Episode 28「因縁との邂逅」
予定より更新が遅くなりました。申し訳ない。
さて、この物語のテーマのひとつでもある『因縁』。それが28話目にしてようやく動き出します。
第二章後半、始まります。
夢を──それも、なるべく思い起こしたくない過去の夢を見ていた。
夜遅く、視界もはっきりしない中、俺は賊に深傷を負わされ虫の息になっていた「彼女」を抱きかかえては、必死になって叫んでいた。
「諦めるな、まだ助かる」と。
しかし、彼女は首を小さく横に振り、血塗れになった口から掠れた声で「無理だよ」と口にした。
そして。
「ごめんね……約束、守れなくて……ごめんね……。私の事は忘れて、雷吾くんだけでも──」
全てを諦めるかのように、「彼女」は言葉を遺し──
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「……ゴ!……イゴ!……ライゴっ!」
馬車の車輪がゴロゴロと転がる音に負けぬ程の、騒々しい少年の声が、頭の中にまで響いてくる。
それと共に、正面から煩く呼び掛けてきたマロンと、我関せずと言わんばかりに頰杖をつきながら外の景色を呑気に見ていたテルの姿が目に入ってきた。
「……っ……んだよ……うるせえな……」
「あ、起きた!あとちょっとでヴィルムに着くよライゴ!」
「ヴィルム?そういやそうか……」
眠りから覚め、夢と現実の境目が未だ曖昧な状況でマロンに返事をする。
確か、騒がしい彼と、彼のお供であるペンギンが旅に加わり、四人と一匹の旅を始めたんだったか。
それで今はヴィルムに向かう馬車の中、と。
「というかライゴ、顔色が悪いような気がするのはボクの気のせい?」
目覚めて早々、マロンにそんな事を指摘される。
「強ち気のせいじゃねーだろうな……。ここ数日、同じ夢ばかり見るからな」
「同じ夢って……嫌な夢?」
「ああ。辛くて嫌な夢だ。こうも続くと、目覚めても嫌な気持ちになっちまう」
それだけではない。
どうも、嫌な事に出会す予感がするのだ。
過去二回の「予知」のように何かが見えた訳ではないが、そう遠くないうちに嫌な事が起こる気がしてならない。
それに、遺跡探検の帰路で野営していた際に聞こえてきた、幻聴の事もある。
曰く、俺の命か何かを狙っている奴が迫っているらしいが、あくまでも俺の聞いた幻聴であり、信用できるとは言い難い。
とはいえ、いつ何が何処で起こるか分からない以上、この事は頭の片隅に留めておかなければならない。
(杞憂だと良いんだがな……)
次々と負の感情が頭の中を過ぎっていくと共に、思わず眉を顰める。
何も起こらないと思い込みたいが、そうするにはあまりにも不安が大き過ぎる──
「にゃっ⁉︎」
突如、俺の隣にちょこんと座っていたペンギンが、その小さな身体を震わせては鳴き声を上げた。
「どうした?」
「やなよかんするー」
「……!」
その言葉に、背筋が凍る。
先の遺跡探検において、「やなよかん」を悉く当ててきたこいつが、そう言った。
……何かが起こる。
そう確信した刹那、これまで漠然としていた「嫌な予感」が、明確なものとなった。
「「⁉︎」」
何処かから轟音と共に強い衝撃が加わり、馬車が大きく揺れる。
馬車を引っ張っていた紅蓮とテルの馬は、衝撃に驚き嘶いてはその場で止まり、それに伴って馬車も急停止した。
「……っ!皆無事⁉︎」
馭者役を担っていたフィメリアが、馬車内部にいる俺達に向かって叫ぶ。
かなりの速度で走っていた馬車がいきなり止まったため、案の定、俺達は身体のそこら中を馬車にぶつけてしまった。
「そこら中をぶつけたから無事ではねーな……それよりも馬車は無事か?万が一この馬車が動かなくなってたら、何かと面倒な事になるぞ」
「確かにそうねー。もし壊れてたら、馬車を快く貸して下さった殿下に弁償しなきゃいけなくなるし」
「べ、弁償……」
今乗っているこの馬車は、セラムを出る前日にテルが威圧感の半端ないあの公爵から借り受けた高価なものだ。
言うまでもないが、壊してしまったならば弁償しなければならない。
「とにかく様子を確認するぞ。……よっとらせ、と」
皆揃って馬車を降り、馬車やその周囲を確認する。
案の定、衝撃を受けたであろう箇所は大きく凹み、それなりにお高い馬車は傷物になってしまっていた。
