Episode 22「監視者との合流」
「……なんでここにいるんだよ、フィメリア」
当分は会わないと思っていた彼女との再会に、心の奥で様々な感情が渦巻いてくる。
「なんでって、騎士団の面々にロクに何も言わずに伝言だけ残して、逃げ出すかのように砦を出て行った貴方に伝えなきゃいけない事があるからよ」
「……は?伝える事?」
「ええ。実は──」
彼女がそこまで口にした所で、俺は言葉の続きを遮るように右腕を前に出し。
「ちょっと待て。周りの目線が気になるから場所を変えるぞ」
黒髪赤目の葦原人、帝国軍の将校、騎士団の小隊長が一堂に会しているこの状況は幾ら何でもマズい。あまりにも目立ち過ぎる。
これだと俺の隣にいるマロンにも迷惑を掛ける上、何よりも周りからの視線が気になる。
「……わ、分かったわ。何処に移動する?」
「とりあえず泊まってる宿の辺りまで行く。二人もそれで良いよな?」
「いいわよー。つかそれ以外ないでしょ」
「ボクも別にいいんだけど、そのお姉さんはライゴの知り合い……なんだよね?」
フィメリアと面識のあるテルはともかく、彼女と初対面のマロンは少しばかり戸惑う様子を見せる。
「そうだな。どういう訳か執念いくらいに俺はこいつに追っかけられてる」
「えっ、つまりこの人は……ストーカー?」
「そうそう」
「なっ……出鱈目な事を言わないで!……というか、その子は誰?」
今度はフィメリアがマロンの事を問うてくる。
「ん?こいつはマロン。俺とテルの泊まってる宿の一人息子だ。訳あって一緒に行動してる」
「ボクはファマロンド=カリアス。よろしくね、お姉さん」
「え、ええ。よろしくね。……と、とりあえず、移動しましょうか」
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所変わって、宿の前。
「やっと帰って来たよ〜……。それじゃライゴ、先に戻ってるよ!」
「おう」
ひとまずマロンと別れ、俺とテル、フィメリアの三人だけになる。
そして、周りに誰もいない事を確認した上で中断した話を切り出した。
「……で、何用でわざわざ追って来た?」
俺の問いに、フィメリアは凛とした態度で答える。
「単刀直入に言うなら、貴方の監視よ。ただでさえ得体の知れない貴方が砦で色々していたから、グランスタリア隊長をはじめ、あの場にいた騎士団の面々は貴方を危険視したのよ。『あれを野放しにしておいたら不味い』って」
マジか。
まぁ、何処の馬の骨かも分からん奴が盛大に暴れて敵の大将を一騎討ちで破ってる以上、当然と言えば当然だが。
「けど、一方で隊長は貴方を騎士団に引き抜けるのなら引き抜こうと考えてるみたい。わたしは監視だけじゃなく、貴方の護衛も命じられたわ」
「勧誘……か」
つい先程、公爵から帝国軍への勧誘を丁重に断ってきたばかりだぞ俺。
「悪いが、俺は騎士団に入る気は微塵もないぞ?ついさっきもセラムの公爵殿下から帝国軍に勧誘されたが、それも断ってきたし」
「即座に断ってたもんねー。ちなみに殿下はあの場ではずーっと無表情だったけど、かなり落胆されてたわよー。ま、あたしとしてはライゴが帝国軍に入らなくて、ある意味良かったんだけど」
「……それに、騎士団に入るにはサメリア教徒とかじゃないといけねーんだろ?」
「ええ。教団の行事にも参加して貰う事になるから、余程の理由がない限りは改宗しなければいけないわ」
「それなら尚更無理だな。生憎にも、先祖代々八百万の神々と杣森神社に祀られている氏神を信仰してる身だ。あぁ、あと仏教の禅定宗も。てな訳でグラン何とか隊長には無理だと伝えといてくれ」
俺自身、神仏に対しての信仰度はそこまで高くない。ぶっちゃけ「先祖代々信仰してきたから、その流れで俺も信仰している」ぐらいのものである。
だが、その信仰を棄ててまで俺がサメリア教徒になる利点があるとは思わない。そもそも、サメリア教について俺は何も知らないも同然なのだ。
しかも、叔父や従兄弟は神官、叔母や従姉妹は巫女、腹違いの兄は禅僧且つ寺の住職といった具合に、身内に神仏関係者がかなり多い。もし改宗すれば彼らの離反は免れまい。
「そ、そう……。ともかく、監視と護衛のためにわたしは貴方を追って来たから、くれぐれも下手な真似はしない事。いい?」
