Episode 26「気概を見せよ」
ドラゴン。
主に南蛮の伝承や神話において、頻繁に登場する怪物である。
その多くは大型で、蛇のものとよく似ている尾や魚にも似た鱗、鋭い爪や牙を持ち、蝙蝠のような飛膜の翼を広げ、頭には長い角を生やし、その目は相手に恐怖心を与える。
種類にもよるが、火を吐いたり人を喰ったりするものもいるらしい。
南蛮だけではなく、震旦や天竺、そして葦原にもドラゴンに限りなく近い「龍」の存在が伝えられており、葦原の神話には八岐大蛇なるものの存在があり、今日まで伝えられている。
だが、葦原や天竺にはいなくなったのか、奴らは既に知る人ぞ知る伝承や神話上の怪物と化していた。
一方の南蛮では未だに存在するらしいが、当然ながら俺は見た事もなく、南蛮商人達から存在を聞いたり、彼らからそれに関する本を貰い、目を通したりした程度であった。
所詮伝承上の怪物でしかないのだろう、と葦原にいた時は思っていたが、まさかこの眼でそんなものを見ることになろうとは。
それも、異世界に飛ばされた上で。
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「──こいつか」
かつて見た「予知」において、マロンとペンギンを襲い喰った怪物が目の前にいる存在と同じである事を確信する。
それと同時に志剛天賦守を鞘から引き抜き、一直線に奴の所へと駆けた。
「ライゴっ!」
「フィメリア、俺がこいつを牽制するから、お前はその間にテルの介抱を頼む!マロンやペンギンと一緒に下がってろっ!」
狼狽えるフィメリアやマロンを背に、我ながら大きな声で指示を飛ばす。
戦力であるテルが奴の攻撃によって動けなくなる程の傷を負わされ、マロンも腔綫銃を失って丸腰になっている以上、こうせざるを得ない。
「でも、それだと貴方が!」
「うるせえ!そうでもしないと、ここで皆仲良くこの怪物に喰われるんだぞ!」
「……っ!……分かったわ。けど無茶はしないで!」
「んな事言ってる暇があるなら、お前はテルの介抱に専念するんだな!」
ぶっきらぼうに言い返すと共に奴の足下まで接近した俺は、早速奴の脚へと斬り掛かった。
だが、奴の身体中を覆う硬い鱗に刃がそう簡単に通る訳がなく、傷を付けるどころか、奴の反撃を許す隙を見せてしまう。
すかさず奴は俺へと狙いを定め、咆哮をあげながら飛び掛かるように襲って来た。
「やっべ……!」
獲物を狩ろうと言わんばかりの目に恐怖とも焦りとも言えないものを感じ、身体がスッと動く。
眼前にまで迫った奴の腕を間一髪の所で避けた俺は、即座に奴の側面へと回り込んで一撃を加えようとするも。
「うおっ⁉︎」
奴はこちらに攻撃する時間を与えず、今度は口から衝撃波を勢いよく俺の方に吐き出してきた。
これも辛うじて避け、凄まじい轟音と共に飛んできた衝撃波は石造りの床に当たったが、床は大きく抉られ、凹んだようになっている。
あれが身体に直撃したら洒落にならない。
そう感じた矢先、今度は天井に巨大な魔法陣が展開され、そこからは次々と鋭利な岩石が降ってきた。
征魔術だ。
「チッ!征魔術まで使ってくるのかよ!」
息吐く間もなく降ってくる岩石を避けるのに精一杯で、反撃の機会は一向に得られない。それどころか、奴の攻勢が強まるばかりだ。
俺が岩石を避けている隙を突いて、先程の衝撃波や大量の泥のようなものを口から立て続けに放ってくる。
自ら進んで牽制役を担ったが、このまま俺だけで奴に対応していると、ロクに手も足も出ないまま喰われかねない。
誰かが奴に攻撃を加えて援護してくれるのならば、話は別だが……!