「マジか……これはまたガッツリ凹んじまってるな」
「そうねー。見た所、目立った外傷はここだけっぽいわ。車輪とかは無事だから馬車としての機能は何ら問題はなさそうだけど、傷物にしてしまった以上、弁償は確定ねー」
「えぇっ……ど、どれくらいお金掛かるのさ?」
テルが馬車をジッと見つめる傍ら、青褪めていたマロンが彼女に問う。
「んー……多分三千レイムは掛かるでしょうねー。比較的軽傷だからこれでもまだ安い方よー」
「さ、三千レイム……どうしよう⁉︎そんな大金、今のボクには払えないよ⁉︎」
「どうしようもこうしようも費用はあたし持ちだし、あんたは心配する必要ないわよー。ま、痛い出費ではあるけどね」
「……なぁフィメリア、三千レイムってどれくらいの額なんだ?マロンの顔を見る限り、それなりに多そうだが」
テルとマロンが問答を続ける中、話について行けずにいる俺は馬車の損傷部分を見つめていたフィメリアに問う。
「そうね……三千レイムだったら少なくともわたしの一ヶ月分のお給料よりかは多い額よ。一般人が一度に払えるお金ではないわ」
一般人が払える額ではない。となるとマロンが青褪めるのも当然か。
「それよりも、この馬車を傷物にした原因を探らないと。誰かがわたし達を狙っているのなら、このまま放っておくのは危険だわ」
「……!そうだな……」
確かにそうだ。
衝撃が馬車を襲ったのは、どうも偶然とは考え難い。フィメリアの言う通り、何者かが俺達を狙っている可能性もある。
……狙っている?
「……まさか」
彼女の言葉と、先日聞こえた幻聴の内容が一致した事に気づいた、その時だった。
「危ない‼︎」
「のわっ⁉︎」
先程まで落ち着いていたとは思えない程の高い声で叫んだフィメリアに、強く押し倒される。
その瞬間、彼女の左腕に藍色の光線のようなものが直撃し。
「ぐぅっ……!」
苦悶の表情を浮かべた彼女は、俺の目の前にドサッと倒れ込んでは気を失い、指一つ動かなくなった。
光線の当たった軍服の左腕部分は溶けたかのように大きく破け、そこから見える彼女の白い肌は赤黒く腫れてしまっていた。
「「フィメリア⁉︎」」
「嘘……だろ……」
信じ難い事実に、俺は言葉を失う。
それと共に、過去の苦々しい記憶達が不意に、次々と甦った。
『雷吾……貴方だけでも……この場から逃げなさい……!お姉ちゃんは、大丈夫だから……っ』
まだ俺が十歳にもならない頃に起こったある事件で、俺だけでもその場から逃がそうとした際の、姉の声。
『遠慮する必要は全くありません……っ!殿下の持つその拳銃で、幸諸共この賊を撃ち殺して下さい!そうすれば……!』
音信城に入り込んだ賊に人質に取られ、命の危機に晒された時の、姪の声。
『ごめんね……約束、守れなくて……ごめんね……。私の事は忘れて、雷吾くんだけでも──』
そして、深傷を負わされ今にも息絶えようとしていたあの時の、「彼女」の声──
呼び起こされた過去の苦々しい記憶達が、目の前の光景にピッタリと重なる。
マズい。このままだと最悪の状況を招く。
どうしたらいい。どうしたらこいつを助けられる。
そんな疑問が頭を過ぎる。
「どうしようテル⁉︎このままだとフィメリアがマズい事になっちゃうよ!」
「どうしようもこうしようも、まずはこの娘を安全な場所に運ぶのが先決よ!何かがこの近辺にいる以上、この場に留まるのは不味い!幸いにもヴィルムはすぐそこ、フィメリアを馬車に乗せなさい!」
「わ、分かったよ!ライゴも手伝って‼︎」
マロンの声で、我に帰る。
そうだ。まずは安全な場所にこいつを運ばないと。
「あ、ああ!」
気を失ったフィメリアを抱え、マロンの助けも得ながら何とか彼女を馬車に乗せる。
「ガキンチョ、全員乗った⁉︎」
「あとライゴだけ!ほらライゴ、早く──」
マロンに急かされ、慌てて馬車に乗り込もうとした矢先、またもや先程の藍色の光線が馬車を襲った。
「ぐっ!」
「……っ!」
「わぁぁーーーっ⁉︎」
「にゃぁぁぁぁーーっ⁉︎」
マロンとペンギンの悲鳴が響き渡る中、馬車は次々と飛んでくる光線によって、少しずつ破壊されていく。
(くそっ!このまま逃げようとしても、狙われ続けて埒が明かないぞ!何とかしてこの光線の発生源を叩かねーと!)
