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因縁のカンフラント 〜鬼天田の異世界戦記〜  作者: 志尚元嗣
第二章 事を為すため歩き候
35/59

Episode 25「不安と、恐怖と、骸骨と」



 気づいた時には、辛うじて物が判別できる程度の暗さの中にいた。


「……っ……身体のそこら中が痛えな……」


 肩や肘、腰など、身体の節々に痛みを感じる。

 先程の状況から考えるに、恐らく崩れた床から遺跡の地下深くに落ち、身体を強打したのだろう。

 身体が動かせない程のものではないが、痛みはすぐに消えそうになかった。


「ったく、運がねーな……」


 つい先刻まで、何事も起こらなかったのがまるで嘘のようだ。


「……ん……っ」


 突如、フィメリアの発したであろう、声とも言えない音が聞こえてくる。

 微かに聞こえた方に顔を向けると、目覚めたばかりなのか、彼女はゆっくりと身体を起こしていた。


「大丈夫か?」


「ライゴ……?……ええ、なんとか」


 少しばかり、弱々しい声で返事が来る。


「大した怪我はなさそうだが、無茶はすんなよ?」


「ええ。そういう貴方こそ。そういえば、テルやマロンの姿が見えないけど……」


 フィメリアの方に顔を向けてすぐに気づいたが、テルやマロン、あとペンギンの姿はこの場になかった。あるのは、俺達と共に上から降ってきたであろう瓦礫のみ。

 自分達がどのような状況に置かれているのかを理解する。


「多分、別の所にでも落ちて分断されちまったな。そうでもなければ、こんな事にはならん」


 あまりにも運がないな、と思う。


「にしても、これはまた面倒な事になったな……」


「ええ。遺跡の構造もよく分からないから、合流するのに時間が掛かりそうね……」


 恐らくテルが近くにいるだろうからマロンやペンギンの身は大丈夫だとは思うが、それでもあいつらが危険に直面する可能性があるのは変わらない。

 一刻も早く、合流しないと。


「だな。……さて、『ウチのバカ息子を頼むよ』と女将さんに言われてるし、あいつらを捜しに行くか」


「ええ」


 目的である宝石探しの前に、分断されて逸れてしまったテルやマロンを捜すことになった。


 ……のだが。




「見事に迷路にハマっちまったな……」


「え、ええ……」




 手当たり次第に捜し始めたものの、何処かで迷路へと入り込み、気づけば迷ってしまっていた。

 聞こえる足音は俺とフィメリアだけのものしかなく、それ以外は足音どころか気配すら感じられない。

 恐らく、すぐには合流できないだろう。

 加えて、マロンのように灯りを持っている訳ではなく、かと言ってテルのように指パッチンで炎を手から出せる訳でもないため、手元にロクな灯りすらない状況にあった。


「……っ」


 そんな中、フィメリアが声にならぬ声を口から漏らす。


「……どうした?」


「なっ、何でもないわ」


 不審に思い問うと、少し動揺したような感じの答えが返ってきた。


「それにしてはどうも落ち着きがねーよな。……あ、もしやとは思うが、暗いのが怖いとかそんなんじゃないよな」


 まさかな、と思いながら口にすると。


「なっ……そ、そんなことない」


 図星と言わんばかりに、フィメリアの歩く足が止まる。

 少し声を震わせ、その背中からは動揺しているのが感じられた。


 ……ちょっと仕掛けてみるか。


「ふーん……なら、一個面白い話をしてやろう。あれは確か親父や姉ちゃんが生きてた頃だったな。ある時、音信湾(おとしなわん)に一隻の大きな南蛮船が漂着してな、それを発見した漁師からの知らせを受けた役人達は、漂着した船の中を捜索したんだが──」


