Episode 29「一矢報いようと」
俺とヤミカゲの、戦いの幕が切って落とされた。
息を吐くように立て続けに放たれる光線を躱し、奴の懐へと斬り掛かる。
しかし刃が届く前に奴は姿を消し、一瞬のうちに少し離れた場所へとその身体を移していた。
このような攻防が、何度も何度も繰り返される。
「……しぶといね。ここまで粘られたのも初めてだ」
口元は笑っていてもやはり苛立っているのか、ヤミカゲの飄々とした口調からは、何処か怒りのようなものが感じられた。
「当たり前だ、何処の馬の骨かも分からん奴に討たれて、御家の名に傷をつける事はしたくないからな」
改めて志剛天賦守を構え直す。
ここでこの男に殺されてしまっては、色々と洒落にならない──
「……このままワンパターンの攻撃を放ってもつまらないなぁ。この手を使おう」
退屈そうに口にしたヤミカゲは、右手を高く上げて指をパチンと鳴らし、俺の前方に幾つもの黒い魔法陣を展開させた。そこからは、気味の悪い骸骨達が続々と召喚されてきたのである。
先日の遺跡探検で見た骸骨達によく似ているが、今目の前にいる奴らは折れ掛けの鉄剣を携えており、それに加えて鎖帷子も身につけている。
「さぁ、行きなよ!」
骸骨達はヤミカゲの声に呼応するように動き出し、じわりじわりとこちらに向かって来た。
「これはまた気色の悪い……骸骨なんて、当分見なくていいと思ってたんだがな」
先日の探検でもかなり苦戦させられた奴らだ。
数があまりにも多い上、こちらの体力の事も考えると白兵戦で倒すのは得策ではないだろう。
奴らに有効とは考え難いし、威力も期待できないが、ここは征魔術を使う時だ。
「……猛き焔よ鳴り響け、その力の現出を以って全てを灰燼に帰せ!『ブラストロード』!」
詠唱と共に右腕に着けているソルディアの宝石が小袖越しに紅く光り、一筋の閃光が駆ける。
だが、それからすぐに術は発動しない。
「ほう……けど、これは失敗かな──っ⁉︎」
少し間を置いて、ヤミカゲの声が掻き消される程の轟音が鳴り響くと共に、熱風がその場を襲う。
爆発音が収まった頃には、骸骨共は跡形もなく消滅し、その代わりに幅のある浅い穴があった。
ただ、ブラストロードの射程圏外にまで引き下がっていたヤミカゲには当たらず、依然として奴の優位な状況は変わっていない。
「……これはこれは驚いたよ。葦原の人間である君が、使える筈もない征魔術を使って一瞬でスケルトン達を殲滅するとは微塵にも思わなかった。これは本気で殺しに掛からなければならないようだね」
奴が独り言のように口にした次の瞬間、いつの間に展開されていた魔法陣から黒い物体が三つ飛び出してきた。
それらは目視できない程の速さでヤミカゲの周囲を飛び回り、俺の方に勢いよく突っ込んで来ては、俺に対し殴るかのような衝撃を次々と与えてくる。
「ぐっ……!がはっ!」
絶え間なく、殴られるような衝撃が体のそこら中に加えられる。
これだと反撃もままならない。
「……ハハハッ、良い気味だ!追撃の一手だ、もっと苦しみなよ!」
ヤミカゲは再び指をパチンと鳴らす。
すると今度は足下に禍々しい色の沼のようなものが現れ、脚がどんどん沼に引き込まれていく。
テルが遺跡でドラゴンに対して使っていた術だ。
これはマズい。身動きが取れない。
身体のそこら中が痛い。かと言って反撃もままならない。
このままだと奴の思う壺だ。
「さぁ、トドメだ──!」
奴の左手から、赤銅色の光線が放たれる。
「……がぁぁぁっ‼︎」
身動きが取れずにいた俺は光線の直撃を受け、吹き飛ばされた勢いで地面を転がった。
やがて勢いが失われて動きが止まると共に、口からドロドロとした血が流れ出て、地面を紅く染める。
「ぐっ……クソが……」
身体中を激痛が走り、口から血が流れる中、よろめきながらも辛うじて立ち上がる。
だが、俺の身体は悲鳴を上げていた。
これ以上無理をしたら無事では済まない。最悪、ここで死ぬ事になる。そう身体が訴えている。
だが、ここで諦めれば、身を挺してまで俺を庇ったフィメリアの行動はどうなるのか。
それを、無駄にしたくはない──
「へぇ、まだ立つのか。驚きを通り越して不快でしかないよ」
「言っただろ、貴様に討たれる訳にはいかんとな」
口をへの字に曲げ、如何にも忌まわしそうな顔つきのヤミカゲに、俺は顔を向けて睨みつける。
「……やっぱり同じだ。今の状況は、あの時と──君の祖父と初めて戦った時によく似ているよ」
祖父。即ち、天田曲矢守。
こいつの言葉が真であるならば、曲矢守は──爺ちゃんはこいつと戦った事があるという事になる。
幸いにも今は攻撃してくる気配はない。時間稼ぎも兼ねて、探りを入れてみるか。
「……天田曲矢守を知ってるのか」
「知っているも何も、君の祖父には散々世話になったよ。彼の持っていたそのソルディアを君が持っているという事は、彼はもう死んだのかい?」
「いいや。妾を侍らせて孫の家に来るくらいには元気だ、残念だったな」
「へぇ、そうかい。……さて、さっさと君を殺して僕は帰らせて貰うよ。君は僕の計画にとって、危険な存在以外の何者でもないからね」
これ以上、時間を稼ぐのは無理か。
だが、これだけ稼げれば十分だ。痛みは少し和らいだし、口内から流れてくる血もいつの間にか止まった。
まだ、戦える。
志剛天賦守の柄を強く握ったとほぼ当時に、背後から何かが近づいて来る音が聞こえてきた。
それから間もなく、誰かの声が聞こえてくる。
「帝国軍……!」
振り向くと、馬に乗った帝国軍の集団が、凄まじい勢いでこちらへと迫って来ていた。
その先頭には、黒と赤を基調とした帝国軍の軍服を纏っているテルがいる。
その様子を見たヤミカゲは、こちらに向けた左手を下ろし。
「これは良くない状況だ。後の事も考慮して今ここで君を殺しておきたかったが、そうはいかないみたいだ。……次に会った時は、必ず殺す」
右手の指をパチンと鳴らしては、一瞬にしてその姿を消して去っていった。
「クソッ……」
思わず歯を食い縛る。
奴に一矢報いる事はできず、ただただ悔しさが募った。
「ライゴ、あんた生きてるわね⁉︎」
馬から飛び降り、急いでこちらへと駆け寄ってきたテルに問われる。
「……なんとかな。来てくれて助かった。だが、面倒な事になっちまった」
「ついさっき消えたあいつが、馬車を襲った奴ね?」
「ああ。かなり厄介な奴だった。終始苦戦させられたし、傷一つつけられなかった。……すまない」
「別に謝る事じゃないわよー。戦乙女を一騎討ちで破ったあんたでも苦戦する程の相手か……厄介な相手に会ってしまったわね」
「ああ。それはそうと、フィメリアの容態はどうなんだ」
テルは来た方向の方に顔を向け。
「あの娘は今、ヴィルムの伯爵の屋敷で治療されてるわ。容態はまだ分かんないけど。とにかく、あんたも屋敷で治療を受けなさい」
「……ああ」
志剛天賦守を帯刀し、拳を強く握り締める。
魔導師ヤミカゲ。
次に相見えた時は、必ず貴様に一矢報いてやる。
必ず、だ。