「ちょっ、ライゴ⁉︎」
俺は乗りかけていた馬車から飛び降りて。
「先に行け!俺はこの光線の発生源を叩く!」
「ええっ⁉︎でも!」
「行くわよガキンチョ!さっさとしないと、馬車が壊れるどころの話じゃなくなるわよ!」
この間も光線は馬車を傷つけ、馬車はすっかりボロボロになっていた。
このままだと、フィメリアだけではなくマロンやテルも無事では済まなくなる。
「テル、フィメリアやマロンの事は頼んだぞ!」
「任せておきなさい!」
テルは手綱を強く引っ張り、馬車を走らせる。
それからすぐに馬車の姿が見えなくなり、光線も飛んで来なくなると、俺は警戒しながら志剛天賦守を鞘から引き抜いた。
「まさか馬車を追ってはいないよな……」
嫌な予感を抱きながら周りを見渡すと、突如ひとつの人影が目に入ってくる。
黒い法衣の上に深紫の外套を羽織っている、魔術師のような風貌の男だ。身長は俺より若干高いだろうか。
その目元は外套についている頭巾を被っているせいで、よく見えない。
男は何処か異様な雰囲気を纏いながら、こちらへと歩いて来て。
「仲間を逃がして単独でこの僕と対峙する……その勇敢さは賞賛に値するよ。流石、『鬼天田』と呼ばれた男だ」
透き通った声が、男の口から放たれた。
何処の馬の骨かも分からない相手に二つ名を知られている事に、俺は不穏な何かを心の奥底で増大させる。
「……だが、その勇敢さは僕の前では無意味。じきに為す術なく死ぬだけさ、天田雷忠。……いや、ここではアマダライゴと呼んだ方が良いかな?」
知る筈もない、俺の諱まで知っている。
一体何者なんだ、こいつは。
「……貴様、何奴だ」
志剛天賦守を構え、男を睨んでは問う。
男は薄笑いのまま、その答えを返して来た。
「そんなに知りたいのなら教えてあげよう。僕は『魔導師』ヤミカゲ。黒髪赤目の忌々しい一族と浅からぬ因縁がある『化け物』さ」
そう自信満々に名乗ったこの男──ヤミカゲは。
「僕は、今から君を殺す」
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──所変わって、音信。
主人のいなくなった郊外の屋敷では、天田曲矢守が病の床についていた。
「お祖父様?」
上半身を起こしては外の景色を眺めて呆然としていた祖父に対し、看病をしていた杣森真希は訝しげに尋ねる。
曲矢守は我に帰ったかのような顔になり。
「あぁ、どうした」
「いえ……呆然とされていたのでどうされたのかと。お祖父様にしては珍しいですよ」
曲矢守は表情を曇らせ、ポツリと呟いた。
「……慎鷲郎の事を考えておった」
「従兄様の事を?」
「うむ。彼奴が姿を消してから一月近く経った。だが、彼奴からは何の音沙汰もない。そうであろう?」
「……はい。やはり、従兄様は……」
真希は言葉を詰まらせ、表情を曇らせる。
一方の曲矢守は首を横に振り「いいや」と真剣な顔になって口にして。
「彼奴は死んではおらぬ。死んだのならばとうに身体も見つかって、葬儀も行われている筈じゃぞ」
「確かにそうですが……」
「恐らく、彼奴は『神隠し』に遭った。乗っておった紅蓮馬諸共な」
「神隠しって……従兄様は子供ではないですよ⁉︎」
「いや、村でよく言われておる神隠しとはまた違う。お主の言う神隠しは童が遭い、その時の事もうろ覚えである事が多いが、彼奴の遭った『神隠し』は死の危機に瀕した者が遭い、常世へと飛ばされた際の記憶もしっかりと残るのじゃ」
「そんな馬鹿な……。その根拠はあるんですか」
