Episode 20「ファマロンド=カリアスに友はいるのか」
頭痛と幻聴に腹立たしさを覚えながら眠りについた、翌朝。
目を覚ました俺はむくりと起き上がり、欠伸をしては軽く伸びをする。
「……っ、朝か……。テルの奴は何処行った?」
ふとテルの寝床を見ると、彼女はそこにいなかった。
「もう起きたのか……って、ん?」
草履を履こうと思い足を下ろそうとすると、そこには見覚えのある少女の姿が──
「……って、おいテル!お前、なんでこんな所で寝てるんだ!起きろっ!」
どうやら寝てる途中で落ちてしまったのか、彼女は床ですやすやと寝息を立てていた。
「んー……あれ……?誰かと思えばライゴか……もしや今、朝?」
「ああそうだよ。にしてもお前、クッソ寝相悪いな」
「寝相……あー、またベッドから落ちてるわ……。見ての通り、結構寝相悪い方なのよあたし」
寝起きでまだ半分寝ぼけているテルは、目を擦っては身体を起こす。
「とりあえず寝床から落ちないように気をつけろよ。服も埃ついちまってるし、何より怪我したら洒落にならんからな。埃落としたらさっさと飯行くぞ。その後は大衆浴場に行って風呂だ風呂」
「んー……分かったわ……」
俺と同じく大きな欠伸をしたテルを連れ、部屋を出て一階へと降りては食堂へと向かう。
その途中、足下で奇妙で間抜けな鳴き声が聞こえた。
「ぷぎょっ」
「ん?……なんだこれ」
足下を見ると、人の足の大きさもない程の小動物が転けたのかして倒れているのが視界に入ってくる。
興味本位で小さな手を摘み、持ち上げてみると、そいつは「にゃ〜〜」と猫のような鳴き声をあげた。
「こいつ、あの時の小動物だ……」
先日見た「予知」にマロンと共に出てきた小動物とそっくり、どころか同一の個体だろう。
こいつは、かなり前に南蛮商人から貰った図鑑に載っていた、ペンギンなる動物の子供によく似ている。
小動物と言うのも面倒だし、以後ペンギンと呼ぼう。
「にゃぁぁぁ〜〜……」
またもや、ペンギンが猫のような鳴き声をあげる。
「なぁテル、こいつは何なんだ?」
「そいつは前も言ったけど、マリモ族の子供よー。多分ここでペットとして飼われてるんじゃない?」
「ペット……ねぇ」
ここで飼われているなら、何故あの『予知』に出てきてドラゴンに喰われた?
何故マロンと一緒に行動していたんだ?
新たな疑問が湧いてくる。
「とりあえず飯よ飯。ボーッとしてないでさっさと行くわよー」
「分かったよ。……一応こいつも連れてくか」
掌に載せてもあまり重さを感じないペンギンの手を摘むように掴んでは、止めていた足を動かして食堂に入った。
「あ!ライゴもテルもおはよう」
すると、朝食を摂っていたマロンが俺達に気づき、朝の挨拶をしてくる。
「おはよー……」
「おう、おはようさん」
「で、なんでライゴはオヤマを手に持ってるのさ」
「……うん?ああ、このペンギンか。廊下でぶっ倒れてたから連れてきた」
「ぺ、ペンギンって……。と言うかライゴのその持ち方だと、連れてきたって言うより持ってきたに近いんだけど……」
マロンがそう指摘すると共に、ペンギンは「はなしてー」と弱々しく声をあげた。
「すまんすまん。……ってこのペンギン今喋ったぞ」
俺の聞き間違いでなければ、今こいつは「離して」と言った。俺の聞き間違いでなければ。
「おろしてー、ゆかにおろしてー」
うん、喋った。マジで喋った。
それはともかく、俺に掴まれて宙ぶらりんになっているこいつをそろそろ自由の身にしてやろう。
「へいへい、ほら」
希望通り、床に下ろしてペンギンを解放する。宙ぶらりんの状態から自由の身となったペンギンは、よちよちと女将さんの方へと歩いていった。
「なぁマロン、あれはお前のところの奴か?」
食事の手を止めていたマロンの隣の席に座っては、彼に問う。
「うん。名前はオヤマ、七歳のオスのマリモ族だよ。ちっちゃい頃から一緒にいるんだ。冒険に行く時も一緒に行く、相棒みたいなものだね」
「相棒……ねぇ。ガキンチョ、あんたもしかして友達いない?」
