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因縁のカンフラント 〜鬼天田の異世界戦記〜  作者: 志尚元嗣
序章 何気なき日常は儚く終ふ
4/58

Prologue 3「出立前のひととき」



「……はい、これで詰みだ」


 将棋盤に持ち駒の金将を打ち、俺は思わず口角を上げる。


「ああああーっ⁉︎ちょっ、ちょっと待ってください従兄(にい)(さま)っ!」


 そんな俺に対し、大慌てで止めに入る真希(まき)

 俺と彼女は一汁三菜の昼飯を食べた後、俺の自室で将棋をしていた。


 とはいえ、天田(あまだ)の長として軍の指揮を執って戦場を駆けてきた俺と、武装巫女である杣森(そまもり)巫女(みこ)の一人とはいえ、女子が故に従軍経験のない真希では、当然ながら勝ち負けはやる前からハッキリしている。

 そのため「二枚落ち」と呼ばれる負担を俺に掛け、戦局を左右し得る飛車・角行──大駒とも呼ばれる二つの駒を抜いた上で勝負した。

 だがそれを以ってしても実力差が出たのか、真希が待てと言ったその時には既に大勢は決しており、彼女の玉将は詰みとなって負けが確定していた。


「悪いな真希、勝負は『待った』と言われて待ってくれる程甘くはねーんだ。お前が仮に一軍を率いる将だったとする、危機的状況に陥った時に敵軍に待ったと言うか?」


「い、言いません……」


「だろ?そうならんように、戦では一手先、二手先の事も考えて策を組み、動く必要がある。それは将棋や碁でも同じだ。第一、お前の場合駒組みは良いが、その後の展開が行き当たりばったりで致命的なんだよ。そんな指し方をしてたらあっさりと負けるぞ?」


 俺の助言に対して、真希はさぞ悔しそうな顔をして。


「うぅぅ……分かってはいます……。ですが従兄様がすぐに次の手を指してくるので焦るんですよっ!」


と、涙目でそんなアホな事を言ってきた。


「人のせいにすんな。つか、俺の場合お前がどう指すか考えてる間に俺もどう返すか考えてるからな」


「うぅぅ……従兄様鬼畜です……」


「勝手に言ってろ」


「というか、従兄様は呑気に将棋指していていいんですか?」


 真希は負けたことに対しての悔しさを滲ませながら、そんな事を問うてくる。

 俺は頭を掻きながら。


「そういやそうだったな……対局自体は四半刻足らずで終わったからいいとして、今は巳の上刻くらいだから、今出ると宇治月(うじつき)に着くのが早くても亥の下刻──もう深夜だな。面倒臭ぇ」


 つい、深いため息を吐いた。

 やっぱり行くのは明日にした方が良い気がする。そもそも、決めたのは俺じゃなくて真希だし。


「そういや、他の奴らはどうしてるんだ?」


「確か、お祖父(じい)(さま)は妾の方と一緒に居間でイチャイチャしてますよ。ご家老殿は縁側で刀研ぎを。楓鶹(ふうる)殿はお庭のお掃除をしておりました」


 真希の口から出た情報を聞き、(前半の方に)怒りが込み上げてくる。

 勝手に人の屋敷で妾とイチャイチャしてんじゃねーよエロジジイ。

 全く、何なんだあの人は。


 普段はここに正月と盆以外に顔を出さないくせに突如現れ、得体の知れない謎の『代物』を寄越し、そんでもって人の屋敷で妾とイチャイチャしている。……我が祖父ながら恥ずかしいぞ。