「拒否権ねーんだろ?」
「ええ。決定事項だから」
思わず、ため息が出てくる。
「だろうな……。とりあえず、当分はまた宜しく頼むわ」
「ええ、よろしくね。それはそうと、あの子とはどういう訳で一緒にいたの?」
あの子──マロンの事か。
「どういう訳……ねぇ。この街に向かう途上、あいつが狼の群れに襲われてたのを助けた。で、この街まで一緒に行って、あいつの実家がこの民宿だからその縁で泊まってる。そして何やかんやで近いうちにあいつの趣味の遺跡探索について行く事になってる」
これまでの顛末を知る由もないフィメリアは、当然のように首を傾げる。
「遺跡探索?それはどうして?」
どうして、か。
単純に興味が湧いたというのもあるが、一番の目的はマロンとペンギンが遺跡でドラゴンに喰われるという「予知」を現実にしないため、だ。
キャルム砦の一件の事も考えれば、あの「予知」が起こり得る可能性は十分にある。
「あいつの話を聞いていて興味が湧いたってだけだ。だからあと数日はこの近辺に留まるだろうな」
「そう……。その遺跡探索にはブランチディカ術士も同行するの?」
「ああ。だよな、テル」
「ええ。一応ライゴはあたしの護衛として同行してるしねー。そりゃ同行するわよ。それに……まぁこれは言わなくて良いか」
テルが最後、口を噤む。
恐らく、俺を通して見た「予知」についての事を言おうとしたのだろう。俺もよく理解していない現象の事を生真面目なフィメリアに言った所で、彼女が信じるとは考え難い。
彼女が俺を通して「予知」を見るような事が起こるまでは、黙っておいた方が良いだろう。
「……だそうだ。てな訳で近々遺跡探索に行くから、従ってお前にも同行して貰う事になる」
「それはいいけれど……その本人は許可してくれるの?」
「多分大丈夫だろ。多少戸惑うかもしれないけどな」
ペンギンを連れて遺跡探検に行く程、冒険しに行く仲間がいなかった奴だ、二つ返事で了承してくれる筈。
「そういやお前、戦場で着ていた鎧とか、率いていた部下はどうした?」
ふと思った事をこの際訊いておく。
「鎧と槍は重いし、荷物になるといけないから部下に預けて来たわ。そしてその部下もグランスタリア隊長の指揮下にある。今わたしの手元にあるのは着ている服とその予備、必要最低限の食料と水、あとは投げナイフくらいよ」
「乗ってた白馬もか?」
「ええ。ランスロットはあくまでも騎士団所有の馬だから」
という事は、移動は紅蓮とテルの乗ってきた馬に頼るしかないのか。まぁ仕方ない。
「なるほどな。……大概宿の中に戻るか。マロンも退屈してるだろうし」
キリの良さそうな所で話を切り上げ、俺達は宿へと戻った。
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昼食後。
俺達は再び外に出、商店街にある服屋へと向かった。
俺は小袖に袴姿、一方のテルは帝国軍の軍服姿であるが故である。
言わずもがな、冒険という名の遺跡探索には不向きな服装だ。特に俺の小袖に袴姿。
それに加え、周りの目という問題も抱えている。
異国人呼ばわりされている俺の場合は、考えずとも分かるように特異な目で見られるし、テルの場合は帝国軍関係者である事が一目で分かるため、一般人から畏怖されかねない。
マロンに迷惑をかけないためにも、俺とテルは冒険という名の遺跡探索のため、衣替えをする事に決めた。
しかし──
「何が何だかさっぱり分からん……」
見た事もないような服の数々に、俺は戸惑いを隠し切れなかった。
「だからさ、一目見てこれだっ!って思うのを選べば良いんだって!」
店に入ってから暫くが経っても中々買う服を決められずにいる俺に対し、マロンは業を煮やしながら言ってくる。
「それができたら苦労しねーよ……」
どれを選んだら良いのか、さっぱり分からない。
出自と立場故にこういう経験が一つもなかったのも大きいが、それ以上に葦原にある服と目の前にあるこれらが大いに違い過ぎて、正直困惑するしかない。
「えぇーっ……ほらもう、テルもフィメリアも来ちゃったじゃん!」
「あ、マジか」
色々と考えてるうちに、別行動している二人が合流してしまった。
「そっちはどう?決まった?」
「全然だよ……ライゴがずっと悩んで決めないから、何の進展もないよ」
