部屋まで案内するから」
「かたじけない」
先程落ち込んでいたのが嘘のように、伯爵は上機嫌だった。
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伯爵に案内され、貸し与えられた部屋の前まで移動する事、暫く。
「さ、ここがお部屋よ♪もし分からない事があったら近くにいる執事ちゃんやメイドちゃん達に聞いてちょうだいね」
「ああ。なら一つ聞くが、飯の時間とかは決まってるのか?」
「勿論♪ブレックファーストは七時、ランチは十二時、ディナーは十九時よ。その時間になったらメイドちゃん達が呼びに来てくれるから、時間は気にしなくて大丈夫」
「それは助かる」
「じゃあ私は用事があるからここで。またねライゴちゃん」
伯爵は軽く一礼し、来た方向へと優雅に歩いて行った。
そして伯爵の姿が見えなくなったのを見計らい、部屋の扉を開ける。すると、一息吐いていたマロンとペンギンの姿が目に入ってきた。
マロンとペンギンも俺に気づいたのか、こちらに顔を向ける。
「あっ、ライゴ!大丈夫だったんだね!よかった〜!」
「ああ。お前らこそ無事だったか」
部屋に入り、扉を閉める。
「うん、なんとかね。テルが馬車を猛スピードで走らせるから、ボクもオヤマも何度か馬車から振り落とされそうになったよ……」
「あぶなかったー」
「そりゃ災難だったな。フィメリアの奴は別室か」
「うん。このお屋敷に着いてすぐに別の所に運ばれちゃったんだ。フィメリアは大丈夫なの?」
「医者曰く、今は意識不明の状態だとよ。命に別状はないみたいだが、傷の完治には短くても一週間?そんくらいは要るらしい」
マロンは「えっ」と口から言葉を漏らして。
「い、一週間……!どうしようライゴ!このままだと『運搬の鍵』の聖都支部に届けなきゃいけない荷物を期日までに届けられないんだけど⁉︎」
そういえば数日前、俺らについて来る事になった際にそんな事を言ってたような。
「そうなのか?」
「そうだよ!今日が十月十一日、届ける荷物の期日が来月の一日なんだ!ここから帝都まで船で四日、帝都から聖都まで近いルートで行っても馬車で十日は掛かっちゃう!ここに一週間もいたらギリギリ間に合わないよ!」
「移動時間の短縮はできないのか?」
「できない訳じゃないけど、確実に危険だよ⁉︎魔物もうじゃうじゃいるだろうし……」
「なら、帝都とやらから聖都まで船で行く事は?」
「そうできたら良かったんだけど、生憎にも帝都と聖都を航行する船が今の時期、何故かないんだよね……」
……それも無理か。
ともなると、時間の短縮は今の所難しいだろう。
「どうしよ〜〜……」
計画が狂ったためか、マロンは頭を抱える。
「フィメリアが回復するまでは考えてもどうしようもないだろ。これまた高そうな部屋を貸して貰ったんだ、今はゆっくりして体を休めようぜ」
「ゔぅーん……どうしよ……」
唸り続けるマロンを諭し、俺は腰に挿していた志剛天賦守と紅蓮之天田の二振りを外し、高級そうな寝床の隣にある机の側に立て掛けておく。
そして草履を脱いでは、寝床の上で仰向けになった。
「あぁー……疲れた」
仰向けになった瞬間、背中越しに布団の柔らかさが伝わってくる。それと共に、張り詰めていた気が緩んでいくのを感じた。
やがて、ふぅ、と一息吐いて瞼を閉じる。
(今のうちに、頭の中で起こった事や分かった事の整理をしておくか)
数刻前に起こった事を思い返す。
セラムを出て、四日程でヴィルムに到着。しかしヴィルムに到着する直前、乗っていた馬車が襲撃された。
結果、セラムの公爵から借りたお高い馬車はボロボロにされ、俺を庇ったフィメリアが負傷し、意識不明の状態になってしまった。
テル達を先にヴィルムに向かわせた後、馬車を襲撃した『魔導師』ヤミカゲと名乗る男と遭遇した。初対面である筈の奴は、どういう事か俺の諱と「鬼天田」の二つ名を知っていた。
そんな奴の目的のひとつは、忌々しい黒髪赤目の一族──恐らく天田の一族の事だろう、それを根絶やしにする事。馬車を襲撃したのもそれ故だと言う。
その際、カルフィア遺跡からセラムに帰る途上で聞いた幻聴の内容が、悉く一致した。
そして特筆すべきなのが、奴は祖父・天田曲矢守と何らかの因縁がある事。
これは、俺が思っている以上にややこしい事柄なのかもしれない。
「……面倒臭え」
そう呟かずにはいられなかった。




