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因縁のカンフラント 〜鬼天田の異世界戦記〜  作者: 志尚元嗣
第二章 事を為すため歩き候
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第二章幕間「乙女談合」

これは疲れ切ったライゴが熟睡している間の、フィメリア視点の話です。


顔見知り程度の関係でしかないテルと彼女は、一体どんな話をするのか──。



 キャルム砦から忽然と消えたライゴやブランチディカ術士を追うように上から命じられ、ようやく二人と合流した日の夜。

 彼らの泊まっていた民宿カラハの一室で、わたしはブランチディカ術士と共に夕食後の休息に入っていた。



「ふぅ……」


 今日も一日やり遂げた、と口にする代わりに息を吐いては、ベッドに腰を下ろす。

 すると、ブランチディカ術士は寝転びながらこちらをジッと見つめてきた。


「あの……どうかしました?」


 何か意図があるかもしれない、と思い問う。


「どうもしないわよー?ただ、あんたの隣で寝るとは考えもしなかったわー。昨日や一昨日はライゴの隣で寝たし」


 そう口にして、ブランチディカ術士は寝返りを打ってわたしから顔を背けた。


「ライゴの隣……って事はまさか、このベッドは昨日彼が⁉︎」


 反射的にベッドから立ち上がり、無意識のうちにそれを見つめてしまう。


「そ。まぁシーツやカバーは取り替えられてるからライゴの匂いなんて一切しないでしょうけどねー」


「ライゴの匂い……って、ブランチディカ術士は何を破廉恥な事言ってるんですか!」


「何をって、あいつからは時折ほんのり良い香りがするのよ。今日の朝、大衆浴場に向かう途中で『香水でも付けてる?』って聞いたら『特に何も付けてねーぞ?』って言われちゃったんだけどねー」


 返す言葉が見当たらず、何かモヤモヤとしたものを感じずにはいられなかった。

 とにかく落ち着こうとベッドに腰を下ろし直したところで、ブランチディカ術士は訊いてくる。


「そういや、あいつはもう寝たの?」


「は、はい。かなり疲れていたのか、夕食も食べずにそのまま」


 「また起きた時に食う」とは言っていたものの、彼の身体に積もり積もったであろう疲労を考えると二、三時間後に起きて夜食を摂るとは思い難い。

 恐らく、明日の朝までぐっすりと深い眠りについているだろう。


「ふーん……。ま、ほんの数日前まで戦場にいた訳だし、殆どゆっくりできなかったしねー。仕方ないわよ。幸いにも明日は久々にゆっくりできるし、あたしは朝から晩までここでぐうたらしてようかしら」


「ぐ、ぐうたら……ですか。……あの、ブランチディカ術士はライゴと接してきて何か感じましたか?」


 話を変え、一度訊いてみようと思っていた事を訊いてみる。


「何かって……これはまた唐突ねー。……というか、わざわざ堅苦しく敬語を使わなくて良いわよ」


「えっ、ですが」


「今、ここにいるのはあくまでもテル=ブランチディカ一個人であって、帝国軍直属の征魔術士じゃないわ。だから遠慮は要らない。ライゴと接するのと同じようにテルと呼んで接して貰って結構よー」


 むくりと怠そうに身体を起こし、胡座をかいたブランチディカ術士は、そう口にしてまたもやこちらを見てきた。

 彼女から無言の圧力が掛けられる。


 どうしよう。

 このまま(へりくだ)るべきか、術士の言葉を聞き入れるべきか。

 少しばかり、沈黙して考える。


「……分かりました。じゃあ訊くけれど、テルはライゴと接して何か感じた?」


 術士の言葉を聞いて、わたしはタメ口に切り替える事にした。

 当分の間は仲間として一緒に行動する以上、ある程度は打ち解けておく必要があるだろうし、気難しいと言われている彼女から妙な所で怒りを買えば何かと面倒だからだ。


 ブランチディカ術士──テルはわたしの問いに対し、少しの間沈黙して。


「うーん……特に何も。つか、なんでそんな事をあたしに訊くの?」


「貴女なら何か彼について分かるかなと思って。ライゴも貴女には信頼を寄せてるみたいだし」


 わたしの答えに、彼女はほんの一瞬眉を潜ませ。


「ふーん……。あいつの話を聞いてて変わってるなーと思ったところは幾つかあったけど、あいつ自身の人柄とかはさして気にならなかったわよー?」


「変わっているところと言うと?」


「そうねー……戦乙女(ヴァリキュリー)との戦いの件とか、あいつの前歴とか。『戦闘経験がある』って言うから護衛として連れて行ったのに、あいつはそれ以上の戦果を残してきたからねー。流石に驚いたわ」