 くそっ、文句の一つ二つ言いたい気分だ。


「……悪い真希、ちょっと席外すわ。少し待っててくれ」


「わ、分かりました」


 真希に断りを入れ、部屋を出ては祖父と妾のいるであろう居間へと向かう。

 すると、途中の縁側で黙々と刀研ぎをしていた政親(まさちか)から声を掛けられた。


「殿、如何されましたか。この老いぼれには少し機嫌が悪そうに見えますが」


「ああ。今から人の屋敷で妾とイチャイチャしているらしいエロジジイに文句言いに行こうと思ってな」


「……なるほど。それは構いませぬが、宇治月に向かわれる支度はできておりますかな?」


「あのジジイに文句言いに行った後に急いでやるよ」


 政親は軽口を叩いている間に刀研ぎを終えたのか、刀をスッと鞘の中に戻し。


「心得ました。では、この老いぼれも殿に同行させて頂きます。宜しいですかな」


 真剣な顔でそう訊いてきた。


「ああ、頼む。いつ誰に狙われるか分からんからな。護衛としてお前がいるのは有り難い」


「ではそのように。出立は半刻後に致しましょう」


「おう。……そういやそうだ、政親、お前これが何か分かったりするか?」


 俺は先刻あのエロジジイに渡された「代物」を政親に見せ、訊いてみる。

 しかし政親は首を横に振り。


「いいや。曲矢守(まがやのかみ)様が六十数年前に異国の地で手に入れ、それから肌身離さず持っていたものとしか知りませぬな」


 六十年以上天田の御家に仕えてきた政親ならば、詳しい事を知っていてもおかしくない筈なんだが。

 分からないなら仕方ない。


「そうかー……となると、老い先短いあの人の形見として持っとくしかねーか。それじゃ後でな」


「はい。それでは後程」


 互いに会釈をし、政親は刀と刀研ぎの道具を持って何処かへ行き、俺は祖父のいるであろう居間へと向かった。

 そして、居間の障子を勢い良く開ける。

 案の定、祖父は妾とイチャイチャしており、俺の姿を見るなり顔を赤くした。


「やっぱそんな事してたのかよ。あんたらがどんな関係だろうと俺は知らんが、他人の屋敷で真っ昼間からイチャイチャしてんじゃねーよ、このエロジジイ」


「何をしていようが儂の勝手じゃ!正室すら迎えておらんお主に、どうこう言われる筋合いなぞないわ!」


 ……エロジジイの部分は否定しないのかよ。


「かと言って戯れるなら、時と場所と場合を考えろ。まだ昼だし、この屋敷の主は俺だし、しかもあんたらがイチャイチャしてるのが真希の奴にもバレてるしな。その辺りをもうちょっと考えてくれよ」


 祖父は眉間に皺を寄せながらも「すまぬ」と口にし、密着していた妾を離れさせた。


「話は変えるが、あんたはいつまでここにいる気だ?この後出立するつもりなんだが」


 疑問に思い、そう問うと。


「暫くはここにお(きょう)と共に留まる。お主が宇治月におる間はお主の代わりに屋敷の主としてここにおるつもりじゃ」


 ……と、思いも寄らぬ答えを返してきた。


「は?ちょっと待て。俺そんな事聞いてねーぞ」


 祖父は呆れたと言わんばかりにため息を吐き。


「お主自身が言うておったじゃろ。お主を宇治月に向かわせるためならば政親だけで十分、儂がわざわざ音信(おとしな)に出向く必要はあるまい、と」


「そう言っちゃそうなんだが、わざわざ妾まで連れて──いや、あんたらしいか。いつポックリと死ぬか分かんねーから残りの時間を女と過ごす。女好きのあんたらしいわ。きっと死んだ婆ちゃんや側室達は、草葉の陰で『何してんだ』と呆れてるだろうな」


「お主の祖母や側室どもは、お主が生まれる何年も前に死んでおるわ。顔すら見た事もないお主が彼奴らを語るな」


 祖父に尤もな事を言われ、俺は苦笑いをし。


「ハッ、違いねぇ。俺はじきに屋敷を出て政親と共に宇治月に向かうが、くれぐれも体調を崩すなよ?あと妾殿は大切にしろよ。あんたが万一ポックリ逝っちまった時に、俺や真希が駆けつけられる保証はないからな」


 俺が出立の旨を伝えると同時にそう言い返すと、祖父は普段の強気な態度をとりながら少し寂しそうな表情になって。


「フン、勝手に言うとれ。儂は妻にも、六人いた娘のうち四人の娘にも先立たれ、更には婿養子や何人かの孫にも先にあの世へと逝かれた身じゃ。儂が死ぬ時にお主や真希がおらなくとも別に寂しくはないわ。さっさと行かんか」