突如、容赦のない言葉を口にするテル。
その発言に俺やマロンは言うまでもなく、女将さんまでもが凍りついた。
「そ、そんな事ないよ!とっ、友達くらいいるさ!」
図星なのか、必死になって否定するマロンだが、その顔に焦りが現れているのは誰が見ても明らかである。
「本当にー?」
「本当だよ!」
「嘘偽りなく?」
「な、なんで嘘吐かなきゃいけないのさ!」
「その割に目が泳いでるけどー?」
「……オ、オヨイデナイヨ」
「泳いでる泳いでる。つまり、友達いないって事でいいのかしらー?」
何処かで見た事のあるやり取りだなと思う中、テルの質問攻めにマロンは焦るあまり顔を強張せ、目を左右に泳がせて。
「うわぁぁぁーーーっ!友達くらいいるもん!放っといてよーーっ!」
いきなり叫び出したと思えば、朝食がまだ残っているにも関わらず、かなりの速さで食堂どころか宿から飛び出して行ってしまった。
「こらマロン!サラダだけ食わずに逃げるんじゃないよ!……ったく、あのバカ息子は逃げ足だけは大したもんだよ。オヤマも、そう思うだろう?」
「にゃー」
マロンがいなくなり一気に静まり返った食堂で、女将さんが深いため息を吐いた。
ペンギンが同意するかの如く、猫のような鳴き声をあげる中、女将さんに釣られるように俺もため息が出てくる。
「おいテル、お前も大人気ないぞ」
「分かってるわよー。あのガキンチョに友達がいないのを良い事に、遺跡探検に同行できるようにしようと思ったんだけど、これまた見事に逃げられたわねー」
「そりゃそうだ、あんな事を言えば逃げ出したくなるだろ。流石にやり過ぎだ、もう少し言葉を選べ」
テルとしては、あそこから遺跡探索の件に持っていきたかったんだろうが、十二歳の少年の心を抉る事を言うのは幾ら何でもマズいだろう。
「……はいはい。次からは気をつけるわよー。女将さん、こんな事の後で聞くのはちょっとあれだけど、ガキンチョに友達いないのは本当?」
言葉を選べと言った直後に、直球過ぎる発言してやがるぞこいつ。
「まぁ本当だね。近所に歳の近い子供は少ないし、時折家業も手伝って貰ってるから、歳の近い子供との接点も少ないしねぇ。ま、あの子に友達がいない主な原因は余計な事を言って周りから顰蹙買っちまったり、叱られたら当分ウジウジしてたりする所があるからなんだけどね……。その上、ギルドの活動やら冒険やらで家をちょくちょく開けてるもんだから、親としては情けない限りさ」
「ま、冒険家ってのがもう時代遅れだしねー」
女将さんは頷く。
「そうだねぇ……十数年前まではまだいたんだけど、今となっては殆ど冒険家は残ってないし。おばちゃんもあの子が冒険に失敗して帰って来る度に、大概にしておきなって言うんだけど、あのバカ息子は無駄に諦めが悪いから聞く耳も持たないんだよ。『今回は駄目だったけど次はいける』って。ついさっきも『近いうちにまた冒険行ってくる』って言ってたから、困ったもんだよ」
「なるほどねー……」
眉を潜ませ、黙り込むテル。
こうとなると、マロンを遺跡探索に行かせない、という手を取る事は不可能という事だ。
「ま、そんなバカ息子の事はひとまず放っておいて二人とも朝食を食べな。何も持たずに出て行ったから、そのうち戻って来るだろうし。帰ってきたら食事を残して家を出ていった事も含めて一発ブン殴るよ」
うわぁ、怖ぇ。
「じゃあお言葉に甘えてそうするわー。あたしBセットで。ライゴ、あんたは朝飯どれにする?」
「……お前のと同じで」
面倒臭えと心の何処かで思いながら、俺はその日の朝食を決めた。
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「悪いなテル、待たせちまって」
朝食後に向かった大衆浴場で暫く振りに汗を流した俺は、退屈そうに入り口で待っていたテルに謝った。
「本当にねー。あんた出て来るの遅過ぎ……って、服の隙間から見えるその腹筋ヤバいんだけど」
「そうか?」
テルにそう言われ、即座に言葉を返す。