「いやぁぁぁーっ!」


 何の予兆もなく発せられたフィメリアの叫び声に、俺は思わず両耳を塞ぐ。


「おい、いきなりデカい声出すなよ。まだ話の冒頭だぞ?」


「それ以上は言わないでっ!聞きたくないっ!」


 フィメリアは両耳をガッチリと塞いではこちらに顔を向け、今にも泣き出しそうな顔になって訴えてきていた。


 ……うん、これ以上言うのは良くない奴だ。

 これ以上やると、テル達を捜すどころじゃなくなる。


「……悪かったよ。ここからが本題って所だが、ここでこの話はやめだやめ。聞きたくもない話を無理に聞かせる訳にもいかねーし」


 俺が話の続きを口にするのを断念すると、フィメリアは涙目の状態でホッと安堵の息を吐いては、両耳を塞ぐのをやめた。


 この様子からして、こいつは普段の凛とした態度に反して怪談話や悪霊の類は苦手なようだ。

 喚かれても面倒だし、この事は頭の片隅にでも留めておこう。


「……ば、馬鹿にしてるの?」


 俺の目線が気になったのか、そんな事を問うてくる。


「んな訳あるか。人それぞれ得手不得手、好き嫌いがある。それを馬鹿にする気なぞ微塵もねーよ。ま、お前が怪談の類が苦手なのは意外だなとは思ったがな」


「意外って……悪い?」


「いいや、普段の態度からはあまり想像つかねーな、ってだけの話だ。お前、結構しっかりしてるからそういうのはサラッと流すと思ってた」


「えっ……」


 すると、普段は凛とした態度の彼女にしては珍しく、戸惑う様子を見せる。


「えっと、あの、その……」


 彼女が何故か言葉を詰まらせたその時、近くでカランカランと何かの音が聞こえた。


「……何の音だ?」


 気のせいかと思ったが、再びカランカランと何かの音が耳にまで聞こえてくる。

 フィメリアもその音は聞こえたのか、「ひっ」としゃくり上げるような声をあげ、ビクリと身体を震わせて。


「な、何……本当に何の音?」


 声色の隅々から、彼女の不安であろう心境を感じ取れた。

 そしてまたもや、カランカランと得体の知れない、不気味にも思えるような音が聞こえてくる。

 それも、ついさっきよりも大きい。

 何かが近づいて来ていると悟ったのと、その音の正体が発覚したのは、ほぼ同時だった。


「い、いやぁぁぁああああっ!」


 その音を発していた「モノ」の正体が発覚するなり、フィメリアは俺にしがみつくかの如く正面から抱きついてきて。


「……嘘だろ?」


 一方の俺は、恐怖のあまり半泣きになっているフィメリアを引き離す余裕もなく、目の前の光景にただただ絶句する。


「洒落にならんな……こんなとこで怪談話なんてするもんじゃねぇ」



 ふと、つい先程フィメリアに遮られた事で終わった、あの怪談話の続きを思い出す。

 聞いた所、音信(おとしな)に漂着した南蛮船の船員は、皆相果てていたという。

 ボロボロの船内には争った痕や血の痕が散見され、身体が引き千切られていた屍も散見された。

 そして、その中に紛れていた一体の屍は、肉も皮もない、骸骨と化していたのである──



 カランカラン、と不気味な音を立てていたのは、普通に考えたならば物言わぬ筈の、骸骨だった。




──────────────────




 骸骨。

 屍の皮や肉が腐り落ち、骨だけになった存在である。

 常識的に考えれば、喋る事も動く事もない筈のそれが、突如俺とフィメリアの前に現れた。

 それも一体だけではなく、ざっと見る限り十体以上はいる。

 言わずもがな、そんな奴らと戦わなければならないのだが、死霊や悪霊、怪談話の類が苦手だと判明したフィメリアを戦力に数えられる状況ではないため、俺一人で十体以上の骸骨を相手にしなければならなくなった。



 一つ言えるのは、普通に戦えば勝ち目はない。

 初めて見る敵であるため、行動の型も弱点も分からない。どう対応すればいいのか。

 それよりも。


「……おいフィメリア!こいつらはどう倒せばいいんだ⁉︎つか、しがみついてないで離れてくれ!」


「〜〜〜〜っ‼︎」


「くっそ、全然引き剥がせねぇ‼︎」


 今の俺は、目の前の敵に対応できるような状態ではなかった。

 ここでテルがいればと思ったが、この場にいない奴を当てにしてもどうしようもない。


「クソが……!」


 征魔術でも使うか?