「……フィメリア!テルの回復はまだか⁉︎」
俺の指示通り、遠くに離れてテルの回復に専念していたフィメリアに、急かすように問う。だが。
「まだ時間が必要!意識も戻らないし……!」
泣き声にも聞こえる彼女のその言葉に、俺は頭を抱えたくなった。
治癒術を以ってしても中々回復しない程の傷を、テルは負わされたようだ。
「くそっ……」
やむを得ないとはいえ、二人からの援護は望めそうにない。
そうとなると──
「マロン!お前、腔綫銃は何処で失くした⁉︎」
僅かな望みに賭け、マロンに訊く。
「こ、このエリアでドラゴンに襲われた時に飛ばされちゃったんだ!その辺りにあるとは思うけど……っ!」
……なるほど。
合流時の惨状やマロンの説明から察するに、俺とフィメリアが合流する前に二人はこの怪物に遭遇してしまった。どうにか奴に抵抗しようとしたのだろう。
だが、奴の攻撃でマロンは腔綫銃を吹き飛ばされて丸腰になってしまい、狙われたのをテルが身を挺して守り重傷を──といったところだろうか。
……二人揃って無茶しやがって。
「……相分かった!回収して渡すまではペンギンと一緒に周りの警戒を怠るなよ!」
「う、うん……!」
不安が露わになっているマロンの返事や、ペンギンの返事代わりの鳴き声が耳にまで届く中、俺は何処かにあるであろう腔綫銃の捜索を始めた。
その間も岩石は魔法陣から降り続け、奴が放つ衝撃波や大量の泥もこちらへと度々迫ってくる。
一瞬の油断が命取りとなる状況だ。
「フィメリア達に被害が及んでないのが、せめてもの救いだな……あった!」
暫くして腔綫銃が床の上に落ちているのが目に入り、すぐさま腔綫銃を回収する。
刀を握っていない左手でそれを強く握り締めては、急いでフィメリア達の所へと舞い戻った。
ここから如何に挽回するか。
「マロン!腔綫銃持ってきたぞ!」
「あ、ありがとうライゴ!」
奴の猛攻が止まない中、攻撃を掻い潜ってマロンのいた場所にまで戻った俺は、急いで彼に腔綫銃を手渡す。
その時、マロンの足下でオロオロしていたペンギンが何かを感じたのか唐突に「にゃっ」と鳴き声を上げた。
「なんかくるーっ!」
「──!お前ら伏せろっ!」
ペンギンの言葉と共にそれが何かを悟った俺は、二人と一匹に指示を出す。その直後。
グウォォォォォォォッ!と奴が大きな咆哮を上げると共に、大量の岩石が俺達を襲った。
「……っ!」
「わぁぁぁぁぁーーっ⁉︎」
「にゃぁぁぁーー!」
鋭利な岩石が、雨の如く降り注ぐ。
それも、避ける暇も逃げる暇もない程に。
そんな中、とてつもない速さで降って来た岩石の一つが、床に伏せる事の出来なかった俺の額を掠った。
それから時間を置かず、左肩や腰に岩石が当たった事による衝撃が走る。
「ぐあっっ‼︎‼︎」
「「ライゴっ!」」
予想以上の痛みに、膝を突いた。
……してやられた。
固まっている所を見事に狙われてしまった。
先日買ったばかりの服が破けていないのは不幸中の幸いだが、俺の額を掠った岩石は右眼の上の部分に傷をつけ、そこからは少しずつ血が流れ出てきていた。
「ぐっ……!」
だが、ここで斃れる訳にはいかない。
痛みに耐えながら何とか立ち上がり、握っていた刀を再び握り直して奴に目線を向ける。
しかし、ここで二人が止めに入ってきた。
「ライゴ!貴方まさか、この状態でドラゴンと戦うつもりなの⁉︎」
「ああ、そうだ」
「危険よ!ここは撤退しないと!」
「そ、そうだよライゴっ!このまま帰らないと、皆やられちゃうよ!帰ろうよ‼︎」
今にも泣きそうな顔になりながら、不安と怒りの籠った声でフィメリアも、マロンも訴えてくる。
確かに二人の言う事は尤もだ。
だが、ここでこいつらに同意して撤退を決め、目的である宝石探しを諦める訳にはいかない。
来た道を引き返して逃げたところで、戦力不足のこの状況では骸骨どもやゴーレムにすら苦戦し、満身創痍になった末に殺られるだろう。運良くそうならなかったとしても、この先にある迷路で立ち往生して帰れなくなる可能性も十分にある。そうなれば一巻の終わりだ。