 俺に反発するかの如く、そんな言葉を口にした。


「そんじゃ、俺はこれで。この屋敷の事は頼むわ。妾殿、こんなクソジジイだが輝登(てるのぼ)公をよろしく頼む」


「……は、はい」


 二人に軽く会釈をした俺は、居間を出て自分の部屋へと戻った。




──────────────────




 思いの外、話が長くなってしまった。

 結構な時間を待たせているであろう真希に、どう説明したものかと思いながら部屋の障子を開けると。


「真希ー、戻ったぞー……って何してんだお前」


「っ⁉︎……べっ、別に何もしてませんよっ!」


 真希は慌てて俺の小袖から両手を離し、頬を赤く染めながら必死になって否定する。


「俺にはお前が俺の小袖の匂いを嗅いでいたようにしか見えなかったんだが」


「ちっ、違います!従兄様が戻られるのがあまりにも遅いのでお召し物を纏めていただけです!」


 普段は落ち着いていて、時に毒を吐くような事を口にする彼女が慌てたり、少し早口になったりするのは、嘘をついた時か隠し事のある時だ。

 彼女の周りには、箪笥(たんす)から出したであろう俺の小袖や袴が綺麗に風呂敷の上に置かれており、彼女の言う通り、俺の荷物を纏めているようではあったが。


 ……追求したところで気まずい空気になるだけだ。ここは見て見ぬ振りをしておこう。


「……はいはいそうかよ。悪いな、待たせた上に荷物まで纏めてくれて。俺は宇治月行くために座敷で着替えるから、着る奴をそこから幾つか取ってくれ」


「は、はい。どうぞっ」


 ヨレヨレの着流し姿から小袖袴姿に着替えるためにそう告げると、真希はまだ動揺を抑えられない状態にありながらもすぐに肌小袖や紅い小袖、黒い袴、あとは足袋を渡してくれた。


「どうも。俺が着替えてる間に残りの荷物を頼む」


「分かりました」


 真希から渡されたものを受け取っては部屋を出、隣の座敷へ移動する。

 部屋に入ってすぐ、腰の刀を帯から外しては畳の上に置く。

 次に帯を解き、着流しを近くに脱ぎ捨てる。

 右腕に付けていた『代物』も一度取り外し、刀同様に畳の上に置いた。

 褌だけの姿になっては肌小袖を着、その上に小袖を着て帯で結び、そこから足袋を履き、最後に袴を履く。

 服の乱れを軽く直し、畳の上に置いた刀を袴の帯に通し、先刻祖父から貰った『代物』も右腕に付け直す。

 俺は脱ぎ捨てた着流しを手に、座敷を出て自室へと繋がる次の間に入った。

 すると、政親も何処からか現れる。彼は俺の小袖袴姿を見て少し感心したような顔をして。


「これは殿、身支度は終えられたようですな」


と、低く落ち着いた渋い声で訊いてくる。


「おう。とはいえ、後は馬と夕飯だな」


「その点はご心配なく。夕食は杣森殿が昼時に作って下さいましたし、殿の御馬に関しては楓鶹殿がつい先程から準備をして下さっております」


 政親がそう言ってすぐ、俺の荷物を整理してくれていた真希が部屋からひょこっと出てきて。


「従兄様、こちらの準備は終えました。夕飯のおにぎりは厨房にありますので、今から取ってきますね」


 そう言って彼女はスタスタと厨房の方まで歩いて行き、少しして戻ってきては「どうぞ」と俺に夕飯の握り飯が入った包みを渡してくれた。


「真希、ありがとな」


「礼には及びません。私がやりたくてやっているだけなので」


 礼を言うと、真希はつい先程までの動揺は何処へやら、少しツンとした態度でそう答えた。


 あとは今、庭師であるにも関わらず馬の準備をしてくれているであろう楓鶹にも、行く際に礼の一つ二つは言っておくか。

 この屋敷を出て暫く戻らない以上、日々俺の話し相手になってくれる楓鶹と顔を合わせることもない。礼の一つ二つは言っておくのが人としての行いだろう。


「さて、そろそろ出るか──」


 俺がそこまで口にしたところ。


「従兄様、少し待って下さい」


 ここでどういうつもりか、真希が待ったを掛けてきた。


「なんだよ」


「なんだよではありません!せめてもう少し身なりを整えて下さい!髪は相変わらずちゃんと梳かしませんし、羽織も持ってませんし、刀もそれだけしかつけていませんし!折角のお召し物と従兄様のお姿が台無しです!」


真希に次々と言われ、俺は口を噤む。

すると彼女は、俺の部屋から色々と持ち出してきた。


 小袖の上に羽織る黒紅色の羽織に、雨除けのために被る笠。


 既に故人となっている一番上の姉から譲られた太刀・紅蓮(ぐれん)()天田(あまだ)


 二年程前に護身用のため、南蛮商人から高い金で買った最新の自動回転式の拳銃。装弾数は十二。


 荒鷲(あらわし)という名の脇差に、武士の常備品である扇子。


 そして先程真希が準備していた、肌小袖や小袖、袴を何枚も包んだ風呂敷。


「ほら、ボケボケしてないでさっさと身に纏って下さい!」


 様々なものを次々と渡され、真希に言われるがままにそれらを身に纏っていく。ついでに髪も軽く整えられる。


「悪いな真希。迷惑かけて」


「……別にいいですよ。父や母が忙しいので、幼い妹や赤子の弟の面倒を見ている立場ですからこういうのに慣れてますし、人の世話をするのはわりかし嫌いではないので。着ていた着流しを衣紋掛けに掛けておきますね」