「そう……ライゴ、何処で悩んでるの?」
フィメリアは腰を下ろして考えていた俺の方に目を向け、問うてくる。
「強いて言うなら全部。服の種類の段階から訳が分からん」
「ぜ、全部……。なら、わたしとマロンが貴方のイメージに合いそうなものを見繕って持ってくるから、それに貴方の意見を加えて試行錯誤していくわ。それでいい?」
「俺の意見?」
「ええ。『服が小さいからもう少し大きいのが良い』とか『この色やデザインが気に食わないから別のものはないか』とか。これから長い間着る服だし、わたし達のセンスだけじゃなく、貴方自身の好みや感覚もちゃんと反映させた方がいいでしょう?」
確かにそうだ。
フィメリアとマロンに丸投げしても別に構わないが、かと言って彼らの選ぶ服が俺が長く着たいと思える服であるとは限らないしな。
「まぁな。じゃあ、頼んで良いか?」
「勿論。わたし達が見繕ってくる間、貴方はブランチディカ術士と一緒に待機してて」
「ああ」
「それじゃあマロン、ライゴに合いそうな服を探しましょうか」
「うん!とにかく探してくる!」
そう口々にして意気軒昂に服を見繕いに行った二人と対象に、二人の背を見たテルは呆れるかのようにため息を吐いた。
「どうした?疲れたのか?」
「……まぁね。結構あの娘に振り回されたわー……。なーんかこの後、面倒な展開になる気がする……」
如何にも怠そうに、彼女は答えを返した。
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テルの予感は、見事なまでに的中した。
買う服を決めるため、俺はフィメリアとマロンの着せ替え人形と化し、それだけで軽く二刻は費やした。
ようやく服を買い終わったと思えば、二人揃って「何かが足りない」と言い出し、靴やら装飾品やらを買いに連れ回され、ついでに大量の荷物も持たされる始末。
ヘトヘトになって宿に戻る頃には、すっかり陽が暮れてしまっていた。
「もう動けねぇ……まだ飯も食ってねーのに……」
部屋の寝床に顔を埋めては、屍の如く指一つ動かなくなる。
全身が怠い。何かが乗っかっているかのように身体が重い。
歩き過ぎて脚も痛い。
疲労という疲労が、俺を襲ってくる。
「お疲れ様。遺跡に行くのは明後日らしいから、明日一日はしっかり静養して」
「それはどうも……そういやかなりの量買ってたが、一体何をどれだけ買ったんだ?」
うつ伏せの状態から半回転し、仰向けになってフィメリアに訊く。
「えっと……服屋だけでコートが一着、中に着るシャツが三枚、ジーンズが同じく三枚、パンツは四枚、ソックスも四組買ったわ。その後靴屋で金属製のブーツと革靴を一足ずつ、雑貨屋で指抜きグローブを二双、ズボン用のベルトを二本、貴方の剣の鞘を固定するためのベルトも一本。あと、貴方の持ってた拳銃とかいう物をしまうためのケースをマロンが作るとかでそれの材料も買って、総額1257レイム38カレンシ。ブランチディカ術士の分の服も含めるとあと少し跳ね上がるわね」
「一千二百……その額は多い方なのか?」
「まぁそれなりには。贅沢さえしなければ一ヶ月弱は朝・昼・夜と、安定した食事と寝起きする場所を確保できるわ」
マジか。
それだけの金を僅か数刻のうちに使っちまったのか俺達は。
「かなりお金を使った分、動きやすくて高機能のものを揃えられたから、結果的には良い買い物をしたと思う。特にコートは防水や防火、更には防刃の機能を備えてるレアな代物だから、後々何らかの形で役に立つと思うわ」
「ふーん……そうか。そりゃ金掛かって当然か」
「お、思いの外、反応が薄いわね……。てっきり『凄えな』とか『マジで⁉︎』とか言うと思ってたのだけれど」
「普段なら言うかもしれんが、今は疲れの方が勝ってるからな……とはいえ、わざわざどうも。マロンの奴にもありがとうと礼を言っといてくれ」
「ええ、勿論。そういえばそろそろ夕食だけど、動けそう?」
「……無理だな。悪いがこのままちょっと寝る。飯はまた起きた時に食うわ、おやすみ」
「分かった。それでは、おやすみなさい」
「ああ……」
溜まりに溜まった疲れに誘われるかの如く、俺は瞼を閉じて眠りに落ちた──
「……良い夢を」
眠気で意識が朦朧としていく中、フィメリアの透き通った声を聞きながら。