 ……いや、ブレイズショートの場合は征魔術の適正がないに等しい俺が使ったところで威力はたかが知れている。

 ラーヴァランスやブラストロードを放とうものなら、火柱や衝撃破で遺跡が崩れて最悪生き埋めだ。


 残弾数の問題から拳銃(ピストル)を使うのは避けたい。使っても効果があるかは分からないし、もし効果がなければ貴重な弾を無駄にする羽目になる。

 この状態のフィメリアに頼るのは愚策そのものが故、彼女に頼るという手はない。


 となると、刀で戦うしか選択肢はない。

 奴らがジリジリと迫って来る以上、何とかしてさっさとフィメリアを引き剥がさねば。


「フィメリア、もう一回言うがさっさと離れろ!死にたいのか⁉︎」


「だって、だって……!」


「だってじゃねーよ!このままだと骸骨共にあっさり()られて、俺もお前も確実にこいつらの仲間入りだぞ!後で幾らでも慰めてやるから、少しの間だけ離れてくれ!」


「……っ!」


 次の瞬間、彼女が俺に抱きつく力を緩めた。

 即座に彼女をスッと引き剥がすと共に、彼女を守るように前へと躍り出る。

 そして、カランカランと音を鳴らしながら骸骨達が近づいてくる中、腰に挿してある愛刀・志剛天賦守(しごうてんぶのかみ)を急いで鞘から引き抜いては。


「さぁ来い骸骨共!何故動けるのかは知らねーが、さっさと土に還りやがれ!」


 刀を構え、骸骨共の方へと向かって駆け出した。


 駆けた勢いそのままに、一番手前にいた骸骨の肋骨目掛けて飛び蹴りを放ち、刀で叩き潰すかのように追撃しては遠くへと吹き飛ばす。

 続々と目前まで向かってきた他の骸骨に対しても、なるべく間隙を入れずに攻撃を仕掛ける。


 斬り込み、蹴り、薙ぎ払い、叩き潰し、吹き飛ばす。


 時折飛んできた反撃をすんでの所で避けながら攻撃を繰り返し、辛うじて奴らを全て倒した頃には、俺の息は絶え絶えだった。


「クソが……。一体何なんだ、この骸骨共は。動かなくなるんじゃなくて砂みたいになって消えるのかよ……。後処理をしなくていいってのと、フィメリアの方に奴らが一体も向かわなかったのが不幸中の幸いだが、こうも苦戦させやがって……」


 情報量が少ないので確定はできないが、普通に考えたら動かないであろう骸骨共がカランカランと不気味に動き、砂みたいになって消えた訳だから、奴らは魔物と考えるべきだろうか。