 ……俺は幼い妹や赤子の弟と同じ扱いなのか。


「ああ、悪いな」


 俺からヨレヨレの着流しを受け取った彼女は、またもや俺の部屋に入っていき、すぐに真希は部屋から出てきた。


「従兄様。あともう一つ忘れ物です。あなたにとっては大切なものの一つでしょう」


 そう言って、彼女は俺に一つのものを差し出した。


 月奈(るな)の忘れ形見である脇差・月虹(げっこう)だ。


 あの時を最後に消息を絶ち、死んだとされたものの、死骸すら見つかっていない彼女の数少ない遺品。

 島流しにされた際に受け取って以来、この脇差を俺は肌身離さずに持っているのだが、どうやら着流しの懐に突っ込んだままだったようだ。

 真希から月虹を受け取り、懐へとしまう。


「ありがとな。本当お前は気が利くな。せめてもの礼に、玉串料を増やすとでも叔父貴に伝えといてくれ」


「先刻も言いましたが、私はあくまでも言伝をするだけですからね?父様には従兄様自らの口で伝えて下さい」


「へいへい。じゃあついでに、ついさっき俺が居間から部屋に戻った時、お前が人には言えない事をしてたのも」


「……ぬわぁぁーっ!ご、ご家老殿がいる前で一体何を口走ってるんですか従兄様っ!もう行って下さい!ほらっ!」


 まだ喋っている途中にも関わらず、真希は顔を真っ赤にしながら俺の言葉を遮っては玄関の方に向かわせようとしてくる。余程言われたくないのだろう。


「分かった分かった。それじゃあ行くか政親」


「はっ。それでは参りましょう殿。杣森殿、我らはこれにて」


「あの、ここは従兄様のお屋敷ですよ……」


「そこは突っ込んでやるなよ真希。ま、そういう訳で行ってくるわ。多分正月には帰る」


「そうですか……。あっ、折角ですから、『占い』しておきますか?」


「ああ、頼む」


 真希の提案に対し、俺は軽く頷いた。

 実を言うと、こいつは人の「気」を感じ取る事でその人の運勢を占うことができるのだ。

 占って貰った直後こそはピンと来ないのだが、月日が経つに連れて「ああ、そういう事か」と理解する。

 そんな具合でその占いは毎回当たり、今まで外した事は一度たりともない。

 そして彼女に促されるがまま、右手をスッと彼女の目の前に出した。

 真希はその手に少し触れ、俺の「気」を感じ取る。


「……どうだ?」


「……何と言いますか、従兄様はやがて女子(おなご)のことで頭を悩ませることとなるでしょう」


……どういう事だ?訳が分からん。


「女子と言えば……お前の事か?」


 そう問うと、真希は首を横に振る。


「そこまでは分かりません。しかも、一口に女子の事と言ってもそれが何を指すかまでは……って、女子と聞いてスッと私の名前が出てくるのはなんでですか!嬉しいですけどなんか複雑ですよ……」


 真希の言葉を聞いて、俺は嫌な予感がした。


 先刻、祖父にも言われた婚姻の事なのか。

 それとも避けてきた恋愛についてなのか。

 はたまた、言葉通りに女との揉め事なのか。

 しかもそれが特定の相手なのか、それとも複数の人なのかも分からない。


「なーんか、嫌な予感がするなー……」


「そんなものですよ従兄様。ただ、『死』の気は出ていませんでしたし大丈夫でしょう。仮に死に至ったとしても生き返り、なかったかのようなことになるでしょうね」


「んな怖い事言うなよ」


「仕方のないことです。占いの結果ですから」


 占いの結果とはいえ、縁起の悪い事はあまり聞きたくないものである。


「それじゃ、俺行くわ」


「それではまたお正月に。従兄様もご家老殿も、お気をつけて」


「はいはい。そんじゃあな」


 互いに小さく手を振り、とりあえずの別れを告げた。






「……従兄様、ちゃんと帰ってきてくれますよね?『転落(ころげおち)(そう)』が出ていたのは……何かの、間違いですよね……」



 真希が泣きそうな顔になっていた事に、俺は気づく事はなかった。



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