「そうよー。男の割に身長小さいくせに、腹筋やら腕やらちゃーんと筋肉付いてんのね」
「小さい言うな。これでもあちら側では身長デカい方だぞ」
確か、葦原の人間の平均身長は男で五尺三寸、女で五尺そこらだった筈。
五尺八寸ある俺は、それなりにデカい筈なんだが。
「へー……念のために訊くけど、親御さんの身長はどんくらい?」
「確か……俺の親父はお前よりも一回り小さかったぞ」
親父の事を思い出しながらそう言うと、テルは予想だにしなかったのか、目を丸くして訊いてきた。
「……マジ?」
「マジ」
親父はかなりの低身長で有名だった。
しかも生まれつき中性的な顔立ちで童顔だったものだから、親父を快く思わない連中に陰で散々馬鹿にされたのだとか。
「その分、母さんが女にしては相当デカかったらしくてな、周りに聞いた限りでは五尺七寸──俺よりちょっと小さいくらいの身長はあったらしい。まぁ、俺はその母さんの顔すら覚えてないが」
「そ、そうなのね……そういやあんた、兄弟とかはいるの?」
「兄四人に姉三人。俺の記憶が確かなら、一番歳の離れた姉貴が俺と同じくらいの身長で、兄貴達は皆五尺六寸前後、真ん中の姉が五尺三寸程、一番歳の近い姉が唯一親父に似て低身長で五尺そこらだったな。半分以上が死んだから今は分かんねーが、多分兄弟姉妹の中では末子である俺が一番デカい」
長々と語り終えると、テルは眉を潜め。
「あんたの親父が小さくてお袋がデカいのもアレだけど……何よりあんたが末っ子って事に驚いてるわ」
「よく言われる」
そういえば聖都でフィメリアにも似たような事を言われた気がする。
「よく言われる……ねぇ。弟や妹います、って面してるのに」
そんな事言われても。
「なんだそれ。親族に妹みたいなのは一人か二人か三人いるが、俺自身は八人兄弟の末子だぞ?」
この事も以前フィメリアに言ったような気がしてならない。
「なんで人数がそんなに曖昧なのよ」
「……色々ややこしいんだよ。それはさて置き、だ。これからどうする?」
この話を途中で切り上げ、話題を変える。
これ以上この話をしていたら話が元に戻らなくなるぞ。
「とりあえず宿に戻るわ。で、準備した後に帝国軍の本営があるマゼヴァルラント元帥のお屋敷に行って用事を済ませる、ってところかしら。もし途中でガキンチョを捕まえたら揶揄った事について謝った上で遺跡探索に同行できるよう頼んでみましょう」
「だな。……ん?」
ふと見た方向に目を向けると、何処か落ち込んだ様子で宿の方に歩いて行くマロンの姿が目に入った。
そんな彼は、小包を抱えている。
「テル、マロンがいた。追うぞ」
「あ、本当だ。了解」
街の中央部という事もあってか人の往来が激しい中、俺らの来た道を辿っていくマロンを追い掛ける。
周囲を警戒する様子もなかったマロンに追いつくのは簡単で、少し時間が経つ頃には彼の背後にまで迫っていた。
「お、マロン見っけ」
機を見計らって、マロンに声をかける。
全く気づいていなかったのか、彼はビクッと大きく肩を震わせて。
「うわぁぁぁっ!……ってライゴか、驚かさないでよ!びっくりするじゃん!」
「悪い悪い。驚かすつもりはなかったんだけどな」
……もうびっくりしてるだろうが、と突っ込むのはやめておこう。
「けど心臓に悪いよ……。で、ライゴ……とテルはなんでこんなとこにいるのさ?」
顔を合わせ辛いのか、俺の隣にいるテルからマロンは目を逸らしては問うてくる。
「俺ら?大衆浴場に行ってきて帰ってるとこだ。そしたらお前を見つけてな。お前こそ何してたんだ、小包なんか持って」
「これ?ギルドの依頼で、この街のお貴族様のお屋敷に届けなきゃいけない荷物なんだ。昼までに行かなきゃいけないんだけど、家に運搬の鍵──ボクの所属してるギルドの団員である事を証明する紋章を忘れちゃって……」
「で、荷物だけそのギルドとやらから受け取って家に戻ってると」
「そうそう。しかも行き先がお貴族様のお屋敷だから緊張しちゃってさ」