 確かにそうだ。

 聞く限りでは、彼は天下の戦乙女を一騎討ちで打ち破り、結果的に砦に向かって来ていたガルザンディラス軍を撤退に追い込ませている。

 一方、彼がその戦いで負ったのは頬に負った擦り傷のみ。戦乙女と長時間戦ったにも関わらず、だ。


 彼が帝国軍の将校であったならば「戦乙女を打ち破った帝国の勇士」と帝国中から賞賛されて済む話だが、彼は何者かもハッキリしない葦原人(あしはらじん)

 言わば外部の人間──それも、カンフラントとは無縁だった異国の人間だ。

 気になるどころか、怪しいと思われて当然だ。


「これはあくまであたしの考察なんだけど、あいつは元いた国ではそれなりに名の知られた、優秀な軍人だったんじゃない?」


「──!」


 思わずハッとする。

 名の知られた優秀な軍人。

 そう考えたら、天下の戦乙女と言われた相手を打ち負かしたというのもある程度納得がいく。

 となると、以前の調査で得た「高家の出身である事が窺える」という情報は一体どうなるのか。

 もう少し明確な情報が欲しい。


「……それについて、ライゴは何か言ってた?」


「あー……そういや何か言ってたわねー。ソエス橋に進軍してる途中の話だったから、あいつが何言ってたかはあんま憶えてないわ」


「うーん……」


 流石にこれ以上の情報を得るのは無理か。

 ……となると、やはり本人に訊くしかない。すんなり答えてくれるとは思えないが。


「あいつが軍人だったにせよ、そうじゃなかったにせよ、敵に回さなくて良かったと思うわー。もしあいつが何らかの経緯でガルザンディラス側にいたら、今頃あたし達は首チョンパされて死んでる。ま、あいつがあの場にいないだけであたし達はガルザンディラス軍にやられて同じオチを辿るだけなんでしょうけどね」


 テルは縁起でもない事を呟いては、再び寝転んだ。


「た、確かに……」


 とはいえ、彼女の言う通りだ。

 もしあの時、彼が何らかの経緯で敵側にいたならば。

 もしあの時、彼が砦にいなければ。

 きっとわたし達は今頃、この場にはいないだろう。



 一度ソルディアを引き渡すよう言った際、それを拒否した彼から感じたあのオーラ(・・・・・)からしても、彼を敵に回してはいけないという事は明らかだった。

 あの時明確に向けられた、わたしへの怒り。その中からほんのりと感じられた、わたしへの殺意。

 そしてそれまでの彼からは全く感じられなかった、(おぞ)ましい雰囲気。

 軍人だったか否かは別として……彼が敵ではなくて、本当に良かったと思う。

 もし敵対関係だったならと思うと、洒落にならない。



「ま、あいつと利害関係が一致している以上は敵対関係にはならないでしょうし、心配する必要はないわねー。あ、そうだ」


 何を思い立ったのか、テルは起き上がってはベッドから降り、その傍に置いてあった荷物を漁り始める。


「そういや、あんたも明後日からのガキンチョの遺跡探検に同行するんでしょ?」


「え、ええ。ライゴに『お前も同行して貰う』とは言われたけど……」


「なるほどねー。じゃあこれを装備しておきなさい。あたし達三人が持っててあんたが持ってないのもなんか変だし」


 荷物の中から何かを取り出したテルは、すぐさまわたしにそれ(・・)を押し付けるかのように渡してきた。



「これは……ソルディア?」



 水色を基調とした本体と、所々に刻まれている黄色い線、そして本体の中央部に嵌め込まれた蒼い宝石を一目見て、特殊兵器・ソルディアだと認識する。

 ブレスレット型なのかアンクレット型なのか、一目見ただけでは区別のつかないようなこのソルディアは、ライゴの物と比べるとかなり小さかったが、それでもかなり重く感じた。


「そ。セラム公の屋敷でガキンチョに預けたソルディア同様、今回の戦役の報酬の一つとして貰ってきたものよー。夕飯食った後にざっくり調べたけど、それはアンクレット型で水属性を司るソルディア。ソルディア名は『シルラード』。あんたなら使いこなせるでしょうし、折角だから持っておきなさい。時々調査のため回収するし、あんたがあたしと関わる必要がなくなったら返して貰うけどねー」


「は、はぁ……分かったわ」


 わたしが急な展開について行けずにいる中、一方のテルは「あー、だるー……」と口にしてはまたもや横になった。


「もう遅いし、そろそろランプの火を消して寝るわよー」


「え、ええ」


 テルに促され、わたしは寝るために軍服の上着を脱ぎ、それを近くにあったテーブルの上に置いた。

 そして、眠りにつくためブーツを脱いではベッドで横になる。


「じゃあランプの火を消すわよー。おやすみー」


「ええ、おやすみなさい」


 掛け布団を被り寝ようとすると、テルが最後に頼んできた。


「悪いけど、明日目が覚めた時、起こして頂戴」


「えっ、ええ。分かったわ」


「じゃあ明日よろしくー」


「……?」


 この時、わたしは知らなかった。

 彼女の寝相があまりにも悪い事を。




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