「こういうのはテルにでも訊くか……。フィメリア、お前無事か?」


 刀を鞘に戻しながら、骸骨共から逃げるように少し離れていたフィメリアの方を見ると、彼女は普段の態度は何処へやら、すっかり怯えて地面に尻を落としてしまっていた。


「う、うん……も、もう……いないわよね……?」


 ひっく、ひっくと一定の間隔で嗚咽しながらそう口にしたフィメリアは、目に大粒の涙を浮かべては不安そうに俺を見つめてくる。

 その表情からは、彼女の年頃の少女としての「素」が見えた気がした。

 俺は彼女の所にまで、何歩か歩き。


「ああ。だが、テル達がああいうのに襲われるかもしれねーからチンタラとしてる暇はねーぞ。……と言いたい所だが、その様子じゃ今すぐ移動するのは厳しそうだな……」


 恐怖と不安に襲われるあまり、彼女は顔色を悪くし、脚を震わせ、戦意を完全に喪失していた。


「ご、ごめんなさい……」


「ったく、謝る事じゃねーよ。苦手なものである以上はしょうがないだろ。ま、護衛役が護衛される側に守られてるのは何とも滑稽な話だがな」


「うっ……。確かに、護衛失格だわ……っ」


 俺の何気ない一言が落ち込んでいた彼女に追い討ちを掛けてしまったのか、彼女は言葉を詰まらせ、俯く。


 護衛すべき者を守るどころか、自らの醜態を晒してしまった訳だから、騎士や軍人としての矜持が傷つくのも無理はないが──


「ともかく、お前も俺も目立った怪我はなかった。今はそれでいいだろ」


「え、ええ……」


 緊張の糸が解けたのか、短く同意の言葉を返しては涙を溢したフィメリアに対し、俺は軽く笑みを浮かべた。




──────────────────




 不測の事態こそあったものの、俺とフィメリアは逸れたテル達の捜索と、迷路からの脱出を再開した。

 だが。


「おいフィメリア」


「……な、何?」


「お前が死霊や悪霊、怪談話の類が苦手なのはよーく分かった。けど、大概離れてくれ。歩き難いだろ」


「嫌」


 骸骨共が出てきてからというものの、フィメリアは俺の左腕をガッチリと組んできて一向に離れようとしなくなってしまった。お陰で歩き難い。


「これはまた即答だな……。……もう勝手にしろ。ただ、またああいうのが出てきた時は嫌でも離れろよ。さもないと、何度も言うが俺もお前もあいつらの仲間入りだからな」


「わかったわ……」


 そこは納得するのかよ。まぁそうしなければ、ロクに身動き取れずに死ぬ羽目になるし。


「にしても、あいつら一向に見つからねーな」


「え、ええ……わたしとしては早く合流したいのだけれど……」


「気持ちは分かるが仕方ないだろ。あいつらがどの辺りにいるのか、手がかりも──」


 ねーし、と言おうとした瞬間、何かがぶつかったような音が何処からか聞こえてきた。

 一瞬、フィメリアの俺の腕を掴む力が強くなる。


「何の音だ……いや、この状況で俺ら以外の音の発生源なんて限られてる!」


 もしかしたら、「予知」で見たドラゴンとやらがテル達の前に現れたのかもしれない。

 となると、このままゆっくりと歩いている訳にもいかない。


「多分テル達はそう遠くない所にいる!フィメリア、行くぞ!」


 相変わらず俺の左腕を組んだままのフィメリアを無理矢理引き剥がしては、彼女の右腕を強引に掴む。


「ちょっ、ちょっと待って!」


「待ってもクソもあるか!テル達がヤバい状況になってるかもしれねーんだぞ!急ぐぞ!」


 戸惑いを隠せずにいるフィメリアを引っ張り、嫌でも走らせる。

 彼女の腕を掴みながら、俺は音の聞こえた方にまで駆けた。


 そして。


「テル!マロン!お前ら生きて──っ!」



 ようやく二人とペンギンを見つけるが、言葉が詰まった。



「……マジか」


 これまで長々と続いていた迷路を抜けた先に出た、広い空間。


 そこには、服がズタズタに破けて血と傷まみれになって動けなくなっていたテルと、腔綫銃(ライフル)を何処かで失ったのか、丸腰同然の状態になっているマロンと怯え切ったペンギンがいた。


「ラ、ライゴ!それにフィメリアっ!い、生きてるけど、今はこの通りだよ……!」


「なっ、何があったの⁉︎」


 フィメリアは慌ててマロンの近くに駆け寄り、満身創痍のテルを抱きかかえては問う。


「このエリアに入った途端、ゾンビとスケルトンの群れに遭遇したんだ!群れはテルが一瞬で倒してくれたから良かったけど、その後にあの奥から現れたあのドラゴンが襲ってきて……!」


 マロンの指さした方向に目を向けると、蛇の尾に魚の鱗、蝙蝠のような飛膜の翼に長い首、そして鋭い爪や牙を持つ奇妙な大型の怪物が、唸り声を上げながらこちらを睨んでいた。



「──こいつか」



 あの時見えた「予知」に出た、ドラゴンなる怪物。

 対峙の時が、遂に来た。



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