何処か元気がないように見えたのはそういう事か。
「なるほどな。なぁテル、マロンの行く貴族の屋敷って、俺らの目的地と同じか?」
「恐らくそうなんじゃないのー?一応念のため確認するけどガキンチョ、その荷物の宛先はセラム公?マゼヴァルラント元帥?それとも別の人?」
「……友達いないって揶揄ってきたテルには言わないもんね」
先刻揶揄われたのを根に持ったのか、意地を張って答えるのを拒否するマロン。
流石のテルも先程俺にどうこう言われていた以上、即座に言い返さず言葉を一度飲み込んで。
「……悪かったわよ、さっきは言い過ぎたわ」
「……ホントに?人にどうこう言うテルの方こそ、友達いるの?」
不信感が拭えないのか、訝しげな表情で問うマロン。
そんなマロンの問いにテルは眉一つ動かさず、答えを返した。
「いるわよー。ちっさい頃からの幼馴染が。ま、サメリア騎士団の特務何とか部隊に士官したとかどうとかで、あの娘と最後に会ったのはあの娘がヴィルムを出た半年そこら前なんだけどね」
「い、いるんだ。じゃあライゴは?」
「……俺か?幼馴染みたいなのは何人かいたぞ。ガキの頃は神社の宮司の娘で親戚でもある姉妹と、二歳上の兄貴分的な奴と、一番歳の近い姉ちゃんの五人でよく遊んでたな」
「そ、そうなんだ……」
「話は戻すが、その小包の宛先は……と」
覗き込むように小包に書いてある文字を見た俺は、思わず目を見開く。そして、一つの事に気づいてしまった。
「……ヤバい。俺、カンフラントの字が読めん事に今更気づいた」
「「えっ」」
全然読めない。当然ながら一文字も読めない。というか、何処から何処までが一文字なのかも分からない。
何だこれは。
というか、半月もカンフラントにいて、何故俺はそんな事にも気づかなかったんだろうか。
「……ねぇライゴ、ホントに文字読めないの?」
「ああ。よくよく考えたら、こっち来てからこの文字を見た記憶が殆どなくてな」
かつて貰ったエロス達についての資料はフィメリアの親切によって葦原の文字で書かれてたし、そのフィメリアに連れられて聖都を散策した際は店の看板等に目をつけた記憶がない。
看板等の文字が仮に視界に入っていたとしても、風景と化していて文字と認識していなかっただろう。
我ながら情けない。
「確かに、宿にチェックインした時もあたしが名前書いてたし、飯の際もロクにメニューを見ずにあたしのと同じ奴にしてたしね」
「ああ。……これ、なんて書いてあるんだ?」
テルは小包に書かれている文字を見て。
「えーっと……宛先はヴァレン=アーク=マゼヴァルラント──セラム公ね。殿下も一体、ギルドに何を頼んだんだか……」
呆れるかのように、ため息を吐いた。
「ま、行く所は一緒みたいだし、宿に戻ったら屋敷まで一緒に行くわよ」
テルのその言葉に、眉を潜めて僅かに残る不満を表情に出すマロン。
彼女はそれが何かであるかを察したのか、マロンの方に身体を向けて。
「……友達いないって揶揄ったのがまだムシャクシャしてるなら、もう一回謝るわ。ごめん」
すんなりと、謝罪の意思を見せて頭を下げた。
一方のマロンもばつが悪いのか、気まずそうな顔をしてぺこりと頭を下げて謝る。
「ボクの方こそ、意地張ってごめん……。ライゴにも迷惑掛けちゃって……」
「俺は気にしてねーぞ。俺の事を気にするより先に、今頃怒り心頭に発しているであろう女将さんの事を気にした方がいいんじゃないのか?帰って来たら一発ブン殴るとか言ってたし」
「え、嘘でしょ⁉︎母ちゃん、そんな事言ってたの⁉︎」
「言ってたわねー。あんたに友達がいないって言葉と一緒に」
するとマロンはこの世の終わりだと言わんばかりの顔をして。
「嘘だぁ……終わったぁ……ライゴ助けて……」
「悪いが無理だな。大人しく叱られろ」
気の毒だとは思うが、食事の途中で飛び出したマロン自身の自業自得とも言える事なので、俺はどうしようもない。
「そんなぁぁ〜〜……」
項垂れて落胆したマロンは、帰宅後すぐに女将さんに一発殴られてベソをかくのだった。