「根拠ならあるぞ。儂自身じゃ」
「……は?」
「もう一度言う。儂もその神隠しに遭った事があるからな、それも二度」
「えっ」
祖父の言葉に、真希は目を丸くする。
「一度目は家を継ぐ前──もう六十年程前の事じゃ。常世からこの現世に帰るのに十年近く掛かった。帰ってすぐ、父上は病で亡くなられた。儂が帰るのがあと少し遅ければ、天田宗家の家督は輝治の奴に渡っておったじゃろうな」
曲矢守は目を閉じて。
「二度目は家督を輝雷に譲った後。今度こそ、帰れぬまま骨を埋める事を幾度も覚悟したわ。二十年近く常世を彷徨った末に運良く帰れたが、その頃には妻達は皆死んでおった。ろくに別れの言葉も言えぬまま、な」
「……っ」
真希は言葉を失った。曲矢守も黙り込む。
少しの間、その場は音一つなく静まり返った。
「あれから二十年あまり経った今、それを嘆いた所で儂はどうしようもないがな」
曲矢守は再び外の景色を眺めては、沈黙を破る。
「……従兄様は、生きて帰って来てくれるのでしょうか」
真希が問う。
従兄が行方知れずとなって以来、彼女は大きな不安を心の内に抱え続けていた。
「それは儂にも分からぬ。彼奴が帰って来るかは彼奴次第よ。ああ見えて奴は責任感のある男じゃ。帰って来ると信じたいがな」
「そう……ですか……」
「儂はそう遠くないうちに死ぬ。あと半年生きられるかどうかも怪しい。せめて死ぬまでに一度だけ、一度だけは彼奴の顔を拝みたいものよ」
曲矢守は何処か寂しそうに、そう語った──
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ヤミカゲの左手から放たれた藍色の光線が、立て続けに俺を襲う。
俺は光線を紙一重で避け、志剛天賦守を片手に奴の目の前まで駆けた。
「へぇ、弱くはなさそうだ。だが──」
すかさずヤミカゲに斬り掛かるも、刃は奴の身体に届く事はなく、奴はほんの一瞬の間に別の場所へと移動していた。
「……!厄介な手を使いやがって」
とはいえ、光線を立て続けに放ったこの男が馬車を襲撃した犯人である事は確定した。
だが、その理由は分からない。
「……何故馬車を襲った?何処かからの差し金か?」
まともな答えが返ってこない事を承知の上で、問う。
「いいや?アマダライゴ、君がいたからさ。僕の目的の一つは、忌々しい黒髪赤目の一族を残らず根絶やしにする事。君もその対象の一人、故に馬車を襲った。それだけさ」
(……そういう事か)
先日聞こえた幻聴の内容が、またもや一致した。
あの幻聴は、この事を予見してたのか。
俺の元にヤミカゲが迫っており、奴は黒髪赤目の一族──天田一族の長である俺の命を狙っている、と。
だが何故だ。何故この事が予見できた?
それに、この男と天田の御家に何の因縁があるのかも分からない。この男がどういう存在なのかも、いまひとつ理解できない。
「例の頭痛」といい、「予知」といい、訳の分からない事があまりにも多すぎる──
「君の隣にいた水色の髪の少女が、君を庇って僕の術を喰らったのは想定外だったけどね。まぁ、そんな事はどうでもいい。さっさと死んでくれないか」
明確な殺意が向けられる。
そして、奴の左手から再び藍色の光線が放たれた。
俺はすかさずそれを避け、光線は遥か彼方へと消えていく。
「戯言をほざくな。天田の御家と何の因縁があるかは知らんが、この手で返り討ちにしてくれる」
ただならぬ憎悪を込めながら、刃を目の前の男に向けた。