そもそも、来た道の階段を大球で塞がれ、更には床が壊されて下の階層に落ちている身だ。帰るための道を見つけるのですら困難である以上、撤退したところでその場凌ぎにもならない事は明白である。
このまま奴との戦闘を続行するのも危険だが、撤退するのはそれ以上に危険だ。
「……お断りだ。撤退したところでどうする?帰り道も分からん、いつあの骸骨どもに遭遇するかも分からん。ただでさえ厳しい状況が、更に悪くなるぞ」
「うっ………」
先程、身を以って体験したからか、フィメリアは反論する事なく黙り込んだ。
「で、でもこのままだとマズいよっ!」
「奴に殺られるってか。退いても敵はいるぞ」
「魔物ならまだ何とかなるよ!」
「テルが目覚めないのにか?俺は骸骨どもにかなり苦戦させられた。楽観視はできんぞ」
「でも……!」
一方でマロンは、奴から逃げる事を頑なに譲ろうとしない。
「……おいマロン、いいやファマロンド。お前に一つ訊きたい事がある」
「えっ、な、何さ……」
雰囲気の変化を察したのか、動揺するマロンを横目で睨みつけ。
「お前、わざわざ時間掛けてここまで来たってのに、帰ろうよとはどういうつもりだ」
「だ、だって、このままじゃここで皆やられちゃうんだよ⁉︎逃げなきゃ!命あっての物種だよ⁉︎」
「命あっての物種……か」
そういう事か。
数日前から何故なのかと思っていた事が、ようやく答えに辿り着いた。
周到に準備を行い、それなりに場数を踏んできたであろうマロンが、どうして冒険で成功する事なく失敗を繰り返してきたのか。
それは、ここぞという所で命が惜しくなり逃げる事を選び続けていたからだ。マロン自身の運のなさも失敗続きの一因ではあるが、逃げ続ければ成功する筈がない。
彼の言う「冒険」が、無数の魔物や罠、その他諸々の危険に遭遇し時には命すら奪う、危殆に瀕するものであると理解している筈なんだが──
俺は呆れるようにため息を吐いて、
「確かにそれも一理ある。……だが、それなら冒険なんてやめちまえ」
吐き捨てるように、口にした。
すると、マロンは言うまでもなく、側で体勢を立て直そうとしていたフィメリアも言葉を詰まらせる。
「そんなに命が惜しいのならば、冒険なんてしようとするな!周りの連中に迷惑だ!危険な目に遭いたくないなら、街から出ずに過ごしてろクソガキが!」
「……っ」
俺の背中越しに怒号を浴びせられたマロンは、涙目になりながら悔しそうに歯を食いしばっていた。
数日前にテルに友達がいない事を揶揄われた時より何倍も、辛そうに。
「……それが嫌なら、ここで諦めるな。『お前には無理だ、やめちまえ』と女将さんや周りの連中に言われたくなければ、ここで少しばかり気張ってみろ」
「「えっ……?」」
ここで根性論を持ち出されるとは思ってなかったのか、二人揃って呆然とし、戸惑いを隠せずにいる。
「あの怪物に効くかは知らんが、お前の手元には腔綫銃がある。戦う力がある。俺らもいる。諦めて逃げ帰るにはまだ早いんだよ。それに、宝石が欲しいと思って来たんだろ。目的を達成して、周りに自慢したいんだろ。冒険家を目指す事を認めて欲しいんだろ」
「う、うん……」
「……なら、ここで気概を見せてみろ!」
俺は二人の方に顔を向け、霹靂のように激しく、大きな声で言い放った。
「その通りよー」
「……!」
すると、聴き慣れた気怠げそうな声が聞こえてくる。
気を失い、フィメリアの介抱を受けていたテルが目を覚ましていた。
「「テル⁉︎」」
「ここで逃げたら、わざわざあたしがガキンチョを庇った意味がないじゃない。あたしの柄にもない行動を無駄にしないためにも、逃げずに戦いなさい」
血塗れで、服が切り裂かれてボロボロになっている事を気にもせず、彼女は何事もなかったかのように立ち上がる。
そして。
「ライゴ、あんたまだ動ける?」
「余裕だ。今から反撃するつもりだったからな」
「じゃ、牽制役任せていい?あたしはフィメリアやガキンチョと一緒にあんたのサポートを行いつつ、奴の弱点や攻略方法を探るわ」
「任せとけ」
短く言葉を返し、再び奴の方に目線を向ける。
(あの光景を覆して、生きて帰ってやる)
反撃、開始。




